第11話
刑事は女に詰め寄り威圧的に見下ろす。
「それじゃあ幾らか伺いますがね。旦那さんと息子さんがいなくなった時、貴女は何をなさっていましたか。もう一度詳しくお願いします」
書き終わった書類を断りもなく手に取って読む刑事は嫌味な口調でそう言った。実に横柄な態度である。
「はい。部屋に……いました」
「部屋で何を」
「それは、その……」
「何をしていたのですか。旦那と子供が出て行った部屋で、何を」
責めるように女を問いただす刑事。その様子はまるで取り調べである。
「ちょっと。そんな言い方はないでしょう」
その横暴さに警察官が苦言を呈すも刑事は一瞥をくれるだけで取り合わず、更に追求していく。
「貴女はいったい朝まで何をやっていたんですか? 二人が出て行った後、何食わぬ顔をして自室でいつも通りに過ごしていたんですか?」
それはもはや非難に近かった。女の行動がありえないと、非常識であると断ずるような口調であった。逆に言えば、普通の人間であるならば、出て行って幾らか時間が空けば警察に相談するだろうというと主張していると取れる。旦那だけならまだしも息子も一緒に出て行ったとなれば、「しばらくすれば戻ってくるだろう」などと悠長な事は言えないと、案に刑事は言っているのだ。
「それは、その……」
もじと身体を揺する女。先と同じように腕を見せようとしているのだろう。だが。
「リストカットをするほど心神を喪失していたいうのは先程聞きました。すみません。この部屋、声がもれるもので……しかしなるほど。確かに正常な判断でなかったとしたら部屋で呆然としていても仕方がない。では、どれほど自傷されたか確認しますのでその包帯、取って見せてください」
刑事はすべて知っていた。知っていて、あえて聞いたのだった。
「ちょっと、あんたそれは……駄目だろう……!」
警察官が血相を変え怒鳴ったがそれは女を案じてというより、何かあれば自分も責を問われかねない懸念が声を荒らげさせたように思える。いや、そうに違いない。現に警察官はこの直後、「俺はもう知りませんよ」と部屋から出て行ってしまった。見上げた公僕根性である。
その姿を見ていた女の顔はどこか冷めていて、生前の旦那に向けるような無機質な視線を警察官の後ろ姿に投げていた。
「どうかしましたか。包帯を取ってください」
刑事は意に介す様子もなかった。言葉こそ丁寧だが暴力的な声。伊達に刑事はやっていないというところであろうか、さも当然のような命令口調は、まるで女が旦那と息子を殺したに違いないと断定しているようである。
「……分かりました」
女は腕の包帯を解き、未だ塞がりきらね生傷を刑事に見せた。とってつけたような、わざとらしい自傷の痕を。
……
「なるほど」
刑事はそれを眺め小さく呟き、言葉を続ける。
「確かに貴女が切ったんでしょう。しかし、昨晩できたにしては新しい。まるでついさっき切られたようだ。それにためらい傷もない。おかしな話ですね」
刑事は嘲るように鼻で笑うと、先まで警察官が座っていた椅子に座り足を組んだ。人を蔑しているといっても過言ではない態度であるが、女は気にする素振りも見せず、冷静に、平時と変わりない薄い無表情で刑事を見据える。
「朝も不安で切ってしまいましたので。他に傷がないのは、同じ箇所に刃を当てているからです」
女は静かだが芯のある声でそう言った。その言い訳は当初から用意していたものなのか、はたまたたった今思いついたものなのかは分からない。しかし、女の不動にして不屈な態度は、刑事に負けず劣らず、圧のあるものであった。
「なるほど。分かりました。さっきの
立ち上がり部屋を出ようとする刑事。何を聞いても、今は無駄だと判断したのだろう。その動きには無駄がなく、未練も感じさせない。しかし。
「腕にあった打撲と、子供の爪が食い込んだような跡が気になりますが、見なかった事にします」
最後に捨て台詞とも取れる言葉を残していったのだった。
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