42. 暴走する民意
妙なことになった、とジークは一人ごちる。
アズサの突然の襲来と共鳴によって再び学園の注目の的にされたジークは、周囲の奇異の視線を受け流しつつ教室に向けて廊下を歩く。
あの後、アズサとリッテが激しい口論の火蓋を切ろうとした丁度そのタイミングで騒ぎを聞きつけた警備員が現場に到着し、会話は強制的に中断させられた。
リッテは彼女に対して何やら今のジークでは解釈しきれない複雑な激情を向けているのか、普段なら手を繋いで教室まで向かうのに、今日は肩を怒らせ一人で行ってしまった。
アズサはアズサで騒ぎの中心だったために事情聴取に職員室に向かい、ジークは一人になってしまった。ただ、考え事をするには一人は都合がいいのかもしれないと思い、敢えてゆっくりと歩を進めている。
ジークは念話でダッキに問いかける。
『……ダッキ、あの同調率の高さをどう思う』
今現在、ジークは最初にリッテと行った共鳴のように100%を越える力を流し込んでしまわないよう、最大100%で止まるよう力に蓋をしている。しかし、そもそも100%を越えた同調率を叩き出したのはリッテとジークの相性の良さに原因がある。
事実、ジークはあの後周囲の幾人かと共鳴を試したが、一般的な同調率を逸脱した数値は出ていなかった。にも拘らず、アズサの同調率は100%に達していた。これは如何なる偶然か、或いはそうではないのか――ジークの問いに、ダッキは率直な意見を述べる。
『ダッキちゃん的にはからくりがあると思いますよ。あの娘の態度、まるで最初から同調率が100%になる確信があるようだったじゃないですか。そのからくりまでは流石に暴ききれませんでしたが……』
『お前でもか?』
『遠見じゃ限界があるのは悔しいけど事実です。それにどーにもあの娘、血筋とは違う理由なのか素でもジーク様とそこそこは相性がいいみたいです。だからからくりによる同調率の底上げに注ぐ力が少なくて済み、結果として痕跡も更に分かりづらくなると。しかも肝心の部分が強い力で隠匿されてるっぽくて……うぅん』
出来る女を自称する彼女からすれば歯がゆい事態なのか、歯切れが悪い。
確かにジークも彼女が何かを隠し持っていることには気づいていた。しかし、人の尺度を超えたジークにとってそれは余りにも微細な変化であり、また人の持つ道具にも詳しくないため正体までは見破れなかった。
ダッキは一旦考え込むのを中断し、アドバイスをしてくる。
『ともかくジーク様。他の国の人間ならば力を利用しようと近づくこともありましょうが、現役の巫で、しかもあれだけ強引な手段で近づこうとしたとなれば、もう彼女の中ではジーク様の正体に一種の確信があるのでしょう。くれぐれもお気を付けを――』
『興味があるな』
『……はい?』
ダッキが素っ頓狂な声を上げるが、ジークは自分がおかしなことを言ったとは思っていない。
『彼女が何故我に会いに来たのか、何をする気なのか、どうしてリッテを除け者にしようとしたのか、どうやって我が人外であることに気付いたのか……それを知りたい』
『えぇ……いやでも、もし正体を暴露されたら面倒ですよ?』
『うむ。それに彼女とリッテは何故か反目しているように思える。なんとか二人を仲裁できれば話が聞けないだろうか』
『あ、そこはちゃんと気付いてたんですね……』
その後、ダッキから「アズサがこの調子で近づいてくると幾らダッキでもフォローが難しい局面が増えるので、ともかくリッテを手助けしながらこのアプローチを一旦しのぐべき」というアドバイスを受け取ったジークは、教室に入る。
すると、教室の中心で視線の火花を散らすリッテとアズサがそこにいた。敵愾心をむき出しにするリッテと対照的にアズサは冷静な顔だが、それが逆にリッテを煽っているようにも見える。
そして、ジークがいない間に二人の間で何らかの合意があったのか、全く聞き覚えのない言葉が飛び出した。
「五番勝負!! あんたが勝ち越したら交渉の権利!! アタシが勝ったらパートナー解消の話は金輪際なしッ!! 文句あるッ!?」
「望むところです。ジーク殿の為にも、そしてあなた自身の為にも、身の丈というものを教えて差し上げます」
「……どうすればいいのだ、これは」
――皮肉にも、人外であるジークだけが最も相互理解と平和を望んでいるようだ。
* * *
五番勝負の発端は、二人の対立を聞いて面白がった隣のクラスのグリブイユ・ネスキーという男子生徒だった。友達からはグリィと呼ばれている彼は、まるで子供のように小柄で童顔の純粋そうな少年だ。
が、この男、実は学園の誰もが知っている問題児だったりする。
盗撮、覗き、言葉のセクハラ。
そう、グリィは草食獣の皮を被った変態なのである。
当人曰く「見る専門であって触ったりはしない」だそうだが、それを差し引いたとしても女子の盗撮や覗きは立派な犯罪行為。退学処分を下されても文句の言えない所業である。
が、毎度犯罪行為が露見するたびに過激派女子たちにリンチにされているせいか不思議と停学にまでは至っていなかったりもする。
そんな彼が出現したのは、ジークより先に教室に到着してギスギスした空気を撒き散らすリッテとアズサにクラスメートたちが耐えきれなくなった頃だった。
「――話は聞かせて貰ったッ!!」
「誰も話してねぇよ気まずいんだもん空気がッ!!」
即座にクラスメートの一人からツッコミが入るがグリィは全く動じることなく教室に踏み入る。
「パートナーに求められるもの、それは何か!? それは愛!! ラーーーブーーー!!」
(違うのでは?)
(違うと思うけど)
(違うんじゃないかな)
そういうケースもなくはないが、そこまで声高らかに断言するほどの真理じゃないし、パートナーと言っても男女の関係だけとは限らないだろうと思うクラスメートたち。しかし、悪いことに嵐の中心である二人がこれに反応した。
「愛ッ!? 愛だったらこっちの勝ちよ、なんせ付き合いの長さが違うんだからッ!」
「それは貴方が一方的に感じているだけの愛では? それが真実の愛なのかは甚だ疑問ですね」
「なーにが真実の愛よアンタしたことあるわけ!?」
「貴方の勘違いの可能性は否定できないと思いますが?」
噛みつくリッテに対して冷ややかなアズサ。
猛獣と猛獣の睨み合いの間に、グリィは臆せず身を投じた。
「愛とは目に見えぬものだッ!! だからこそ激論になり、しかし答えが出る事もないッ!! 故に、故にこそだよ諸君!! ここはもう目に見える差によって勝敗を分けるしかないと思わないかねッ!?」
いや別に――そう流そうとしたクラスメートたちは、そこではたと気付く。彼らの殆どは勝敗の結果よりさっさと嵐が過ぎ去って欲しいという意識の方が強い。であるならば、いっそグリィの提案に乗った方がいいのではないか、と。
「そ、そうだなー! たしかになー!」
「白黒はっきりつけた方がいいねっ!」
若干ぎこちないながらも同意を示す観衆に満足したようにうんうんと頷くグリィ。学校一の変態と名高い彼の意見がまともな訳はないのだが、このときクラスの全員が冷静な状態ではなかったため、誰も止める者はいなかった。
「ではぁッ!! 愛を測る五大要素ォッ!! 掃除、料理、忍耐、教養、そして戦闘力ッ!! 五番勝負で雌雄を決しようではないかぁッ!!」
それは愛と関係あるのか、と疑問を呈す内容だが、『パートナー五大揉める要素』と解釈するとあながち間違いでもない。パートナーは必然的に共同生活が増えるため、上記五つの要素は生活から仕事まで様々な場面での喧嘩の火種になりうるものだ。
そして、リッテとアズサはこの提案に乗ってしまった。
「五番勝負!! あんたが勝ち越したら交渉の権利!! アタシが勝ったらパートナー解消の話は金輪際なしッ!! 文句あるッ!?」
「望むところです。ジーク殿の為にも、そしてあなた自身の為にも、身の丈というものを教えて差し上げます」
「……どうすればいいのだ、これは」
戸惑うジーク。
何が目的なのかほくそ笑むグリィ。
この勝負が終われが修羅場が消えると信じる生徒たち。
今、国立ラインシルト学園二年E組は混沌の坩堝と化していた。
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