28. 出来ないのは気持ちの問題
「単刀直入に言います。リッテは武器を自分自身に向けられることに対してトラウマを持っている。これを克服しないことには、そのハイランダーという二人に彼女の実力を認めさせるのは難しいでしょう」
「ですよねー……」
予想通りと言えば、予想通り。
シュマイザーに核心を突かれ、リッテは肩を落とす。
パートナーのジークを見やると、難しい顔で顎に指を宛てている。
「トラウマ……心的外傷というものか。近年発見された概念だな。よくは理解できなかったが、書物には、気の持ちようで変化させられる性質のものではないらしいような記述があったと記憶している。短期間で改善が可能なものなのか?」
「全く以てお勧めは出来ません。時間がないのであれば荒療治をするしかなくなりますが、心の問題ですからね。素人考えで克服しようとすれば逆に悪化することも考えられます。私としては、その戦闘馬鹿の少女にトラウマのなんたるかを説いて理解してもらう方が安全で建設的だと思いますよ」
「……あの人、人の話聞かなそー」
「心構えを重視する人物故、心構えの問題であると言われるとこちらも何も言えなくなるか?」
「最悪、言い訳は見苦しいとか余計に心象悪化するかも……」
主に人の話を聞いてくれなそう筆頭であるミズカの事を思い出し、リッテはこれ以上落ちないほど肩を落とす。まさにジークが言った通りの展開になる予感しかしない。逆にもう一人、ノーマならある程度理解を示してくれそうだが、高望みはしない方がいいだろう。
今からトラウマ治療を出来る精神科医を探す、というのも現実的ではない。そもそも短期間で直る保証は一切ないし、トラウマという病気自体が近年になって提唱されたものだ。下手に変な医者に引っかかると滅茶苦茶な治療をされてお金だけ取られかねない。
と――ジークが不意に、
「
「あ……!?」
ジークの発想にリッテは驚いた。
一見無茶な発想にも見えるが、
「
「我がか。ありえん」
「……まぁ確かに君ならあり得ない気もしますが」
「あれ……? 止めないんですか、師匠」
「あながち根拠のない自信でもないと思っただけです。推奨はしませんよ」
こういった手合いの話でシュマイザーが折れるようなことを言うのは珍しい。厳格な彼はもしかしたら、などと曖昧なことは言わず、駄目な可能性があったら断じて駄目だと言う。
顔を洗いにいっている間に二人の間に謎の信頼関係が生まれているようだが、それはそれで悪いことではないだろう、と勝手に納得する。
「ともかく! 試すにしても今日はもう遅い。明日改めてやりましょう。お二人に道場まで来てもらうのでは時間が掛かり過ぎますので、明日はこちらから出向きます」
「であるならば、アモンに頼んで場所を確保してもらう。一度アモンの館へ行くといい。話は通しておく」
「いやはや、アモン卿も息子には弱いのですねぇ」
「また州知事を便利屋みたいに……」
義理の親を顎で使うようなことを平気でのたまうジークの神経の図太さに若干の胃の重みを感じたリッテだったが、背に腹は代えられない故にそれ以上文句を言う事はできなかった。
翌日、アモンの館にある修練場に先日の三人は集まっていた。
リッテとジークは学校が終わってすぐに駆け付けている。シュマイザーは先に来ていたが、なんとアモン卿直々に指導を頼まれたのだそうだ。
「……屋敷の中にこれほど立派な修練場を持つとは、ホープライト州知事も侮れませんね。それにあの佇まい……超然的でありながらどこか人を安心させる賢者のような気配を纏っています。と、話が逸れましたね。二人とも
「バッチリです!」
「同じく」
リッテとジークは互いの腕に嵌められた
「
「うむ。ここまで突発的にしか使用しておらぬ故、互いに長所を活かせなかった」
「そこで、二人にはまず――キャッチボールをして貰います」
「キャッチボール……?」
「キャッチボール……!」
キャッチボール――ボールを相手に投げ、相手がそれを掴み、投げ返してくるボールを掴んでまた投げ返す……それをひたすら繰り返す行為だ。当初それを聞いた時リッテはそんな簡単な事でいいのだろうかと首を傾げ、そしてジークはやったことがない為か変な興味を抱いていた。
しかし、
「じっ、ジーク! 力込めすぎ!! ああ、ボール高すぎーーー!」
「くっ、リッテの能力と我の能力が混在し、力を絞り辛い! 二人が同時に行うだけでここまで難易度が上昇するとは……!」
「とっ、届かないぃぃぃーーー!! ってアレ!? 予想より高く飛べたから届いた!?」
「む、我が『届きそう』と思った意識をリッテが拾ったのか?」
「ぎゃー!! 着地失敗ー!!」
「……能動的に意識を共有しなければ、行動と意識が連続しないのか」
最初の5分は何をするにもしっちゃかめっちゃか。
時間が経つにつれて体がほぐれてきた為に段々とキャッチの精度は上がってきたが、むしろ
額から汗を流す二人に、シュマイザーが近づく。
「難しいでしょう、キャッチボール。戦闘時はあくまで相手を倒すことを意識すれば
「しんどいです……とりあえず余計な情報を拾い過ぎないように共鳴のオンオフは出来るようになりました」
「我もだ。共鳴により情報を拾うか拾わないか、取捨選択せねばボールのやり取りが続かない」
「よい意識です。共鳴したところで所詮パートナーは自分とは違う個別の人物。そんな当たり前の意識をしっかり持つことが、共鳴時に余計な情報に踊らされない基礎を形作ります」
ミズカが何故同調率が高い人間が安易に遊衛士を目指すのを嫌うのか、リッテは少しだけ理解できた気がした。
これほど複雑な力を単なるパワーアップと考えて戦いに挑むのは、間違いなく危険だ。いざ複雑な連携が必要になった瞬間になってから力を使いこなせないのでは手遅れになる。
「アタシ、もしかして凄く難しい問題に足を突っ込んでる?」
「だとしてもやるしかあるまい。決闘まで今日を含めてあと三日しかない」
「そうだったぁーーー!! こっ、こうしちゃいられない!! 続きよ続き!!」
「望む所だ。来い、リッテ!!」
その後、二人のキャッチボールは日が沈むまで続いた。
幸いにして明後日はソルの曜、週一回の休校日だ。泊まり込みで鍛える旨は両親にも伝えてあるため、リッテは全力でジークとキャッチボールに傾倒した。
そんな二人のキャッチボールを眺め、時にアドバイスを飛ばすシュマイザーは内心では感心していた。
(順応が早い。これも同調率の高さゆえか、本来ここに至るまで素人なら三日はかかる所ですが……)
開始当初はリッテには反応できなかった速度の球が飛んでも、今の彼女は華麗にそれをキャッチする。そして狙いの定まらない返しをしたかと思えば、その先に移動していたジークが苦も無くキャッチする。二人は互いに移動しながらのキャッチボールまで始めていた。
ジークの反応速度をリッテは同調で器用に拾い、その上で彼の意識を読むことでどこにどのタイミングで投げればジークが取りやすいかを考えている。リッテがジークに合わせ気味になっているようにも見えるが、ジークも力加減を落として彼女への返球を安定させている。当初は籠り過ぎていた肩の力も今は無駄なくしなやかだ。
(これは、指導の段階を早めた方が良さそうですね)
劣等生だった少女と、埒外の怪物のコミュニケーション。
シュマイザーは心のどこかで、その行く末に期待を持ち始めていた。
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