CODE3 美少女に下着の色をきかれたら何と答えればいいのだろう(1)

12月24日


 バイト先で、御年おんとし六十になるキュートなおばちゃんに


「手相の勉強したいからちょっと見せてください!」


 とお願いし、手を触らせてもらうベタな作戦を実行。

『色』で相手の気分や体調がわかっちゃう俺は、簡単なインチキ占い師のまねごとくらいはできるのだ。職業にする気はないけど。


 結果。特に変わったものは見えない。昨日のアレはなんだったんだ。


 ひょっとして、可愛い女の子限定の新たな能力覚醒か?

 俺の不憫ふびんな人生に同情した神さまが、会話のきっかけになるように恵んでくれたとか? そんな神さまだったら喜んで信じるぜ!


 あの映像は彼女に深い関係があるに違いない、たぶん。

 でも、ケーキ屋店員にどうやってケーキ以外の話をふればいいのだ。いっそケーキの話にしちまうか。


「ケーキのデコレーションって注文できますか? チョコレートケーキの上に黒い折り鶴を乗っけてほしいんですけど……あ、黒い折り鶴ってわかります?」


 ……ダメだ、無理がありすぎる。


 なんの策もない上にこれ以上ケーキを買う金もないが、今日もバイト帰りに未練たらしくケーキ屋近くをうろつく俺。


 あの子は今日も働いている。連勤、ほんとにお疲れさま。


 今までちっとも楽しいと思えなかったこの町のクリスマスが、きみのおかげでなんだか幸せなものに思えてきたよ――

 などと、しみじみひたっていると、三十代後半くらいに見えるおっさんがひとり、ケーキ屋の横のドアから中に入っていった。

 この前ピンクのあの子も同じドアから中に入ってったから、従業員口なんだろう。つまりこのおっさんも従業員。


 やけにドロドロと暗い色を漂わせた、くたびれたサラリーマンという印象のおっさんは、店内にひしめく女性客たちに頭を下げたあと、勤務中のあの子に何やら話しかけた。ほんの二言三言の会話のあと、おっさんは店の奥に引っ込んだ。


 ――その、一分にも満たないやりとりで、二人の関係がだいたいわかってしまった……。


 俺の能力の悲しいところは、他人の恋愛感情なんかまでわかってしまうところだ。

 なんで悲しいかって、今までただの一度も女子から自分に対する恋の色など見えたことがないからだ、チクショウ。


 あのおっさん、二十近く年が離れているはずのあの子に、明らかに人には言えないようなよこしまな感情を抱いている。

 あの子もうすうす気づいているのか、どうにか距離を置こうとしているように見える。どう見ても犯罪じゃねえか。


 いつの間にか、夜の七時を過ぎていた。

 あの子は周りに丁寧に頭を下げてから、店の奥に消えていった。今日はこれで上がりかな?


 それから五分もしないうちに、例の従業員口から私服のあの子が出てきた。


 サンタ服以外の姿を見たのは初めてだ。モコモコの薄ベージュのコートに、クリスマスっぽい赤チェックのロングスカート。うん、可愛い。


「ミヤちゃん、待って!」


 あのおっさん!

 帰ろうとしたあの子のあとを、わざわざ追いかけて出てきやがった。何する気だよ。


「あ、店長、お先に失礼します」


「待って、家まで送ってくよ。歩きなんだよね? ひとりじゃ危ないでしょ?」


 なにーーーー!?


 どっから見ても危険すぎるおっさんの提案に、ミヤちゃんと呼ばれた彼女は一ミリたりとも動じる様子はなく、平然と答えた。


「大丈夫です。これから用事もありますので。それでは失礼します」


 にっこりときっぱりと、店員としての模範的な態度で彼女――ミヤちゃんは頭を下げた。

 さすがのおっさんもそれ以上食い下がることはできず、すごすごと店内へ戻っていく。


 彼女はコッコッとブーツの音を立てて店から離れていく。これで彼女の平和は守られた。


 でも、確かにやつの言うとおり、暗い夜道をひとりで帰るのは危ないよな……。

 こっそりついていこうかな……って、あれ、これじゃ俺の方がストーカー?


「帰るか……」


 特に何の進展もなかったけど、あの子の名前を知ることはできた。ミヤちゃん。

 また金貯めて、ケーキ買って。いつか、ケーキ以外の話ができるといいな。


 などとしみじみと浸ってると、またしてもケーキ屋の前で激しく人とぶつかってしまった。


「あっ、すみません!」


 一言だけの謝罪を言い捨てて、そいつはさっさと走り去ってしまった。


 ――店長のおっさん!


 コートをしっかり着込んだあのおっさんが、ミヤちゃんが消えた方に向かって走っていく。


 同時に、俺の中にかつてないほどの激しい感情が生まれた。


 ぶつかった瞬間。はずみでおっさんの手に当たった瞬間。

 再び、今まで見たことのない「映像」が俺の中に流れ込んできた。


 それは、決して見てはいけない映像だった。


「あの野郎――――!」



  ◇ ◇ ◇



 ミヤちゃんは、商店街を抜けて、徐々に寂しくなっていく夜道を歩いていた。


 やがて歩道沿いに学校があらわれた。

 たしか、「片水崎かたみさき第一小学校」。


 しばらく敷地のフェンスに沿って歩道を歩いていた彼女は、正門の前でふと足を止めた。何を思ってか、校舎の方を眺めているようだ。


 店長はそれまで一言も発さず、距離をとってただ黙々と彼女の後をつけていた。


 どう見ても怪しさMAXじゃねえか。途中呼びとめもしないで、こんな人気ひとけのない所までつけてくるなんて。


「ミヤちゃん、やっぱり危ないから送るよ」


「えっ、店長?」


 危ないのは貴様だーーーーッ!!


 俺は電柱の影と同化しつつおっさんをにらみつけた。彼女を守るために飛び出していく、最適のタイミングをはからねば!


「家帰ってもひとりなんでしょ? 最近この辺も物騒だし、やっぱり誰かと一緒にいないと」


 彼女もひとり暮らし?

 って、送り狼になる気かてめえ!


「あの、本当に大丈夫ですから……」


「大丈夫じゃないでしょ!」


 明らかに迷惑そうに軽い拒絶の意思を見せる彼女の肩を、おっさんの手が強くつかんだ。


 瞬間、俺の中の全エネルギーが体を前へ突き動かした!


「この野郎――ッ!」


 全体重をスピードに乗せ、男の手を彼女から引きはがすと同時に勢いよくタックル!


「うわっ!?」


 ぶざまに尻もちをつくおっさん。

 俺はそいつのコートのえりを左手でつかみあげ、右のこぶしをかまえて顔前につきつけながら叫んだ。


「何やってんだッ! あんたのやってることは立派な犯罪だぞ!」


「えっ、えええ!?」


 全身で縮みあがるおっさん。いきなり知らない若造に突き飛ばされてマウントとられて叫ばれたんだから無理もない。


 自分でも、勢いありすぎる行動にビックリだ。

 でも言わずにいられない!


「あんた、この子の着替えを隠しカメラかなんかで盗撮して、しかもその画像をスマホに入れてるだろ! ちょっとスマホ見せてみろよ! それとも警察呼んで店内のカメラを捜してもらうか!?」

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