第8話

 夜闇が広がると女は旦那と息子の死体を布団に包みそれを車に詰め込み山間へと向かっていった。

 不慣れな運転であるが人の少ない片田舎である。道を走るだけであればそう苦でもない。おまけに女が向かおうとしているのは陸の孤島といってもいいくらいに道の整備が悪い、人里から分断された区画であり、朝方から昼までなら買い出しや荷運びの車が疎らに行き交うが日が暮れる頃となるととんと流通は止んでしまう辺境である。ヘッドライトの光は女の運転する車以外、まるで灯っていなかった。


 四十分程度走り女は車を停車させた。辿り着いたのは年季の入った民家である。そこは旦那方の祖父母の家であり、今は誰も住んでいない。女が「処分しましょうよ」と言っても旦那は「思い出がある」と聞かず(そのくせ管理などは全て女に任せていた)、主人不在のままそこにあったのだった。

 古い鍵を使って扉を開けて、トランクから二人の死体を担いで浴室へと運んだ。見かけに反して家内が近代化しているのは旦那が金を出してリフォームを行った為である。旦那は女の誕生日や結婚記念日などは忘れ、籍を入れて以来一度もプレゼントなどをしていないにも関わらず親にだけは気を使っていたのだ。葬式の際、喪主とは名ばかりで、面倒事は全て女に任せるような人間ではあったが、親族への愛はあったのだろう。



 

 広い床に布団を広げ、死体を出す。蒼白となっている人間の肉は氷を当てられ固まっている。これをどうするかといえば決まっている。解体するのだ。



「……」



 女はスマートフォンを見ている。今日一日、彼女はとあるまとめサイトの記事をずっと読んでいた。その記事とは、人間の死体を処理するにはどうしたらいいですか。というタイトルで、スレッドを立てた人間が死体の処理方法を質問していき、ユーザーが答えていくというものであった。



 女はサイトの記載に倣い、血と腸を抜き、その後は出張っている部分をハンマーで砕いていった。肘や膝。肩などを力任せに叩き、凹凸を平にせんとしている。


「……!」


 鈍く乾いた散打の音が響く。遮二無二降ろされるハンマーは、容赦なく死体を変形させていく。


「……!」


 叩く。叩く。肉体にハンマーが打たれていく。肉がへこみ、血管が破れていく。



「……!」




 とはいえ……




「……」



 とはいえ、人間の肉体である。女一人で処理をするにはあまりに骨の折れる作業。素人が容易に完遂できるわけがない。次第に女の握力は無くなっていき、ハンマーを握る事すらままならなくなっていった。


「……」


 女から吐息が漏れ、汗が噴き出す。浴室は暑く湿度も高い。それに加え血と臓物と糞尿の臭いである。息を吸い込む度に死臭、汚臭が肺へ入っていくようで、女は時折えずきながら苦しそうな声を上げている。二つの死体は未だに原形を留めており、下手に付けられた打痕が所々を生々しく損壊させている。祖父の宅に来て既に二時間。このままでは到底朝までには終わらないだろう。


「……」


 女は床にへたり込み、思案しているのか、はたまた呆けているのか、ぐったりと下を向いて動かない。持っていたハンマーはすり落ちてしまっていた。ゴム手袋の下にある細く薄い手にはマメができ、潰れ、再び殴打するのは難しいように思える。女もそれを理解しているのか、指をだらりと垂らし、項垂れる。


「……どうしよう」


 女以外、誰もいない浴室から聞こえたのは諦めとも取れる一言であった。今更ながらに取り返しのつかぬ犯行だと実感したのかその声に力はなく、か弱い。もっとも、彼女の心にあるのは罪悪感や悔恨ではなく、自身の無計画性に対しての自戒めいた嘆きであろうが。


「……」


 女は動かない。糸の切れた人形のように、生きている気配がしない。深い絶望に命の輝きが失われてしまったのか、傍に並ぶ死体と遜色がなかった。頓挫しかけている死体処理。彼女に打つ手は……



「あぁ。そうだ……!」



 静かに声を上げ、女は立ち上がった。何か打開策が浮かんだようで、いそと死体を持ち上げて、再び布団へと包み込むと、汗だくになりながら息を上げて外へと運び出し、息子と旦那を並べて地面に寝かせた。そして、死体をそのままに車に乗り込むと、エンジンを掛け、アクセルを踏み込む。


 車が進む。土煙を上げながら進むタイヤが死体を巻き込み、潰した。


 バキバキと割れる音が、ブツブツと潰れる音が、夜の山に響く。


「……これで、いけるんじゃないかしら」


 女は笑顔で、入念に死体を轢いていった。包んでいた布団が裂け、死体が露わとなり、肉に裂傷や圧迫痕。轢痕ができ、土に血が染み込んでも、女はしばらくの間アクセルを踏み続けたのであった。

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