第14話

 女の様子はやや取り乱したように見える。衝動的な動機による殺害は先に殺した二人と同じだが、流石に赤の他人を殺めたとあっては解体して隠蔽してもすぐに足がついてしまう事くらいは理解しているのだろう。

 テツ君が家族に行き先を伝えていたら……ここに来るまでに誰かに見られていたら……マスコミが部屋の前で張っていて、テツ君を部屋に上げたところを見られたら……不安の種は幾らでもある。むしろ、それらが一つもない方が不自然であるわけで、まず間違いなく、テツ君の行動は誰かしらに知られていると思って間違いない。それはつまり、女の詰みを意味するのであった。


 現状を打開すべく、女はひとまず浴室へテツ君を運び首を切りって血を抜いた。迸る鮮血はまだ暖かくさらとしている。浴室の床にできた血溜まりが排水溝へ流れていく中、女は必死でテツ君を解体していくが、用意した万能包では上手くいくはずもなく、無闇に傷をつけるだけであった。旦那と息子の処理に用いた道具は山の中に埋めてしまってもうない。取りに行こうにも死体を置いていくのは不安だろうし、かといって持って出歩くわけにもいかない。それにどのようにして向かうのかも問題である。徒歩では時間がかかり、タクシーを使うは第三者に衝撃を与えるためにリスキーである。そうなるともう、この場で、手にした包丁一本で片付けるしかない。

 刃を入れては引き、入れては引きを繰り返し、ようやく腹を捌くと辺りに立ち込める異臭に女の顔は固まった。不快感からではない。臭気が漏れ、事が露見するのを恐れているのである。高温高湿の浴室で青白くなり冷たい汗をかく女は明らかに狼狽しており、ぼそぼそ声を漏らしている。定まらぬ視線は助けて探しているようであるが、女の他には、女が殺した少年のしたいしかなかった。


「……」


 腹を決めたのか、女は再び包丁を握り死体に差し込んでいった。息が漏れ、肩を上下させながら、必死に切断を試み、数時間かけてようやく十個程度に分ける事ができたが、あまりにも長く時間が経過してしまっていた。飛び散った血は固まり、腐臭が染み付いてしまっている。強烈に残った痕跡を一朝一夕の内に消す事など不可能に近く、ましてや専門の知識などない素人の女ならばなおのこと。テツ君の殺害と死体損壊・遺棄はすぐに発覚するであろう。明日になれば……いや、もう既に帰りの遅い息子を心配して警察に届けているかもしれない。であれば、女の元に捜査の手が及ぶのは自明である。同時期に発生した父子失踪事件の家族など怪しいに決まっている。事件性がありと判断されれば、間違い無く女は容疑者として名前が挙がるに違いないのだ。


 そこまでの考えに至ればできることはただ一つである。誰しもがそう考えるように、女もまた、同じ結論へと達したのだろう。テツ君の死体を風呂釜へて放り込み水を貼ると、浴室の血を流すついでに服を脱いで身体を洗い急いで身支度を整え、財布とカード類を持って部屋を出たのであった。向かった先は駅。そう。女は逃走を図ったのだ。野を駆け、山を下り、夏の夜を一人で必死に走った。何をしたとしても、犯した罪からは逃れられぬというのに……






「この電車は多治見まで各駅に停まります。多治見からは春日井。大曽根。千種。鶴舞。金山の順に停車し、終点。名古屋に参ります。次は、美乃坂本。美乃坂本です。降り口は右側です」


 息を切らせて電車に乗り込んだ女は行き先も分かっていないようで、車内に流れるアナウンスを聞いて初めて、自分がどこに運ばれるのかを知ったようだった。

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