44. 第一勝負、結果発表ぉおおおお!!!
それは果てしない激闘だった。
洗っても洗っても終わりが見えないユニフォームの山。
片づけても片づけても出てくるゴミと埃。
擦っても擦っても消えない頑固な汚れの数々。
リッテは必死にそれに立ち向かった。持てる全ての掃除力を発揮し、必死にこの部室が嘗て美しかった頃を取り戻せるよう足掻いた。しかし制限時間の十分は呆気なく、あっという間に訪れる。
「試合終了ぉぉぉーーーー!! 両者、作業を終了して速やかに部室の外に出てください!!」
玉の汗を流しながら汚れだらけで出てきたリッテ。
それに対し、アズサはいい運動をした程度の汗で出てくる。
リッテはそれを、この競技に対する真剣さの度合いだと感じた。
――この勝負、貰った!!
休息スペースに二人が移った間に、審査員としてグリィ、ジーク、そして学園長のオリガ・シュワリスカヤが部室を精査する。
(校長、もう四十歳過ぎてる筈だけどお母さんとあんまり変わらない若さだなー……この人がこんな催しに許可を出して自分から参加なんて、ちょっと前までは考えられなかったけど)
やはり教員の逮捕事件があって、生徒の不安を発散させたいのかもしれない、とリッテは推測した。
判定の時間が待ち遠しく、リッテは水分補給しながらそわそわしてしまう。が、隣のアズサが整然とした姿勢で結果を待っているのを見て、自分の落ち着きのなさとの対比に対抗心が芽生え、リッテも努めて姿勢を正す。
やがて審査員三名が席に座り、合否の札を振り上げた。
結果は――三人全員が、アズサ。
確定した結果を確認したグリィが宣言する。
「満場一致!! 第一試合はアズサ選手の圧勝ぉぉぉーーーーッ!!」
「うそ……」
先ほどまでの自信ががらがらと崩れ落ち、リッテは膝から崩れ落ちる。その様子を横目で見ていたアズサが憐れみすら込めた視線をくれる。
「ですから結果は見えていると申しましたのに……私はこちらの文化で言う王宮のような場所でお手伝いをしていたことがあるのです。掃除洗濯に対する経験と教育が違います」
「……ッ!!」
全身からこみ上げる悔しさにアズサを睨むが、何も言い返すことが出来ない。敗北の屈辱に打ち震えるリッテの視線は自然と自分を選ばなかったジークに向いてしまう。
ジークもその視線に気付いたが、彼は平然としていた。
「リッテ、君が劣っているとは思わない。だが、アズサの掃除能力は我の想定を超えたものだった。この勝負はアズサに軍配を上げざるを得ない」
「あっそう。私よりタカマガハラの新しい女がいいわけ!」
「そういう意味ではない。しかし……」
口ごもるジークを庇うように、グリィが声を上げた。
「アズサさんの掃除はびっくりするほど効率的だった。時間のかかる作業をしない代わりに短期で終わる仕事を素早く、しかも几帳面なほど正確に終わらせていた。特に床が凄いよ。マネージャーたちも苦戦したしつこい黒ずみたちを、洗剤なんかを有効に活用してあっという間に落としてしまったんだ」
続いてオリガ校長も所見を述べる。
「リッテさんもとても頑張っていたのは確かです。アズサさんより綺麗に出来た部分もあったように思います。しかし、総合的に見てあの短期間で驚くほど無駄のない仕事をこなして見せたアズサさんの掃除技術は、もはや専門メイド並のものでした」
実際に掃除後の部室内が、映像魔法で周囲に見えるよう投影されると、リッテは彼らの言い分が悔しいくらい的確であることを思い知らされた。
リッテはとにかく手につく部分を片っ端から行った結果、十分前よりは綺麗になっているが、ところどころで作業が徹底しきれていない。
それに対し、アズサはユニフォーム選択を一纏めにして後回しにしたりシューズを全てロッカーの上に上げて放置しているものの、壁や床は埃も黒ずみも綺麗になくなっている。
どちらが綺麗に見えるかは、一目瞭然だった。
俯いて手を握りしめるリッテに一礼し、グリィが纏めに入る。
「第一試合、掃除対決の勝者は圧倒的な経験の差を見せたアズサ選手の勝利です!! これでアズサ選手が先制しましたが、試合はあくまで五番勝負!! 健闘したリッテ選手は今回惜しくも敗れましたが、まだ勝利の目は十分に残されております!! そして最後に――」
一度言葉を区切り、グリィは総まとめに入る。
「今回は掃除対決ゆえに優劣をつけました! しかし、忘れてはいけないことが一つあります! それは、本来なら誰だって近づきたくもないほど汚い部室に踏み込んで必死に清潔さを取り戻そうとする行為……それ自体が称賛に値する行為だということです!! 皆さん、両選手と普段あの部室で戦っているマネージャーという名の戦士たちに盛大な拍手を!!」
瞬間、生徒たちがどっと盛り上がり、全員が拍手を送る。
しかし、リッテは勝利したかった。
なんと言われようと慰みにはならない。
彼女は今回、自分がジークと共にいられるであろう可能性の一角を取りこぼしたのだ。俯く彼女の前に数人の女子生徒が駆け寄ってくる。顔を上げると、それはイートンボール部のマネージャーたちだった。
イートンボールは人気スポーツなだけあって男子部員は人気のある者が多く、部員とお近づきになれるマネージャーはリッテと正反対の積極的な女子が多い。インドアな同好会に所属するリッテと正反対の彼女たちのうち二名はアズサの所に向かったが、残り三名がリッテに声をかけてきた。
全員がEクラス以外なので殆ど面識はないが、彼女たちはまるで友人に話しかけるようにリッテの健闘を褒めた。
「ジークリッテ。グリィの言うことじゃないけど、貴方は凄かった。あたしに投票権があるなら貴方に入れてたわ。だってアズサさんのは確かに綺麗にはなってたけど、やっぱりユニフォームとの格闘がマネージャーにとっては一番きついもの。水に漬けるだけでもやってくれたの、ナイスよ!」
「え、うん……あ、ありがと」
屈託のない笑顔で褒められ、戸惑いがちにリッテは頷く。
他のマネージャーもリッテの肩を叩き健闘を褒めたたえる。
「実際のマネージャー業務ってゴミ出しの時間とかも加味しなきゃなんないからさぁ。実際には床ピカピカに磨いてる時間を別の所に割り振る必要があるの。審査員たちはその辺分かってないからねー」
「それにどんなにピカピカにしても次の日にはどうせ泥塗れだしねぇ」
「ねー。確かにアズサさんの掃除テクは凄かったけど……」
マネージャーの一人がちらりと見た先では、アズサから黒ずみの落とし方を教わり必死にメモするマネージャーたちの姿。彼女たちは素直にアズサの技量に感服したのだろうし、それはおかしなことではない。
それでも彼女たち以外のマネージャーは、そちらにはいかなかった。
「見直したよ、ジークリッテ。その気があるならマネージャーにスカウトしたいくらい、貴方はガッツがある」
「残り四試合、私たちもリップヴァーンちゃんと一緒に応援するから! イートンボール部の本気の応援の声量を会場に轟かせるわよ!!」
「だから、さ。そんなに凹むことないって。まだまだイケるよ!」
「うん……うん……!!」
初戦を落として黒星を飾ったのは、確かに痛い。
しかし今、リッテはその代わりに今までに得た事のない温かい感情を得ていた。人数にしてたった三人、されどリッテの努力を認めてくれた大切な三人だ。同じ経験を積み、全力で努力したからこそ得られた信頼の温かさに、リッテは少しだけうれし涙を零した。
――その様子を、ジークはダッキのアドバイスから空気を読んで少し離れた所から見守る。そして、同じようにリッテに視線を注ぐ二人の人物に、悟られぬよう注意を向ける。
そのうちの一人は見事リッテを破ったアズサだ。
彼女は勝利に慢心せず、このままリッテを完璧に敗北させるという確固たる覚悟を湛えた瞳を見せる。そこにリッテへの敵意も、ジークに対する情熱も、少なくともジークには感じ取れなかった。
そしてもう一人――面白い見世物だったとばかりにぱち、ぱち、とゆっくり拍手を送る男。その男はリッテを退学に追い込もうとした張本人であるロムスカヤ・ヴェルリツヴァロヴだった。
彼はひとしきり拍手したのち、普通なら気付かないほどほんの一瞬だけジークを睨み、踵を返して学校へ戻っていった。彼の背が見えなくなってから、ダッキから通信が入る。
《……あのクソガキ、ジーク様に何ともまぁお可愛い殺意を向けましたよ》
(ふむ……確かにそよ風のような気配を感じたような気がした)
最近やっと人の感情の気配を少しずつ読めるようになったジークだが、やはり古代の大戦で向けられた殺意に比べるとロムスカヤのそれはささやかすぎて感じ取ることさえ難しい。
ただ、意味深な気配を向けてくることには一抹の疑問を覚える。
(何か企んでいる、ということなのか? 我には狙いが見当もつかんが)
《一応警戒しておきましょう。あの目の輩は……よく悲劇を引き起こそうとしますし》
この日、ジークはリッテと共に帰路に就いたが、リッテは判定で負けた際の出来事が気まずかったのか口数が少なかった。ジークはそれに深く切り込まず、アズサが何を考えているのやら分からないなど彼女の気を紛らわす話題を振り、なんとかリッテに判定のことを水に流して貰うことに成功した。
(母上がへそを曲げられた際を思い出すな……アレは確か
リッテも、ジークも、少しずつ変わってゆく。
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