2章 ドラゴン、極東の娘と出会う

36. 日出づる国より

 ミラベル共和国より東へ、東へ、遥か東へ――大陸を隔てた先に、一つの島国がある。ある者は神秘の国、ある者は魔境、またある者は沈黙の国とそこを呼んだ。


 島国の名は、タカマガハラ巫国。

 謎多きその国は、かんなぎという独自の技術を持った術士を多く要し、占いや呪いが異常発達している。


 そしてこの日、タカマガハラ巫国を治める偉大な女王が一人の巫を呼び出していた。


「ヒビカ様。ココノミヤ・アズサ、ここに参りましてございまする」


 巫女少装束の少女、ココノミヤ・アズサは膝をついて首を垂れる。

 女王ヒビカは尊顔を見つめることさえ無礼に当たる天上の人。そしてアズサは敬虔なる巫だ。ヒビカが死ねと言えば首を刎ねるほどの覚悟を持って、彼女はここにいる。

 女王ヒビカは、厳かに告げる。


「――託宣下れり。アズサ、そなたはこれより海を隔てて遥か西――日の沈む国より立ち昇った煉獄の如き炎の行方を追うのです。そして、その炎が世界を灼くものかどうか、見極めなさい」


 遥か西で立ち昇った炎、という言葉にアズサは心当たりがある。少し前、この国の高名な占い師全員が、全てを焼き尽くす煉獄の炎を夢に見たという。その炎は、遥か西で立ち昇っていたと誰もが口を揃えていた。

 つまり、女王はその炎の正体をアズサに見極めてこいというのだ。


 これは、ただのお使いとは訳が違う。

 女王が直々に、若き巫であるアズサを選び、そして命じる。

 すなわち、未来を見通すとされる女王がこれはタカマガハラ巫国の未来に必要なことであると判断するほど重要なことなのだ。女王の真なる目的など若輩者であるアズサには想像も及ばなかったが、その命令が如何に重いものであるかは、今まさに体が感じている。


 更に畳みかけるように、ヒビカは耳を疑う一言を告げる。


「第三の神器を持ち出すことを、女王の名の下に許可します」

「……ッッ!?」


 第三の神器――それは本来、女王にのみ触れることを許されたタカマガハラの神器中の神器。一介の巫でしかないアズサはお目にかかったことさえない、強大な力を秘めたものだ。

 アズサがそれを手にすることは本来ならば一生に一度も有り得ない。そう断言してもいい程の、絶大な力を有している。


 言外に、この使命は何があろうが絶対に失敗は許されないものだと告げられていた。

 なればこそ、応えねばならない。

 何故ならばアズサは、この国と女王に仕える巫なのだから。


「謹んで、お受け致します」

「貴方の行く先に、アマツカミの加護ぞあらんことを――」


 女王からの命令は、それで終わりだった。

 アズサは女王の配下に旅に必要な全てを受け取り、親しき者と別れを済ませ、翌日には大陸に向かう船に揺られていた。


「使命は二つ……炎の主を探し出し、そして世に仇名す存在かどうかを見極めること……」


 家族から受け取った荷物袋を背負い、友人から受け取った巫専用の杖を握り、何も知らぬ異郷を目指してアズサは気を引き締める。


 分からないことだらけで、何も見通せない未来に対する不安は多々ある。故郷に後ろ髪を引かれる気持ちもある。それでも、彼女は行くしかない。


「もし世界に仇名す存在であれば、その時はこの命を以てしても――!!」


 アズサは、世界を灼くかもしれない何者かに思いを馳せた。





 その世界を灼くかも知れない何者かは、今。


「なんか申し開きある?」

「すまん……」

「なにが、どう、すまないの?」

「機械の操作方法を理解できないまま操作し、結果としてコンロを破壊してしまった事を、深く反省し、詫びる」

「あんたが反省したらコンロ直るの? この惨状どうにかなるの?」

「ならない……」

「あ~もう! だったら手伝えって言いたいけどそれさせたら余計に壊れるし!! なんであんた優等生なのに機械操作がからっきしなのよッ!!」


 軽い気持ちで料理に挑戦し、結果としてコンロをダイナミックに故障させたことでリッテに鬼のように叱られてしょぼくれる『世界を灼くかもしれない者』は、台所を焼いてしまい己の機械操作技術の低さに落ち込んでいた。


 彼の名はジーク。

 彼にぷりぷり怒りながらコンロを修理する者の名はリッテ。

 二人の姿を見て、まさかしょぼくれている方が世界を滅ぼす可能性を持っているなどと想像できる人はいないだろう。


 ジークは人間の事は何でも知りたい男だ。そんなジークが今日チャレンジしたのは料理。本来食事を必要としない存在だったジークにとって、これは非常に摩訶不思議な人間の文明である。


 なぜ食べるものが多岐にわたるのか、野菜と雑草には何の違いがあるのか、砂糖や塩など同じ色の粉の違いは何か……ジークとて料理を全く知らなかった訳ではない。人間のふりをして人里に赴いた際にジークフレイドに奢ってもらったかゆの味は、今も不思議と覚えている。


 しかし、ジークが眠っている間にこの料理が爆発的な進化を遂げていたのは予想外だった。ジークとてホープライトの屋敷で人間のように食事をしているが、顔には出さずともすべての飲食物が不思議の塊だった。

 故にジークは今日、屋敷の厨房に赴いてこの神秘を解き明かす為の研究を開始したのである。手始めに彼は料理の中でも極めてシンプルとされる目玉焼きに挑戦した――筈だったのだが。


(爆発的な進化を通り越して、直接的に爆発させてしまった……)

「あぁぁぁ~~……発火装置が粉々に……駄目、もうパーツが足りないから無理。もうっ、何をどうしたら目玉焼き作ろうとしてコンロが爆発する訳!?」

「我が聞きたいくらいだ」


 人として余りに未熟であるジークにこの神秘を解き明かすのはまだ早かったようだ。しかもそれを実行するための道具がみみっちさの結晶、機械類であったのもジークにとっては運が悪かった。


 結果、厨房は煤塗れになり、リッテには怒られ、間もなくして騒ぎを聞きつけたエリザが修理道具を持ってくる始末。間もなくしてジークには厨房立ち入り禁止令が発令されることとなった。

 とうとうジークに代わり、メイドのエリザが頭を下げる始末である。


「申し訳ございません、リッテ様。お手を煩わせてしまって」

「はぁ……たまに様子見に来てみればこれとは、我がパートナーながら手のかかることで……」

「次から魔法の火で作ることにする」

「フライパン溶かさないでよ! ジークならやりかねないし!」


 なお、その後挑戦によって生み出されたジーク式目玉焼きは炭の味がしたのは言うまでもない。

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