CODE2 その日出会った彼女は花のようなピンク色でした(2)

 以来、不覚にもロックオンされてしまった俺は連日の勧誘攻撃から逃げ続けているわけだが、オバサンの追走指揮能力が日々進化し続けててコワい。


 やっぱ遠回りでも違う道を帰るべきだった。ついに完全包囲されちゃったし!


 どうやら、俺が寝不足の頭で編み出した

「怪しすぎる宗教につかまった場合の逃走シミュレーション・コマンドナンバー001-A」を実行するときが来たようだ。


「あーっ、なんだあれー!」


 オバサンとピエロどもと数人の通行人が、俺の指差す方向をいっせいにふり返る。


「あっちの方角からとんでもなく真っ黒いやつが来ます! 今まさに駅の改札を出ようとしています!」


「なんですってー!? まさか万華神まんげしんさまのお力を奪うべく暗黒の邪神がでし伝説のうんぬん、現世の美しき花たちのかんぬん――」


 もちろんオバサンがしゃべくってる間に高速エスケープ! 俺の人混み回避能力を甘く見るなよっ!


 いつもなら片水崎かたみさき駅からとなりの片野原かたのはら駅まで電車に乗って帰るんだけど、万華の教徒どもが駅に向かって走り出したので、今日は乗車を断念して徒歩で帰ることにした。


 やつらの色の動きに注意しつつ、駅改札から二十メートルほど離れたところにある地下通路を通って、駅の反対側へ出る。いつも使ってる駅だけど、反対側に出るのはたぶん初めてだ。


 地下通路から地上へ出ると、こっち側でもクリスマス色に浮かれたにぎやかなイルミネーションの群れが目に飛び込んできた。

 むしろこっちの商店街の方が目に厳しいぞ。さっさとうるさい通りを抜けて帰るとしよう。


「ひゃっ!」


 軽い衝撃と小さな悲鳴を感じて、慌てて立ち止まった。


 なんと、女の子にぶつかってしまったらしい。仕事しろ回避能力!


「「すっ、すみません!」」


 俺の謝罪の声は、女の子のまったく同じセリフとみごとにバッティングした。


 いや、よく見るとサンタだった。

 正確に言うと、サンタの恰好をした女の子。


 下半身は残念ながらミニスカではなく、普通のベージュのズボンにエプロン着用。

 でも帽子と上半身はまぎれもなくサンタクロース。

 その手には白いプレゼント袋ではなく、ほうきとチリ取りとビニールのゴミ袋。


 イルミネーションを映してキラキラと輝く大きな黒い瞳が、心底申し訳なさそうに俺の目をのぞき込む。


「失礼しました! お怪我はありませんか?」


「いえっ、全然大丈夫ですっ! こっちこそすみません!」


 恐縮しきってるその子の言葉に大慌てで返事する、彼女いない歴十七年の冴えない俺。こんな可愛い子と話す機会なんて、めったにないんだから仕方ない。


 それにしても、ピンク色のサンタ服なんて珍しいな……と思ったけど、よく見ると違った。サンタ服自体は普通に赤い。


 ピンクなのは、この子自身の『色』だ。


 白い肌をふんわりといろどる、かすかに上気した頬。柔らかな声をつむぐ、小さな唇。


 そして、彼女をとりまく『色』――

 

 そのどれもが、まるでそこだけ春が来たかのような、あたたかなピンク色だ。


 決してキツい濃いめのピンクではなく、限りなく清純な白に近い、淡い色……あえて呼ぶなら、「ペールピンク」ってところか。


「本当に、失礼いたしました」


 帽子からのぞく三つ編みの髪を小さく揺らしながら、深々とお辞儀をすると、彼女は目の前のケーキ屋の横のドアを開けて中に入っていった。


 店の中では、二人のサンタ少女が店員としてクリスマス商戦に忙殺されている。すぐに三つ編みの彼女もそこに加わった。


 しばらくぼーっと店内の様子を眺めていた俺は、彼女が客や他の店員たちに話しかける様子を見て、思わず息をのんだ――。


 彼女だけじゃない。

 周りの人たちまで、彼女がそばにいるだけで、次から次へと淡いピンク色に染まっていくのだ。


 今までにも、心底幸せそうなピンク色の人を見たことはあった。でも、こんなにも幸福な色を周りにまで伝えてしまう人間を、俺は今まで見たことがない。


 ――ひょっとして俺も、今、こんなあたたかな色になっているのかな。


 そばにいる人すべてを幸せな気持ちにしてくれる、不思議な少女。

 できることなら、いつまでも眺めていたい――と思ったけど、見覚えのある不穏な色が複数近づいてくるのを見つけてしまい、この日は慌てて退散したのだった。


 あの子、ケーキ屋へ行けばまた会えるかな。



  ◇ ◇ ◇



12月23日


 翌日。

 バイトは休みで、いつもだったら一日ダラダラと金をかけずに無気力生活を送ってるとこだけど、なんとなくカフェでコーヒーを飲むという贅沢ぜいたくを味わってみたくなった。


 そのカフェがケーキ屋の向かいにあるのも、窓際に座ればケーキ屋の中がなんとなく見えるのも、本当にたまたまだ、たまたま。


 さいわい、あのふざけた宗教集団は見当たらない。

 窓際の席でスマホをいじりながらゆるーくコーヒーを飲んでいると、正午を過ぎたころ、急にケーキ屋店内がふわっ……とピンク色に包まれるのが見えた。


 間違いない、あの子だ!


 さすがにかき入れどきは連日シフトか、大変そう。

 でも、昨日と同じように茶褐色の柔らかそうな一本の三つ編みをサンタ帽の後ろからのぞかせて、しゃんとした姿勢でてきぱきと動き回っている彼女の笑顔は、相変わらずとても幸せそうで、少しも疲れを感じさせない。


 こんな子がそばにいたら――きっと、毎日がすごく楽しいんだろうな。

 

 このまま何時間も眺めてるばかりじゃ能がない。そうだ、ケーキ買いに行こう!


 俺は財布の中の所持金額を確認し、朝からずっと座り続けていた席を離れた。普段の俺からは考えられないほどの、ポジティブな行動力。


 今日はあの子にケーキを注文して、箱詰め・手渡しまでしてもらうんだ!


 クリスマス前だけあって、店内は多くの客がひしめきあっている。ほとんどが女性客だけど、この際気にしない。


 俺は、たった今編み出した

「お目当ての店員からケーキを受け取るミッション・コマンドナンバー001-AA」

を実行開始。


 注意深くすべての客と店員の『色』の動きをとらえ、根気強くタイミングをはかり、誰の目にもとまることなく流水の動きで店内を移動し、ちょうど彼女の目の前に立つことに成功! よし、計画どおり!


「いらっしゃいませ!」


 うう、やっぱり今日も優しいピンク色。それにすごくまぶしい笑顔。緊張する。


「ええと……ベイクドチーズケーキと、ガトーショコラと、和栗モンブランを、一個ずつお願いします」


 なんでその三個にしたかというと、単に彼女から一番近いところにあったから。

 三個という数字は、一個だと寂しいし二個だとカップルだと思われるかも、という、よくわからない見栄から来てる。

 貧乏人には痛い出費だけど、これだけで二日分の食事をしのぐ覚悟なのだ。


 彼女ははきはきとケーキ名を復唱し、鮮やかな手つきで箱に詰めてくれた。


 代金を差し出して、彼女からケーキの箱を受け取るとき――決してわざとじゃないけど、一瞬、互いの指先がほんのちょっと触れた。


「「えっ!?」」


 またしても同時に声が出た。


 何かビリっとした刺激があって、あやうく箱を取り落としそうになったのだ。

 二人で同時になんとか箱をつかみ、セーフ!


「もっ、申し訳ございません! すぐにお取り換えいたします!」


「いっ、いえっこのままで大丈夫ですっ! どうせ自分でさっさと全部食べちゃうし!」


 またしても、恐縮する彼女と、挙動不審な俺。


 せんでもいいのに盛大なぼっちアピールをかました俺は、ほとんど彼女の顔も見ずにそのまま商店街へ駆け出した。

 箱の中のケーキを気づかってる場合じゃねー!


 俺の脳内を支配していたのは、指先が触れた、ほんの一瞬の記憶。


 電気が走ったような刺激とともに、俺の頭の中に、ある「映像」が飛び込んできた。

 今まで一度も見た覚えがない、正体不明の不思議な映像。


 誰かが手にしている、日本人にはおなじみの、手のひらサイズの形状。


 でも、それがどういう意味で、なんであのときいきなり見えたのか、まるでわからない。


「黒い、折り鶴……? なんだあれ?」

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