43. 第一勝負、開始!

 突如、当人そっちのけで発生したパートナーの権利争奪戦。

 五番勝負が決定したことで、ジークは何故か勝負の審査員を任されることになった。しかもこの争奪戦、何故か学園長の許可が下りたらしく正式に時間を取って行うことになった。


 ジークはそういうものだろうか、と思ったが、シャドウはこれを不審に思ったらしく、学園長の意図を探りたいと単独行動に出た。どちらにしろアズサが近くに居る場面では彼は迂闊に動けないので丁度良いかもしれない。


 あれよあれよという間に準備は整い、さっそく一つ目の課題に突入する。


「一番勝負ッ!! 誇りを賭けて埃取り、掃除対決ぅぅぅーーーー!!」

「って、待ちなさいよッ!! なによこの格好はぁぁぁーーー!!」


 司会進行を買って出たグリィの顔面に、予想だにしない格好を指定されたリッテがフルスイングした箒が直撃した。「のブっフッ!?」と奇妙な悲鳴を上げてグリィが背中から地面に叩きつけられる。

 ふー、ふー、と息を荒げるリッテは、何故かメイド服になっていた。

 彼女の後ろで怪訝そうに自分の服装を確認するアズサも同じくだ。


 どよめく周囲をよそにむくりと起き上がったグリィが不敵に微笑む。


「だって掃除対決なんだから掃除をするのに相応しい格好でなければ困るだろ!?」

「掃除するんだったらエプロンと三角巾とかでいいでしょうが!! このやけに露出の多いメイド服とプリムが、何がどうして必要になるって言うのよッ!!」


 そう、彼女たちが着用させられたメイド服は、明らかに正規のメイド服ではない。

 リッテのメイド服は肩から鎖骨までの生地が黒いシースルー生地で出来ており、殆ど剥き出し同然だ。背中も剥き出しであり、袖に至っては存在せず、何故かカフスだけが腕輪の如く残っているという機能の欠片もない状態である。

 極めつけがスカートだ。太ももの中ほどまでしかないという短さに加え、その内側に着させられたタイツとガーターベルトがギリギリでスカートに隠れ切らず、太ももが少しだけ見えてしまっているのだ。

 普段はリッテのことを馬鹿にしがちな男子生徒も、この絶妙に露出した肌に目を奪われ気味だ。


 更にアズサのメイド服もリッテとは違う。彼女のメイド服は鎖骨も肩も隠れている代わりに胸元が大きく開いており、なんと腹部もへそ付近のみ露出している。

 しかも、リッテのメイド服がフリル多めなのに対してアズサのものは露出部以外は比較的シンプルに纏まっているため、身体のラインが分かりやすく、慎ましさが全く感じられない。ついでに彼女のタイツは左右非対称であり、短い側のタイツの上には黒くふわりとしたバンドがつけられ、太ももにコントラストを齎している。

 主にへそが出ている辺りがアズサ的にもかなり抵抗があるのか、なるだけへそを隠すような体勢を取っている。

 彼女も行動には出さずとも同じ疑問は抱いているのか、グリィに疑りの視線を向ける。しかし、グリィは笑顔でその必要性を断言した。


「必要だとも! 見物人が盛り上がる為にはッ!!」

「フザけんなッ!!」


 リッテが怒りに任せてもう一発グリィを箒でぶん殴る。

 しかし、見届け人となる観客たちは誰もリッテを咎めず、グリィを心配しない。何故なら、グリィは彼女たちにメイド服を着せるためにこの場を設けているだろうし、その欲望丸出しの姿勢が制裁対象になるのもいつものことだからだ。何よりも自分たちが見たがっている。

 女性陣も少々露出はきついもののメイド服の可愛らしさに興味を隠せないようだ。中には写真を撮影している者もいる。


「はーっ、はーっ、油断してた……うちのクラスはあまりちょっかいかけられないからこの変態の魂胆を見誤った……!」


 リッテは死んだカエルのようにひっくり返ったグリィをみて溜飲が下がったが、そんな自分をジークがじっと見つめていることに気付いて今度は羞恥心がこみ上げる。


「な、なに見てんのよばか!」

「今の我は審査員故、見ないことにはいかない。それに普段と全く違う格好のリッテも新鮮でよいと思う」

「なぁぁぁぁぁ!! もうっ、まんざらでもない顔するなぁ!!」


 余計に恥ずかしくなってしまったリッテは背を向けるが、背中の肌も丸出しなので余計に見られている気分になって耳がかぁっと熱を持った。

 と、アズサが声を上げる。


「ときに、仮にも司会進行役に暴行を加えるというのはルール違反なのでは?」


 リッテはその的確な指摘に胸がどきりと跳ねるのを感じたが、グリィはそれに対して首を横に振る。


「答えはノーだ。何故なら僕は暴力には屈しないので勝負の結果に影響はないし、暴力によってミス・リッテの心が整うなら喜んでこの身を捧げる。もちろん君も僕を罵倒してくれても構わない!」

「いえ、わたくしは人に当たり散らすような教育を受けていませんので」

「……!!」


 その嫌味は、リッテにとっては当然不愉快だ。しかし、今までも家柄を散々馬鹿にされたリッテはぐっと怒りを堪えた。今のはせいぜい牽制のジャブ。戦いはここからだ。

 尤も、続いたグリィの発言に互いに気勢を削がれることになるのだが。


「えー、僕女の子が恥じらいながら馬鹿とかエッチとか叫んで暴力振るってきたり怒鳴る光景を見るのが生き甲斐なんだけどなぁ。ちらっ、ちらっ」

「……呆れて何も言えません」

「右に同じ」


 こんな変態を悦ばせてしまったことにリッテは内心で恥じ入るのであった。何とか仕返しをしてやりたいが、何をしても相手が悦びそうである。


「ん、オホン!! さて、第一勝負・掃除対決の舞台はイートンボール部の部室を借りました! 二部屋とも厳密な調整を施して同じ条件を整えています!!」


 イートンボールとは、通称イートンと呼ばれるスポーツだ。

 人数は十人対十人の二チームで行われ、人の頭ほどのサイズがあろうかというボールを蹴りと頭のみで触れるルールで奪い合う。フィールド中央を境にそれぞれの陣地として二分されたフィールドがあり、その最奥にある相手チームのゴールポストにボールを叩き込んで点数を競う。

 プロリーグも存在し、年に一度の金杯大会は国中から観客が集まる国民的スポーツと言えるだろう。


 割り当てられた部室に入ったリッテは思わず呻く。


「うっ、何この……汗と男くささと土臭さが入り混じったような臭い……!」


 そこには、練習終了後の汗と砂埃に塗れたユニフォーム、靴下、散乱する空の水分補給ボトル。部屋の中も全体的に埃っぽく、ありていに言って地獄のような汚さだ。

 司会進行のグリィの説明が続く。


「二人には十分の制限時間以内にここを掃除して貰いますッ!! クリア条件一切なし、純粋に十分以内にどれだけこの場所を綺麗に出来たかのみが審査基準となります!! どれかを諦めて別の掃除に集中するもよし、全て総合的に掃除して状況の改善に努めるもよし、掃除の仕方は一切自由! 掃除用具と洗濯機は自陣のものをご自由にお使いください!!」

「イートンボール部のマネージャーっていつもこんな地獄にいるの?」

「いるらしいですよぉ。今回イートンボール部が場所を提供してくれたのは、かっこつけるだけで片付けもしない部員たちの日常を公開する意味合いもあるとかないとか!」


 期せずしてイートンボール部の闇の深さを思い知る生徒たちだった。なお、イートンボール部のちゃらちゃらした生徒たちは総じて居心地が悪そうである。


 だが、この勝負はお高く留まったアズサに勝てる可能性が十分にある。何故なら貧乏一家のリッテは掃除洗濯など家事全般が出来るからだ。ここで実力を見せつけて一気に優位に立ち、三連勝してこのくだらない戦いを終わらせよう、とリッテは気合を入れる。


「やってやろうじゃないの!!」

「ふ……結果は見えています」


 不敵に微笑むアズサに、強がっていられるのは今の内だとリッテは内心であっかんべぇをした。


「では、試合……開始ぃぃぃッ!!」


 グリィの宣言と共に、二人は同時に部室に突入した。

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