第6話
しばらくテレビを見ていた女は、なるほど。とでも言うように頷き、放っておいた洗い物を終わらせ、いつものように家事をこなし、その後は茶も菓子も出さずずっとスマートフォンを眺めた。テレビの電源は入ったままだがチャンネルは朝から変わっていない。BGMどころか、環境音としても認識しているか怪しい。それほどまでに女はスマートフォンに食い入っている。
彼女を執着させているのはあるまとめサイトであった。
女がかつてこれほどまでwebに、いや、あらゆる物事において没頭した例はない。何をやるにしてもおざなりで、まるで情熱など持たなかった女が時を忘れて見入っている。こうまで彼女を惹きつけているものは果たしてどのような内容なのだろうか……
「ただいま」
女が丁度サイトを閲覧し終えた頃、息子が帰宅した。
「お腹すいた。食うものない?」
「……」
いつもと変わらぬ調子で息子は食べ物をせびる。しかし女は無言でこれまで流していたテレビに目をやるが、どこか上の空で、今放送されているのがドラマなのかニュースなのかすら分かっていない様子である。
「ねぇお母さん。食い物」
「……」
女は依然、問いに応えようとしない。ただ黙ってテレビを見続けている。明らかに異常な様子であるが、愚鈍な息子はそれに気付かず、自分の声が聞こえていないのかという風に、ソファへと近づく。
「ねぇ。聞いてる。お母さ……!」
振り返った女の手が息子の首に伸びた。
細い身体のどこにそんな力があるのか、長く白く、所々に傷のある指が、子供の喉をキリキリと締め上げていく。
「……っ!」
息子は声を出そうとしても声帯諸共圧迫され唸ることしかできない。
漏れ出る苦悶の息。
女の腕に立てられる爪。
腐りかけの肉のように赤黒く染まる肌色。
生理的な、あるいは意識的な反抗が文字通り必死の体を成している。上手く脈が締まっていないのかかなりの時間息子は踠き、自身の命を守らんと足掻いていた。
「死ね……死ね……死ね……! 死ね! 死ね!」
抵抗を続ける息子に対し女は絶命を望む声を上げ更に力を込めた。拍子に二人は倒れ込み、丁度、女が馬乗りとなる形と相成る。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
もはや絶叫であった。増大した黒い殺意が魂を突き破り漏れ出し、女を衝動のまま突き動かしているのだ。その風貌、その所業はもはや人ではなく、悪鬼羅刹の類といっても差し支えはない。女は既に外道へ堕ちた。此は地獄。此は深淵。修羅へと成り果てた身は、業火に焼かれ絶えるまで、悪逆の限りを尽くす他ない。血が噴き出し、青く浮き出る脈が破れそうな程腫れ上がっている女の手は、もう、罪を重ねる事しかできないのである。
息子の力が段々と抜けていき、終いには身体がだらりと溶けたように床へ伸びた。女が手を離すと、呼吸音は聞こえない。青く変色した顔に生気はなく、口からは泡と舌がこぼれ落ちている。
「死んだ……」
横たわる息子を見下げ、女は呟く。
「死んだ」
「死んだ。死んだ。死んだ」
その声は次第に大きくなり、そして……
「死んだ! 死んだんだ!」
歓喜の声がこだました。
女の狂笑が響き、震える。
部屋には一人の女と死体があった。
外では蝉が、割れんばかりの声で鳴いていた。
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