23. プランBで行こう
校門前――相対する四人の人物。
片や学校最強の戦士たち、ミズカとノーマ。
片や現在学校の話題の中心となる、ジークとリッテ。
ミズカが口を開くより早く、リッテが前に出た。
「ジーク共々、お二方に決闘を申し込みます」
その言葉にミズカは目を細める。
突然の事態に周囲がざわめき、また、一部の人間が驚愕する中、断罪者の如きミズカの冷酷な瞳がリッテへと向けられた。
蛇に睨まれたようにリッテの体が一瞬震えるが、意を決したように彼女は更に一歩前に出る。
「決闘を、申し込みます」
意志は揺らがない。
その言葉に、ミズカは静かに目を閉じる。
そして、ふぅ、とため息をついた。
「昨日逃げ出したかと思えば、今日は自ら前に出る。読めない方ですね。いいでしょう、昨日既に条件はジークノイエ・L・ホープライトと決めてあります。覚悟があるならば受けましょう」
「ここでヤダって言ったらめっちゃ格好悪いしねー」
「ノーマ」
「はーい」
二人はそれ以上何も語らず、校舎の方へ去っていった。ノーマは一瞬振り返ってひらひら手を振った。取り巻きも段々と落ち着きを取り戻し、口々に何だアレは、無謀だ、身の程知らずめ、など好き放題に言い残して去っていった。
その中に、何かの紙を握り潰し渋面で地面を踏み鳴らすロムスカヤが混ざっていた。一瞬だけ口をひくつかせてこちらを見たが、それだけだった。
「……決闘の話、昨日にもう済ませてたの?」
「リッテが同意しなければ白紙になる。そういう話だった」
「そう……あー、やっちゃった。ジークに唆されて喧嘩売っちゃったー……」
リッテは改めて現実を受け止め、そして項垂れた。
相手は学園最強なのに対して、リッテは恐らく学園最弱だ。
言ってから後悔したとか、臆病風に吹かれたという訳ではなく、やってしまったものはしょうがないという諦観が胸にあった。もうこの男を信じて選んでしまった以上、戦うしかない。
「ホントに勝算あるんでしょうね……?」
「一週間の猶予があれば、抜けた要素を埋めるには十分だと計算している」
「その勝利の方程式に見落としがない事を祈るわ……ん」
「?」
リッテが差し出した左手を、ジークは不思議そうに見つめる。
「手? ……握手か?」
「いいから握って」
「む」
「違う、右手で握るの」
シェイクハンドになりかけたが、訂正されてリッテの手とジークの手が重なり、横に連なる。
ジークの手は想像していたよりずっと柔らかく、すべすべしていた。
「これは?」
「一緒に行こ? こうなったらもうパートナーだって学校中に見せつけてやるわ」
「何らかのアピール行為、ということか」
手を握って歩く、という経験や知識がジークにはないようだ。
どう説明しようかリッテは思案し、少し意地悪な事を思いつく。
「手を繋いだまま同じ方向へ歩くのは特別なこと。手と手を繋ぐのはパートナーにのみ許された特権よ? 他の女の手を握るのは許すけど、握ったまま一緒に歩いたら許さないから!」
「具体的には、どうするのだ?」
「パートナー解消でどう?」
「それは、恐ろしい話だ」
「そうでしょうとも!」
こうして、『ハイランダー』の二人と学校で最も異色なコンビの決闘という大ニュースは、学校中に知れ渡った。
のちにこの決闘について、リッテの退学を理由に教師が『ハイランダー』の二人に中止を求めたが、退学理由を確認した二人の反応が予想以上に思わしくないのを見て、学校側はリッテの退学処分を保留にした。
二人は生粋の戦士であるが故、学校の横やりを快く思わなかったようだ。
* * *
今回の件について、当然というか機械同好会の二人には話すことになった。
「なんでぼかぁ本人のあずかり知らぬところで見届け人にされてんの? いや、そりゃ重要な役割を任せたいって信頼してくれるのは嬉しいけどさ……」
「せ、先輩……嘘ですよね先輩っ! こ、こ、こ、この男と正式にパートナーになって二人っきりの秘密のレッスンだなんて!!」
「ごめんね、リップ。もう信じるって決めちゃったから」
(ここは人間のリアクションサンプルの宝庫だな)
ライデル先輩は状況を受け入れつつもひどく釈然としない何かを抱えた顔で、リップヴァーンは漫画の如くハンカチを噛んでキィー! とヒステリックで、そんな二人の様子をジークは無言で見つめる。
部室にジークを招いての説明は主にリップヴァーンの嫉妬によって何度か遠回りしたものの、終える事が出来た。
リップはジークの事も気に入らないようだが、退学の話も気に入らないという状態から随分葛藤しているようだ。それでも最終的には建設的な議論に移ることになった。
「ちょっと白髪! 勝算はあるんでしょうね!」
「当然だ」
「私もそろそろ聞きたかったんだけど、話してくれる?」
リッテが頼むと、言われずともとばかりにジークは頷く。
「前回の戦闘に於ける最大の敗因は、同調率の高い
「アタシの能力不足は大きくないの?」
「ない訳ではない。しかし、そうした不足を補うのが
リッテは攻撃を防ぐ際、無意識的にジークの反射神経を共鳴を通して借りていた。ジークは逆に意識的にリッテの体の動かし方などの情報を得ていた。しかし、本来ならそれが体に馴染むよう特訓する期間があってこそ強みと呼べるものになる。
ライデルが難しい顔で口を挟んだ。
「待ってくれ。経験の不足は一週間でどうにか出来るものじゃないだろう。ハイランダーの二人がどれだけ実戦と訓練を重ねていると思ってるんだ? それこそ共鳴の影響で互いの経験を共有し合い、普通以上の速度で経験を貯めているんだぞ?」
「そ、そうですよ! 悔しいですけど、今から一週間以内にあの二人に実力で追いつくのは無理です!」
「勝利条件は勝つことではなく、リッテの実力を認めさせることだ。それに、我は二度とあの二人に後れを取る気はない」
堂々と、言い放つ。
こんな時のジークの態度は、自信を通り越した迫力を帯びる。心の底からそうであると確信している人間の物言いで、意識にブレやハッタリが全く感じられない。
リップヴァーンが、負けた癖に、と呟くが、あの戦いにおいてジークはリッテを庇った際の一撃以外に一発も攻撃を受けていないのも事実。リッテには彼の言葉が強がりには聞こえなかった。
「しかし――能力差があるが故、我はリッテと連携を取るのが難しいだろう。リッテだけではない、我は今のままでは誰とも足並みを揃える事が出来ぬ。故にリッテと共鳴し、その穴を埋める」
「でも、それだけじゃジークは技量が上がっても、私は……?」
話だけを聞いていると、ジークが強くなるための行動に感じる。
リッテはそれがどうして自分を強くすることに繋がるのか、そこが疑問だった。
しかしジークは首を横に振る。
「忘れたかリッテ。我が努力して習得した技量や技は――」
「そうか、共鳴を通してリッテちゃんも受け取ることが出来る……!」
ライデルの言葉に、リップヴァーンも察する。
それが意味するのは、パートナー同士の相互作用だ。
「我がリッテから学び、そしてリッテは我から学ぶ。相互学習をすれば互いの極端な差異は埋まり、リッテは我の能力をより引き出せるようになる。同調率が極端に高い我等であれば尚更効果は大きい」
「白髪の能力が誇張じゃなければ、ですけどね」
不満そうに嫌味っぽい言葉を放つリップヴァーンだが、否定はしなかった。ジークの言葉は現状で出来る最適の回答だったからだ。
リップヴァーンはジークを睨み付け、リッテを悩ましい目で見て、うんうんとしばし唸った末にカッと目を見開く。
「やっぱり先輩をどこの馬の骨とも知れない男と二人きりなど許せませんッ!! アドバイザーの名目の下、このリップの目が黒いうちは二人きりの放課後訓練なんて許しませんッ!!」
「うむ。第三者の視点は有用に働くやもしれん」
「こ、この男ぉ……!」
嫌味のつもりで言った台詞を真面目に肯定され、逆に苛立ちが募るリップヴァーン。立会人という中立の立場故に助けると言えないライデル。主に自分のせいで騒ぎが起きてる気がして、なんだかリッテは申し訳ないような気分になった。
なお、二人の訓練はのちにホープライト卿の私有地で行われることになり、他人故に入り浸れないリップヴァーンは悔し涙に枕を濡らすこととなる。その分学校内で更にリッテに甘えることになるのだが……それはまた、先の話である。
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