40. 使命もないのに使命感

 昼休みがそうなら、放課後もアズサは大人気だった。

 よってリッテもジークも彼女には近づかず、学校の訓練場に向かう。

 そこには『ハイランダー』の二人、ミズカとノーマが待っていた。


「留学生に現を抜かして遅刻……とはならなかったようですね」

「私としては留学生にも興味があった訳ですが!」

「ノーマ」

「はーい」


 じろりと向けられたミズカの視線にノーマはわざとらしく姿勢を正す。

 この二人の訓練は苛烈を極める――訳ではないが、さりとて楽でもない。走り込み、筋トレ、素振りといった基礎訓練に七割近くが費やされる。言葉を選ばなければ、ひたすら地味だ。


 ただ、以前指導を受けたシュマイザーの言によって基礎能力の不足を指摘されていたリッテには、むしろこれが丁度いい。以前『ハイランダー』と模擬戦をする際は時間がなかった為に急ピッチで特訓したが、それでもやはり勝利と呼べる結果にはならなかった。

 ミズカから叱咤激励の言葉が飛ぶ。


「ただの訓練と思わず前日の自分を越えることを見据えなさい! 僅かずつでもいいから結果を変えるのです!」

「ほいもっと太もも上げて! 健康的でムチムチの筋肉を目指すのだ!」

「ノーマ先輩、セクハラです!! だいたい先輩の足は細いじゃないですか!」

「確かに。しかし足の太い細いがそこまで重要なのか?」

「はいはいアンタは気にしないでしょうね! でも女の子は気になるの!」


 彼女の相棒たるジークは走り込みのノルマをあっという間にクリアしており、今はリッテに寄り添うように並走している。もちろんリッテを気遣う意味や、まだ体力が余っていることもあるが、もう一つの効果として共鳴レゾナンスの訓練という効果もある。


「リッテ、我のペースに呑まれつつあるぞ」

「はっ、はっ、本当だ! うぅ、油断したっ!」

「慌てて落とさずゆるやかに元のペースを思い出すんだ」

「元のペース、元のペース……」


 リッテは必死に体の感覚を調整し、元のペースに緩やかに戻していく。

 今、二人は共鳴レゾナンスを使いながら走っている。リッテの共有先のジークにはまだ余裕があるため、それを自分の感覚と錯覚したリッテが急ぎ過ぎたのだ。

 これはどんなコンビでも発生する現象だが、ジークとリッテはその差が極端すぎるため、互いに煽りを受けてしまう。ジークがリッテを意識しなさすぎても、リッテがジークを意識しすぎても駄目なのだ。


 二人が互いに互いの状態を把握しつつペースを掴もうとするさまを見て、ミズカは顔には出さずに呆れる。


(……ふつう、共鳴レゾナンスを継続しながらの走り込みは疲労が邪魔して維持が難しいものなのですがね。全く、そちらの才能だけはズバ抜けてますわ)


 と――不意にミズカにノーマが話しかける。


「ミズカっち、気付いてる」

「主語が足りませんわね。何にですの?」

「アツーい視線だよ」

「どっちの、ですの?」


 二人の視線の先には、訓練場の外からリッテに熱い視線を注ぐ一年生、リップヴァーンの姿。そして彼女から離れた場所にもう一人、鋭い視線を訓練場に送る人物がいた。

 タカマガハラ巫国特有の衣装が見られる制服に身を包んだ黒髪の少女だ。その視線はジークと、時折その隣にいるリッテに注がれている。


「一目惚れ、って目じゃないねー。なんだろ?」

「害がないなら捨て置けばよろしいでしょう。そうでなくとも当人たちの問題です」

「ま、そりゃそっか。今後にご期待だね」

「何を期待するというのですか……」


 呆れたミズカは、すぐに訓練にいそしむ二人に視線を戻した。

 ただし、ジークを見つめる少女の視線が友好的に見えなかったことと、纏う気配から戦いに関しても素人ではないことだけは、しっかり記憶して。



 * * *



 アズサはやっと押し寄せる生徒たちから解放され、己の使命の本懐たる『世界を灼く者』の観察に映っていた。


(あれが……上手く隠匿しているけど、恐らくは男の方が……)


 教室に入った瞬間に直感的に気付いてはいたが、じっくり観察することで疑念は確信へと近づいていく。確かに上手く人間に化けているし人間の気配もあるが、アズサの直感は彼こそがそうだと告げていた。


(ジークノイエ・L・ホープライト……つい最近入学。ロイズ州知事アモン・ホープライトの義理の息子で、才色兼備の男……)


 彼について判明したことは少ないが、その少なさが逆に怪しく思えてくる。

 ただし、完全な確証はアズサにはなかった。

 只ならぬ気配や占いの結果からして、心は間違いなくあの男だと告げている。なのに、明瞭にそうだと決めつけられる確証がギリギリで掴めない。また、何が目的で人間のフリをしているのかも不明なままだ。


 やはり、リスクを承知で彼に近づき、その真意を問い質さねばならない。尤も、アズサはこそこそ人間に紛れて活動している時点で裏がない筈がないという確信を持っているが。


 魔の存在は誇り高く、人を見下す。

 そうするだけの絶大な能力があるからだ。

 隣の少女に寄り添う姿を見せても、必ず本性を隠し持っている筈だ。


(でも、その為にはあの隣の少女が厄介ね……)


 遠くから見ても理解できるほど、あの少女――ジークリッテ・ヒルデガントはあの男に信頼を寄せている。もしかしたら懸想を抱いているのかもしれない。しかし、相手が人外の化生である以上、その恋が実ることは決してない。


(可哀そうに、騙されてるのね……きっとあの男が本性を現した時、最も傷つき、或いは命を散らすのはあの子……)


 アズサの拳がぎゅっと固く握られる。

 既に彼女からはあの化物の気配が生命力の中に染み込むほどだ。口八丁で丸め込まれた彼女が大きな災いの火種に利用されでもしたら、余りにも哀れだ。


 アズサは使命感の強い少女である。

 それと知らず世界で最も危険な場所にいる少女をなんとか助けたいと考えてしまう。しかし、この町でも信用の高い知事の息子たる彼を余所者のアズサが化け物だと叫んだところで、碌に相手はされないだろう。


 彼女に気付かれず、事を為さなければならない。

 それに、彼女と同じ距離でジークを観察すれば、その正体を暴ける可能性がぐっと高まる。アズサは決意を固めた。


(その結果として我が命が燃え尽きるとしても……それであの子の命が救えるのなら!!)


 ――彼女の欠点を一つ上げると、自分の正義に妄信的になり過ぎて妙な見落としをしてしまうところが挙げられる。その欠点は、翌日見事に発揮されることとなった。


 翌日の朝、アズサは学校の校門でジークとリッテを待ち伏せして、衝撃的な一言を言い放った。


「ジークノイエ・L・ホープライト殿。今のパートナーと別れ、私とパートナーになりなさい!」

「なっ……!?」

「む……?」


 ――その日、国立ラインシルト学園のトップニュースが決定した。

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