32. はじめての連携
立会人として出てきたライデルは、カンニングペーパー片手に双方に目配せする。
「決闘の内容を確認するよ。勝利条件は相手の降伏及び逃走、及び武器の破壊ないし完全無力化、及び見届け人の僕がこれ以上の続行は危険と判断した際の裁量による判断のどれか。相手に故意に大怪我をさせることは禁止。相手の品位を貶める言動は禁止。魔法の使用は原則禁止……外部の人間による干渉があった場合は決闘は無効。試合が長引いた場合、一時間経過時点で決闘は強制終了して僕の裁量で勝敗を決める」
異論はあるか、と視線で確認された四人は、頷いて了承の意を示す。
「では、位置に着いて」
校庭には、決闘の一般的なルールとして定められた距離に白線が敷かれている。互いにチームごとに白線の前に立ち、四人は同時に唱える。
「「「「
リッテとジークの『
四人は同時に武器を構え、そして、ライデルの言葉を待った。
「では、双方悔いのないように……決闘、始めッ!!」
四つの影、八つの足が同時に大地を駆け、そして武器が衝突した。
『ハイランダー』と称される遊衛士であるミズカ・フライハイトは、対戦相手であるジークリッテ・ヒルデガンドの変貌ぶりに驚いた。
「ぃやぁぁぁぁぁぁッ!!」
以前の開幕から逃げ腰な顔とは違う、相手を打倒する意志に溢れた踏み込み。剣術としての練度はお世辞にも立派とは言えないが、前回に戦ったときは終始逃げ腰で全く戦いに赴く者の意気込みが出来ていなかった。
なのに、今の彼女は戦いの恐怖を飲み込んで戦っている。
ぶつかる剣の一つ一つに、彼女のふり絞った勇気を感じる。
相棒たるジークの感覚に頼っているのではなく、恐怖を上回る感情で自分を御しているのだ。
(僅か一週間でここまで……怯えが消せていないのはいただけませんが、その努力は認めましょう。ですがッ!!)
ミズカはあくまで彼女の出方を見る為に受けに徹していただけに過ぎない。しかし様子見はもう十分だ。多少マシにはなったが、矢張り彼女は戦う者の器ではない。
「打ち込みが甘いッ!!」
「うっ!?」
リッテの剣の打ち込みと打ち込みの間に自らの剣を捻じ込み、弾く。素人なら剣を弾き飛ばされて終わるところだが、リッテはそれに耐えてギリギリで体勢を立て直す。悪くないが、所詮は足掻いているだけだ。
「こちらからも行きます。精々意地を見せることです!!」
「まだ、まだぁぁぁ!!」
「――と、乗せられるから隙を晒す」
前に攻め込もうとしたリッテは、この戦いが二対二であることを忘却している。ノーマとの感覚共有でジークもまた腕を上げたことは把握していたが、それでも修羅場をくぐったノーマからすれば付け入る隙のあるものであることを把握していた。
タッグでの戦いでは、一人の戦いに夢中になるのではなく如何に味方を活かすかも鍵となる。前進一辺倒のリッテは、ジークを振り切って急速接近するノーマの存在に気付いていなかった。
「隙ありほいさッ!!」
ノーマの
「先輩、後ろ――ッ!!」
「――今ぁッ!!」
突如、前進していたリッテが剣を握ったまま前転する。
目測の外れたノーマは盛大に斧を空振った。
「あ、あらららッ!?」
「決闘中にダンスとは余裕だな、ノーマ先輩」
直後、ノーマの背後に回り込んだジークの一閃が迫る。だがノーマも歯を食いしばって斧を態と一回転させて辛うじてジークの剣を受け止める。
「うおわっとぉ!! あっぶな!!」
「まだ攻めるぞ。ふんッ!!」
ジークはその場で身を翻し、ノーマの斧に鋭い蹴りを叩き込む。
普通なら斧を持つ人間はよろめくが、流石というべきか、実戦経験豊富なノーマは逆に弾き返そうとした。しかしジークの脚力が予想以上で、威力が拮抗する。
「これはちょっと予想外! キミ、わたしと戦いながらリッテっちの事同時に確認してんの!?」
「以前は使ったことのない武器に手一杯だったが、使い方が判れは後は思考を分割し、彼女に助力すればいい。『
最初の戦いの時点で、武器の技量を除けばジークは十分すぎるほど強かった。こと戦いに於いて、リッテから受け取る必要があるものを思いつかない程にだ。実際に受け取ったものと言えば人間の体の動かし方と、彼女の思考が伝わって来たくらいだった。
しかし、ジークはノーマからの助言のあと、リッテから非常に重要なもの――『恐怖』を受け取ることで、一気に視界が開けた。
恐怖とは生物として避けるべきものが近づいた際に心が発する警告だ。しかし、個として余りにも強すぎたジークには恐怖というものがない。恐怖を持つ人間と持たない人間が危険な場所に飛び込んで、足並みが揃う訳がなかった。
リッテもまた自らを怖気づかせる感情をわざわざ渡しても意味がないと思い、無意識にそれを自分の中に抱え込んでいた。それこそが間違いだったのだ。
「今の我にはリッテの抱く恐怖、すなわちリッテが避けるべきものが感じ取れる。だから我がどう立ち回り、何を伝えればリッテのやりたい道が出来上がるかを意識して戦うことが出来る」
「それ、一方的な情報じゃない?」
「リッテの事をより深く知ることが出来る素晴らしい機会だ。逃す手はない」
「わー、じょーねつてきー……」
直情的過ぎるジークのリッテに対する好意に、流石のノーマも少し聞いていて恥ずかしくなる。しかし、その成果はしっかりと戦いにあらわれている。
先ほどリッテが完璧なタイミングでノーマの斧を回避できたのは、ジークがノーマの動きを察知して彼女に恐怖への対処法を伝えていたからだ。リッテはそれを信じて振り返りもせず前に跳び、結果としてそれは正解だった。
「そしてリッテが恐怖を掻い潜った後に出来る隙を突けば、先輩はリッテの邪魔は出来ない」
「そりゃどうかなっ!!」
ノーマは斧の持ち手をも使ってジークを弾こうとするが、ジークは最低限の動きでそれをいなし、ノーマの移動を封じる。そしてリッテの援護に適した場所に移動しようとする。
ノーマはその動きを牽制、妨害するが、そうするとジークは再びノーマがそれ以上移動できないよう嫌らしく立ち回ってくる。結果的に、ノーマは碌にミズカへの援護が出来ない。
ミズカとノーマは本来至近距離に互いがいてこそ本領を発揮するコンビだ。二人を合流させないという戦術は、技量の話を抜きにすれば理に適っている。
自分がヒントを出したとはいえまんまとやられた、と、ノーマは笑う。怒る訳でも苛立つ訳でもない。彼女はこんなとき、決まって笑うのだ。
「……えっへへへ。ミズカっちから引き剥がそうなんて遠慮したこと考えてたのが間違いだったねぇ。いいよいいよ……盛り上がってきちゃったなぁ!!」
元々、ノーマからすればリッテを倒そうとしたのは必要以上に彼女が苦しまないよう一撃で戦闘不能に追い込もうという慈悲の心。別段優先すべき行為ではないし、ミズカが負ける筈もないし、負けそうだと思ったらそれをフォローできない自分でもないとノーマは思っている。
故に、斧を肩に乗せて構えたノーマから今までと比較にならない圧力が噴出したのは、ある意味で当然だった。
ノーマ個人は、遊衛士の間ではとある二つ名で呼ばれることがある。
『鋼の暴風』ノーマ――隣に並ぶ命知らずは一人しかいない、怪力の女戦士。
「じゃ、いつも通り暴れますかぁッ!! 思考を分裂しても間に合わないかもしんないから、死なないように気をつけてねぇ~~~ッ!!」
元々『ハイランダー』は基本的に両方がアタッカー。
細かな連携や不意打ちは小手先の技術に過ぎない。
真正面から迫る戦意の塊を前に、しかしジークは小さく笑う。
「ふっ、出来るものならやってみるがいい」
ジークの仕事は負けないことでも勝利することでもない。
あくまで、ミズカがリッテを認める為に必要な状況づくりだ。
精々武器を折られて敗北扱いされないように気を付けるか――と、ジークはザクセン流の基礎の構えで迫る斧を迎え撃った。
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