第13話

 なぜテツ君が訪ねてきたのか、女は要領を得ない様子だったが、ともかくとして出迎えんとソファから立った。やけにイラついているように見えるのは突然の来訪の為か、それとも金がない不安が尾を引いているのか。何はなくとも、じっとしてはいられないという風に女の動きはどこか焦りを感じさせ、余裕がないようだった。




「はい。どうしましたか」


 女は扉を開け少年と対峙した。

 息子より一回り小さく細い身体はいかにも軟弱そうで、どこか人を不快にさせる陰気をまとっているのだった。


「あ、あの……」


「どうしたのと、聞いているんだけれど」


「す、すみません……」


 女の冷たい応対にテツ君は鳥肌を立て後ずさった。随分と情けないが、この少年はきっと常時こんな様子なのだろう。負け犬の目が板につき、人に加虐欲求を芽生えさせる薄弱さを感じさせる。


「あの、ショウジ君、行方不明だって聞いたので、その、大丈夫かなって……」


 行方が不明な人間が息災なわけがないのだがそこは子供である。滅裂な問いも仕方なしと、女は「上がっておいでなさい」と、テツ君を部屋に招いたのだった。気まぐれか慰めか判断が付かぬが、もしかしたら、女にも一縷の情が残っていたのかもしれない。いずれにせよ、やや柔和となった女の顔付きを見て安心したのか、テツ君は「はい」と言って部屋に入っていったのだった。





「どうぞ」


「ありがとうございます」


 女はテツ君をソファに座らせ茶と菓子を出した。置かれる小さなグラスは息子が使っていたものである。


「息子と仲良くしてくれていたんですってね」


 興味なさげにそんな事をいう女はテツ君の対面に座り、彼が肩を竦める様を見据えた。萎縮しているのか、ただでさえ小さい少年の身はより縮まってしまっており、弱々しく見える。


「あの、ショウジ君。大丈夫なんでしょうか……」


 少年は震える声で訪ねる。まるで何かに怯えているように、恐れているように、目を伏せながら。



「さぁ……どうかしらね。ひょっとしたら、死んぢゃってるかもね」


「……」


 テツ君は「死」という言葉に反応して戦慄く。小柄で臆病が服を着ているような気弱な風体であるが、その様子は明らかに異常であり度が過ぎていた。


「どうしたの。急に黙っちゃって」


「あ、えっと……」



 もはや明白である。


 恐怖の対象は、女であった。


 口には出さぬものの、少年は目の前に座る女に畏怖していた。何らかの確信めいた疑惑を彼は持っているのだと、見るからに分かってしまうのだった。



「ねぇ……どうしたの。テツ君」



 語りかける女は当然察する。テツ君は何かを知っているのだと。明瞭に、あるいは曖昧に、如何なる事態に陥ったのか、理解しているのだ。


「……おばさん。おばさんは、シュンジ君を、殺してないですよね」


 発せらる一声。

 空気がシンと静まる。


「……どうしてそんな事を聞くのかしら」


 あまりに率直な疑問を投げられ女は少し考えたが、冷静さを取り繕うよう、逆に問い返した。果たしてテツ君は、なぜ息子を殺していないのかなどと女に聞いたのか……それは、彼の口からすぐに語られる。


「……シュンジ君がいなくなる前の日。遊ぶ約束をしてて、ここに来たんですけど、その時、大きな音がしたから、玄関を開けたんです。そしたら……」


 そう。


 彼は見ていたのだ。女の凶行を。


 友人が殺される現場を。


 だが信じられなかったのだ。

 目の前で仲の良かった人間が縊り殺される光景を受け入れる事ができなかったのだ。

 その凄惨たる現実を払拭したいと、幻であってほしいという願望が、彼を女の元へと運ばせたのだ。


「……ふぅん」


 女は頷きテツ君を両の眼で捉えた。氷漬けになったかのような緊張感と冷気が部屋を包む。



「その話し、誰かにした?」


「し、してません……」



 テツ君は金縛りにあったように身動きが取れなくなり、汗を落としながら椅子の上で固まっている。女の瘴気に当てられたのか顔は青白く変色し、息が粗くなっている。



「そう。なら、よかった」


 微笑みを浮かべ立ち上がった女は、徐々に、徐々に、動けぬテツ君の元へにじり寄り、そして……







 ……





 ごとりと床に落ちるテツ君の頭。

 小柄な少年の肢体には血の気がない。





「……どうしようかしら」



 横たわる少年の亡骸を前に立ち尽くし、女はぼそりと呟いた。

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