Ⅰ 「オリヅル」という組織
CODE1 その日出会った彼女は花のようなピンク色でした(1)
12月22日
――
バイトの帰り道。
夕刻の
にぎやかに往来を行き交う人・人・人。
それぞれをひとり残らずとり巻く色・色・色。
ただでさえ人間の周りにさまざまな『色』が見えてしまう俺の視界に、追い打ちをかけるように、クリスマスならではのド派手なポスターやクリスマスツリーやイルミネーションなどが飛び込んでくる。
クリぼっち確定の寂しい俺のハートをこれ以上えぐってどうすんだ。
お前ら全員、俺を眼精疲労で殺す気か!
こんなんだから、俺は人混みが心底嫌いだ。目が痛すぎる。
人の『色』の動きが見えるがゆえに、雑踏の中でも人にぶつかることはないけど――この奇病を持ってて役に立つことなんて、本当にそれだけだ。
道を急ぎながら、コンビニの窓に映る自分の姿を見て、さらにため息をつく。
髪の色にイルミネーションが金色にまぶしく反射して、俺の眼精疲労をさらに加速させる。
金まじりの明るい茶髪は、別に染めてるわけじゃない。
少しでも目立たず、人と会わずに生きていきたい俺の心とは、真逆の色を持って生まれてしまっただけ。普通に黒けりゃよかったのに。
◇ ◇ ◇
俺みたいに人の『色』が見える人間は、世界中にゴロゴロいるらしい。霊能者だとか占い師だとか。大半がインチキなのはわかってるので、まったく興味ない。
そいつらはオーラだとか霊気だとか呼んでるらしいけど、宗教くさいのは嫌なので、俺は単に『色』と呼んでる。
いつからこんな奇病とつきあい始めたのかは忘れたけど、高三になってから深刻になってきた事象がふたつある。
ひとつは、ちょうど高三にあがったころ。
このしょーもない能力にさらに追加ボーナスまで発生して、そこにいないはずの人間(霊的なお方々?)の色まで見えるようになってしまった。
以前事故があったのかもしれないその辺の交差点とか、駅なんかでも普通に見える。
俺、絶対神さまにいじめられすぎてる。マジ勘弁してほしい。
もうひとつは、三ヶ月くらい前から。
夜、同じ悪夢を
知らん男が俺に何か怒鳴りつけてる。俺、超ビビる。
そいつが何か大きな物を俺に投げつける。俺、さらにビビる。
投げた物が俺にぶつかる直前、目が覚める。
――ひたすらそれがしつこくリプレイされる。ひどいときには毎晩。
ひょっとしたら、これは昔実際にあったことで、相手は俺を捨てた父親なんじゃね? と思う。
そりゃま、こんな奇病持った子供が考えなしに見えないはずのものが見えるとベラベラ
当時の記憶なんて全然ないけど、あんまりひどい光景だから、俺がセルフで記憶抑制しちゃったのかも。
両親の顔すら覚えてない、ってのは俺にとっちゃ好都合だった。ひどい親ならいない方がいい。
髪の色を考えると純日本人ではないかもしれんけど、俺にとっちゃ、もうどうでもいいことだ。
◇ ◇ ◇
児童養護施設の所長先生はすっごく優しくてしっかりした人で、俺は「ばあちゃん先生」と呼んで何でもかんでも相談に乗ってもらってた。
十分すぎるほどの愛情をもらって育ったから、今まで道を踏み外さずに生きてこれたんだと思う。
先生は俺が高校にあがる前に亡くなった。
施設も閉鎖されることになって、俺は先生のいないほかの施設になんて行きたくなかったから、なけなしの金をもらってひとり暮らしを始めた。
もらい金だけじゃやっぱ全然足りないんで、以来絶賛・貧乏アルバイター生活を実践中。
先生が、生前ずっと俺に言い聞かせてたことがある。
「
さすがの俺も、考えなしに口にすべきことじゃない、ってことには幼いころに気づいていた。
今思うと、親が俺を施設に置いてったのは、明らかにこの目が原因で。
誰かに怪しまれたりしたら、決していい結果を招くことはないだろう。
先生の俺を見る目は、俺にとってはただひとつ信じられる、真心こもった本物の目だった。不完全な、俺の目なんかとは違って。
先生がいなくなった今でも、目のことを誰かに話すつもりはない。
眼科での検査は、毎回視力二・〇ラインを余裕で超えてしまう、超優良・超健全。俺が黙ってれば、誰にも目の異常なんてわかりゃしない。
――タクにくらいは話してもいいんじゃないかって、何度も考えたけど。
現在、タクの肉体は「岩永ラブコメ界」から「岩永受験バトル界」への転移を果たし、日々
タクの進路がどうなろうと、卒業したら、俺とあいつは違う道を行くことになる。
いい加減、「タク卒」しなきゃいけない。
わかっちゃいるけど、やっぱ、タクともっと話がしてーな……。
◇ ◇ ◇
という具合に視界はどんどん改悪されてくわ、ひでー悪夢はしつこく再上映されるわ、タクとは全然遊べないわ――で、俺の精神ゲージはわりとどん底だった。
金がないから受験もできないし、普通に就職できる気もしない。つまり、何も決まってない。
ただでさえ先行き不安な思春期に、さらにでっかい重しをいくつも抱えちまってる状況なのが今の俺。
――が、捨てる神あれば拾う神ありで、こんな俺にも手を差し伸べてくれる、親切な人種というのが存在する。
たとえばほら、今目の前にいる、ケバケバ
「あらあら~、相変わらずグレ~な霊気に支配されておいでですのね~! ワタクシたちのオ~ラの色をご覧になって~! この地上にて祝福を受けた、あまねく色を束ねし我らが
宗教じゃんッ!
頼むこっち来ないで間に合ってるから俺なんも持ってないからーッ!
人混み回避能力を駆使してすばやく走り去ろうとするも、連日俺に逃げられてるこのオバサンは、愉快なピエロの恰好をした信徒たちを華麗な手さばきで周囲に配し、俺の退路を完全に遮断してしまった。
「うっふっふ、さあっともにワタクシたちの
疲れ目高校生・甲斐健亮の大ピーンチ!
◇ ◇ ◇
思えば三日前、いきなり話しかけてきたオバサンに普通にレスしちゃったのがマズかった。たぶんそうとう疲れてたんだな、俺。
「待つのです! あなたっ! とてつもなくグレ~なそこのあなた~っ!」
「……はいー?」
「運気が全身の毛穴からダダ洩れてますわよ! どうやらだいぶお悩みのようですね~? どうかワタクシたちの華麗なるフラッシュ☆ダンスをご覧になって~! さあ信徒たちよ舞うがよい! カレイドスコープ☆ファンタイリュージョン~~ッ!」
「万華☆教」とか名乗るド派手着物のオバサンと七色ピエロの信徒たちが、わけのわからん踊りを披露するのをあっけにとられて見ていた俺は、次にオバサンが放った言葉についマジレスしてしまったのだ。
「あなたのオ~ラはあまりにも暗いグレ~一色です! ワタクシたちとともに万華の神の声を聞き、いざ
「え、俺グレーに見えるんですか?」
「ええ~、それはもう~! 腐ったドブネズミのようなグレ~ですわよッ!」
おいっ
俺は、自分の色だけは見ることができない。それでつい聞き返しちゃったんだけど。
試しに、こっちを変な目で見てる通行人三人分の色を尋ねたら、ことごとく違ってたんで急速に目が覚めた。
――やっぱインチキかよ!
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