第3話
「台風十八号は依然として勢力を保ったまま北上しており...」
お天気お姉さんが台風事情を伝える。
不運なことに台風は俺の町を直撃した。今も強い雨と風が吹いている。
学校からは既に補講中止の連絡が来た。振替もないらしいのでこれで補講は終了だ。
嬉しいことのはずだけど気分が上がらないのはどうしてだろうか。
いや、分かっている。今だって彼女のことが頭に残っている。
ナツだって台風が来ていることぐらい知っているはずだ。俺が行けないことぐらいこの天気を見りゃ分かるだろうし、ナツも出てこれないだろう。
残念なのはこうして有耶無耶に終わってしまったことだ。この一週間とちょっと、正直に言って楽しかった。せめて別れの言葉ぐらいは言いたかった。
「まさかな...」
それはちょっとの心配と淡い期待。どんなに暑くてもいつだって彼女はあの公園にいた。ならば今日だって。
公園までは五分もかからない。いなかったらただそれだけの事だ。
思い立ったら行動は早い。濡れてもいいようにあまり出番のない服を着て外へ出る。思ったよりは大丈夫そうだが傘はあまり役に立たないだろう。
流石に町中に人はほとんどいなかった。雨降る無人の町を駆け抜ける少年。自分で言うのもあれだけど絵になるな。
.....いた。いつもと変わらず彼女は座っていた。
ナツの方へ向かう。途中で彼女もこちらに気づいた。
「なんで来たの?」
「逆になんでいるんですか」
屋根を無視した雨が横から篠突く。
「補講はどうしたんだい」
「中止ですよ。この天気ですから」
それもそうか。そう呟きながら彼女は頷く。
「風邪引きますし、家に帰った方がいいですよ」
「精霊は家なんか持たないよ」
まさかホームレスなのか。でも確かにそれならいつもここにいることも、服を一着しか持ってないことも納得出来る。
「.....じゃあ僕の家に来ませんか」
「へ?」
一瞬間延びした空気が蔓延る。
「いやいやいや。それは君の家族にも迷惑がかかるし流石に無理だよ」
「今、家族は僕以外旅行に行ってるんです。あと2日は帰ってきません」
なんの躊躇いもなく俺を置いていきやがった。何が『自業自得だから仕方ないね』だ。反論出来ないじゃないか。
「...それでも私は行けない」
そういうナツの顔は憂いを落としていた。彼女のこんな表情初めて見た。
「晴人にはそろそろ本当のことを言わないといけないかもね」
「本当のこと?」
自分は精霊じゃないとでも言い出すのだろうか。そんなこととうに分かってはいるが。
「私は地縛霊なんだ。この公園の」
変わらねぇじゃねえか。という突っ込みは心に潜めておく。
「また冗談だと思っているだろう?」
「はい」
「証拠を見せてあげよう」
そう言うとナツは屋根から出て雨の中に飛び出した。
「ちょっと!濡れますよ!」
「濡れないよ。幽霊だもの」
少ししてからナツは戻ってきた。...出ていく前と同じ状態で。
「ほら、濡れてない」
濡れてないことに加え、ぬかるんだ足元なのに泥跳ねもせず、彼女のワンピースは純白を保ったままだった。
「ほんとに...?」
「まだ信じられないのかい?じゃあ写真撮ってみてよ」
言われた通りスマホの彼女に向ける。
「...映らない」
「ほらね」
何故か満面にドヤ顔をしてくる。
「え...だって...自販機のボタン触ってたじゃないですか」
「幽霊が物体を透過すると思ったら間違いだよ。だいたいそれじゃ地面まで突き抜けてしまうじゃないか」
まだ頭の整理が追いついていない。今まで話していた人は精霊...じゃなくて幽霊で。ついでに俺は見える子で。
「まぁ、そういうことで私は晴人の家には行けない。この公園から出られないんだ」
適した言葉が出てこない。色んな思いが頭ん中堂々巡って降りてこない。
「...どうやったら成仏するんですか」
よりにもよって長い沈黙の後に出た言葉がこれだった。
「どうだろうね。未練とかなくなればいいんじゃないかな」
「なんで当人がそんなあやふやなんですか」
「だって死んで気づいたらこうなってたんだよ?何の説明もなしに。そりゃもう手探りさ」
彼女にも彼女なりの苦労がありそうだ。
「それで未練って何ですか?」
「一回も彼氏が出来なかったこと」
「あー...」
「その同情の目をやめろ!」
心無しかナツの顔が赤くなっている。意外と乙女なんだなこの人。
「.....僕じゃダメですか」
彼女は何も答えない。
「僕だったら貴方を見ることができます。話すことができます。手を繋ぐことだって!」
雨音だけが響く。夏だというのに蝉の声は聞こえない。
「きっと後悔するよ。私はたぶん未練で現世に残ってる。それが無くなったら私は...」
「それでも...それでもいいから!」
たぶん一目惚れだったんだろう。あそこで出会っていたのがナツじゃなかったらきっと帰って二度と関わることは無かったはずだ。
そうして話していくうちにますます惚れて。でも補講が終わったら必然的に別れることになるし、それまでの関係だと思っていた。
それが彼女が幽霊だと知って。叶わぬものだと知って。どこかで堰が壊れてしまった。
「手、繋ごうか」
そういって彼女は手を伸ばしてくる。
俺はナツの横に座り直すと、そのまま彼女の手を取った。
握った手には温度がなかった。温もりも、冷たさもない。そこには無があった。
「ごめんね。君の温もり、分かんないや」
「大丈夫です。僕もですから」
いの間にか雨の威力が弱まっていた。雨音のつくる静寂が心地良い。
ナツの方を見る。彼女もこっちを見ていた。数秒見つめ合う。
そのまま僕らはそっと唇を重ねた。
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