37. 推しが褒められるとうれしい
『ハイランダー』との決闘が終わって以来、リッテの生活は変わった。
ジークと共に投稿したり行動するのは当然ながら、休みの日に彼の屋敷に遊びに行ったり、遊衛士としての基礎トレーニングでミズカとノーマに鍛えられたり、今まで以上にリップヴァーンにべったりくっつかれたりだ。
周囲の陰口や嫌がらせが消えたわけではないが、ジークが来る前と比べれば快適と呼んで差し支えない程度まで減っている。
その分だけジークにかけられる苦労があるのだが、それもまた心底嫌ではない。この日常をどこか心地よく感じているリッテがいるのも確かだ。
そう、きっとこれは青春というものなのだろう。
今まで曇天に覆われていたリッテの世界が漸く晴れ間を拝んだのだ。
ジークは今も相変わらずリッテのやることなすことに興味津々だが、今ではなんとジークに勉強を教えてもらうこともある。元々機械関連以外は頭脳明晰なジークだったが、彼のずば抜けた記憶力は暗記科目には鬼のように強い。彼も復習になると積極的に教えてくれるため、学校の小テストは以前より随分バツ印が減った。
ただ、貴族派のヴ家を筆頭とした陰湿な連中が最近やけに静かなことだけは、少しばかり気にかかる。如何なる彼らも諦めたと思えればいいのだが、心配性のリッテはまだそこまで希望的になれなかった。
――そんな日常を謳歌していた、ある日のこと。
「なにか、あった?」
「……へ?」
珍しく機会同好会へと行かずに教室でだらけていたリッテは、その声に顔を上げる。そこには、学校を一時退学させられたにも関わらず奇跡の復帰を果たした第三階級出身の生徒、アリアンがいた。
アリアンはこちらの顔を見ると、慌てて両手を振る。
「あっ、ごめんなさい急に話しかけちゃって! 第三階級なのに出しゃばっちゃったかな!」
「あー……そういう気遣いは逆に気まずいから普通に同級生でいいよ?」
「ほんと? ごめん、こういうの拘る人は本当に拘るから……」
確かにそうだ、と思いつつ、アリアンが自発的に話しかけてきたのは初めてであることに気付く。以前は隣の席にいたのに付き合いも碌にないままいつの間にか退学処分になっていて、彼女のいた席は現在ジークの席になっている。
「で、急にどしたの?」
「うん、普段昼休みの時間はジークく……さんといるか、機械同好会の部屋にいるのに珍しいなって思って……」
「ああー、それね……あいつ今日は珍しく自発的に機械同好会に向かってるし、たまには距離とってもいいかなって……」
昨日コンロを爆破してリッテを盛大に怒らせたジークは、流石に思うことがあったらしい。リッテとしても昨日の出来事についてはまだ少しだけ根に持っているので距離を取れてよかったと思う反面、ジークが隣にいない寂しさや彼を必要以上に怒ってしまったのではという僅かな罪悪感もあり、結果として調子が出ずに教室でだらだらしていたのだ。
アリアンは意外そうな顔をする。
「そうなんだ。仲いいんだね、二人は」
「え? そう……なるのかな?」
「だって、ロムスカヤさんの子分さんたちは、彼の機嫌がよくても悪くても常について回るじゃない? 選択の余地があるってことは、二人は対等ってことだよ。ちょっと羨ましいなぁ……」
そういう考え方もあるのか、と感心する。
確かに、ヴ家の跡取りとその取り巻きは、ロムスカヤを頂点としたグループだ。笑うも怒るも行動するも全てロムスカヤを起点とする彼らは、学校生活では常に彼に縛られて選択の余地がないとも考えられる。
そう考えると、金魚のフンも楽ではない。
「そっか、そうね。私あんまりジークに遠慮しないし」
「そうそう、それもすごく不思議に思ってた。なんでリッテさんはあのホープライト卿のご子息相手にあんなに自然に接することができるんだろう、って。私が学校にいた頃はそんな姿想像できなかったもん」
「それは、まぁ、色々と偶然が重なって他の人よりちょっとだけあいつとは付き合いが長いし……なんかいつの間にか保護者公認パートナーになってるし……」
「す、スゴイ……そんな運命的なことあるの!? ねぇ、どんなことがあったのか教えてくれない!? わたし凄く気になる!」
「そんな人に話すようなことじゃ……って、なんか傍聴者増えてない!?」
いつの間にか、リッテの周囲には二人の会話に興味津々な聴衆たちが集っていた。全員が全員、リッテが如何にしてジークと懇意になったのかという下世話な話題に興味津々らしい。
周囲の期待値は既に最高潮であり、もはや逃げられる状況ではない。好奇心に爛々と目を輝かせる彼らを前に、リッテは胸中でヒステリックに叫ぶ。
(バカジーク、なんでこんな面倒な時に限って居ないのよぉぉ~~~っ!!)
結局、リッテは『嘘は言っていないがすべてを語ってはいない』二人の出会いの物語を簡潔に語る羽目に陥るのであった。
* * * *
一方、ジークは機械同好会にてライデルの元、サルでもわかる機械工学を学んでいた。
「ここを……こうか!?」
「残念、ちょっと力を込めすぎて配線が切れちゃってるね」
「ぬぅぅぅ……! 理屈は、理屈は辛うじて理解できたのに……!」
思わず絶望という感情を理解しそうになる己の機械適応能力の低さにジークは唸りっぱなしだった。学問に得手不得手があるのは自覚していたが、まさか実技でここまで躓くとは彼にしては予想外の障害である。
どうやら自分は人間の『みみっちさ道』のほんの入り口に足を踏み入れたに過ぎないのかもしれない、と戦慄する。ジークからしたら配線の有無など足元に落ちている木の枝の向きを調整しているくらいにしか認識できていない。それが必要だとは分かっているが、思考のスケールが追い付かない。
ライデルは悪戦苦闘するジークに苦笑いする。
「あはは、同じ英雄の血を継いでるのにリッテちゃんとは正反対だね、ジークノイエ君は。でもまぁ、入部したてのリッテちゃんも割とそんな感じだったよ?」
「……そうなのか? その話、興味があるな」
「そう? うーん……リッテちゃん多分あんまり知られたくないと思ってそうだから、ここでの話は秘密ね?」
「うむ」
ライデル曰く――リッテは一年生の頃、ある日突然部屋に入ってきたという。この部屋に自ら足を踏み入れるような人は、愛好会入会希望者くらいしかない。ライデル含む部屋にいた先輩たちは、特に気にせず彼女を受け入れた。
しかし、ライデルはすぐに気づいた。
リッテは機会愛好会の事を全く知らないという事に。
「話に適当に合わせてるけど、明らかに専門知識知らなかったんだ。一応入会って話にはなったんだけどちょっと気になっちゃって彼女のことを調べた。そしたら彼女、虐められてて……多分どこでもいいから逃げたくて、たまたま愛好会に辿り着いたんだろうなぁ」
「……今からは想像も出来ないな」
ジークはリッテの機械弄りを数度見たことがあるが、彼女の指はいつも迷いなく機械の調和を齎していた。コードを紡ぎ、接続先を定め、パーツを嵌め、すべてが決定した路線であったかのように作業をこなす姿はよく覚えている。
そんな彼女にも自分のようにみみっちさ道の入り口に躓いた時期があったとは、ジークからすれば意外としか言いようがない。
「その年は入会メンバーがいなくてさ。女子も殆どいないから先輩たちは冷やかしかってガッカリしてたね。でも、リッテちゃんはその後も欠かさず部屋に来た。機械話に合わせるために技術教本を物凄く読み込んで、分からない言葉は逐一メモして、多分同好会の外に出てから調べたんだろうね」
「そこで機械好きに目覚めたのか」
「ううん、違うと思う。多分、なんとしても教室以外に自分の居場所が欲しかったんだ。虐められない場所が欲しくてさ……そう思うと可哀そうで、みんな来るなとは言えないよ。正式な部活動じゃない機械同好会はどちらかと言えば除け者扱いだし、気持ちはちょっぴりわかるんだ」
ほんの少し悲しそうなライデルの説明に、ジークは、人は社会的な生き物だと本に書いてあったのを思い出す。
同じ宗教、同じルール、同じ主義の下に人は集いたがる。その方が周囲と齟齬が少なく、集団から疎外されるリスクが低いからだそうだ。より小規模に考えればそれは同好の士と言い換えることができ、まさにこの機械同好会に該当する。
「機械を勉強して順応さえすれば、休み時間に平和に過ごせる居場所を手に入れられる。ここは階級とか気にしない場所だから、意識して言動を寄せてるとは思う。でも、それっていけないことかい?」
ライデルの問いに、ジークは考える。
例えば、以前彼をスカウトしてきた魔法研究部は、ジークが魔法を使いこなせるものの魔導に興味がないことを知った時、引き下がった。もしジークが本来興味がないのにあるそぶりを見せれば、結果は変わっただろう。
ジークには嘘という概念に疎い。
そのため、リッテの嘘について特に思うことはない。
なのでジークは一般論に従うことにした。
「周囲がそれを認めるのであれば、別に問題はないだろう」
「だよねー。別に心の底から機械を愛してなくたって、認めてもらおうと努力する彼女を偽物呼ばわりは誰もしなかった。だからリッテちゃんは今も昔も立派な愛好会メンバーさ」
人の好さげな笑みを浮かべるライデルに、ジークはなかなか興味深い会話だったという感想を覚える。
嘘はいけない、嘘をつくことは人として最低だと道徳が叫ぶ一方で、やむを得ず口にする嘘や許される嘘もある。人の価値観と思考というものはつくづく画一的に考えることは難しく、ゆえにジークにとっては聞けば聞くほど興味深い。
でも、とライデルは手のひらをポンと叩いた。
「リッテちゃんって本人が思っている以上に機械弄りの才能あると思うんだ」
「機械弄りの、才能……?」
「リッテちゃんって意外と機械の扱いが雑でちょこちょこ故障させるんだ。で、慌てて修理しようとするんだけど……機械の修理って普通原因の究明から入るのよ。どんな種類の故障が起きているか確認して、その故障に影響を及ぼす場所に壊れている部分がないか調べて……って感じ」
「医者のようだな」
「はは、確かにちょっと似てるかもね。でも……リッテちゃんってその辺の過程をすっぽ抜かしていきなりコードガチャガチャ弄ったと思ったら次の瞬間には『直った!』って言って、本当に直っちゃうの」
「なんだと? 一瞬で原因を見抜いているのか……!?」
「僕も最初はそう思ったんだけど、どうも違うみたいでさ。完璧な修理ではないけど結果的に機能を損なわない処置をしてるんだ。セオリー無視なのに、確かに問題を適切に回避してる。本人曰く何となく分かるけど、言葉では説明できないらしいよ?」
不思議だよね、と興味深そうに唸るライデル曰く、応急処置以外の時はきちんと論理だてて修理できるので勘頼りではない筈だとのことだ。
ジークはまた一つリッテの知らない事実を知ることが出来てご満悦だった。ただ、リッテの機械弄りと他人の機械弄りの差について、意識の隅に留めておくことにした。
(ジークフレイドから遺伝した何らかの才能かもしれん)
ジークフレイドは神殺しを殺した人間の英雄。
彼にもきっと、常人ならざる何かがあったに違いないのだから。
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