1. 空を駆ける全裸

 我が名は、ドラゴン


 偉大なりしかな母上――人間たちは魔王と呼んだ――によって創生されし『神殺しの三』の一柱である。


 我が何者で何故封印されていたのか。

 母上は何故魔王なのか。

 『神殺しの三』とは何か。

 それを理解するには、少しばかり長い話を聞いてもらう必要がある。


 遠い遠い、果てしなく昔のこと。

 母上は、類まれなる力を有し、魔導を極めた存在であった。本来ならばそれは神の位に召し上げられても可笑しくない程の、並外れた創造の力を持っていた。しかし天地開闢の時代、母上は世界の創造に尽力されたにも関わらず、他の力ある者たちの姦計により神座と世界の分断に取り残された。


 つまり、本来座して然るべき創造神の位を不当に奪われ、その後の神座からも存在しないものとして地上に追放された。同胞であった筈の存在たちから神に非ずという烙印を押されてしまったのだ。


 理由は様々ある。当時母上が恋慕の情を抱いていた神と、同じ神を愛した女神との不和。母上の類まれなる力への嫉妬と恐怖。その全てが最終的に、母上を地上に棄てるという愚昧極まる結末へと歩みを進めさせてしまった。


 神座と地上が分かたれるより以前、世界はどこであっても神の如き力を振るう事が出来た。しかし、神座という世界は地上から神の奇跡を切り離して構成した新次元世界。地上より神の御業を奪い、神の子たる命たちだけの世界にするための、いわば世界の法則の定義そのものだった。それを母上だけを除け者にして行ったことによって、母上は本来の力を行使できない世界に閉じ込められたのである。


 母上は悲嘆にくれて百万回太陽が昇り、そして沈むまで涙を流し続け、その涙が海となった。

 そして百万と一度目の朝日を迎えたとき、母上の悲しみは憤怒と憎悪に転じた。


 こうして母上は神を殺す為に地上で扱える己が全ての力を総動員して、神座を滅ぼす為の行動を開始したのである。


 母上は類まれなる力の持ち主だった。それゆえに、神の力を喪った後であるにも関わらず神座の神々も目を剥く絶大な力を地上に産み落とすことが出来た。それこそが我を含む『神殺しの三』である。


 そして我は、その三の内の始祖はじまりの一。

 最も単純で原始的に――『神を殺しうる圧倒的な戦闘能力』を与えられた存在。

 つまり我は、神殺しという言葉の始まりにして、体現なのである。


 しかし、敵もさるもの。すぐさま自分たちの身の危険を察知した神々は分霊を用いて地上に降臨し、母上と我らを邪悪な存在であるとして地上の命たちに嗾けさせたのである。母上によって創造された大地で、母上も創造に関わったいわば我が子たちに、神々は虚偽正義と知識、更には神の力の欠片――超常的な能力、奇跡の御業、神器などを与えて手駒へ変えた。


 我は母上を苦しめ、貶めた神々が許せなかった。

 そして神々の嘘を信じ、創造者を罵倒し殺めんとする愚かな人間が許せなかった。


 神殺しと人類の熾烈な戦いは千の夜を超えても続いた。

 しかし、この戦いの中で人は母上や神の想像と創造を遥かに超えた爆発的な成長を遂げていった。


 我は母上の望みを叶える為、愚かな人間たち諸共地上を破壊し神々に今一歩で爪が届くところまで迫ったが、最後の最後で人間たちに後れを取った。勇者――確かそうとも呼ばれる、人の中の英傑たち。彼らは神と神殺しの戦いに疑問を持ちながらも、我の使命――彼奴等からすれば暴虐を止める為に死力を尽くした。


 あの矮小でちっぽけな体の一体どこからあれほどの力を発揮できるのか――我は敗北したとき、己の驕りを自覚すると同時に、見下していた人間たちに尊敬の念を抱いた。


 彼らは同じだ。

 神殺しを為す為に死を覚悟して神に牙向いた我々と、隔絶した戦力差を覆す為に我の知らない力を振り絞った彼らは、小さな神殺したちなのだと思った。


 今思い出しても忌々しいあの赤髪の勇者だけは最後まで気に入らなかった――これは我の戦士としての矜持が抱いた悔しさだ――が、最期に人が魔王と呼んだ存在と神々の戦いの真実を語る気になれる程度には、認める事が出来た。


 我が覚えているのはそこまでだ。その後、我は人と神によってその身を封じられ、今日に至るまで眠り続けてきた。


 兄弟たちと母上がその後、どのような顛末を辿ったのか。

 或いはまだ戦っているのか。

 それは己が目で確かめなければ真実は知る事が出来ない。

 ただ、あの赤髪の勇者が真実を人類に伝えたのならば、少しは世界も変わっているのかもしれない。


 また、何故龍たる我が人の姿をしているのか。これにも理由がある。

 最近になって意識を取り戻した我は、封印を破るに当たって大きな問題を抱えた。


 勇者との戦いで大きな傷を負い、更に封印された我は物質的な肉体を喪い、エーテル――根源の力――だけの存在となってしまっていた。故に、肉体を再構成する為の存在組成イデアが大きく損なわれ、龍の姿で復活できなかったのだ。


 そんな時に復活の足掛かりとなったのが、最後の戦いの際に零れ落ちてこの身に降りかかった勇者の血だ。人は体が小さく神殺しの特権的な力も持たぬが故、存在組成イデアが非常に単純だった。

 多少の抵抗感はあったものの、我は勇者の血を基に肉体を再構成した。


 ただし体は当時の勇者のそれよりかなり幼くなり、髪の色に勇者の赤が微かに混じってしまった。己が龍であるという矜持からすれば好ましい肉体とは言えないが、密かにある目的を抱いている我にとってはかえって都合がよいのかもしれない。


「……そういえば、人は服なる衣を身に纏うのだったな。龍の存在組成イデアによってこの平べったい皮膚も龍の鱗と同質化している為に防具など必要はないが……服とはどこで手に入るのだ?」


 嘗て人に化けて人間の生活を少しだけ垣間見たことがある程度しか人間に詳しくない我は、早くも小さな困り事を抱えて空を飛び続けた。


 あのバハムートなる存在の態度を見るに、依然として世界に魔物は存在し、人間や神には屈していないように思える。であるならば負けてはいない筈だ。そして負けていないもう一つの根拠を、我は感じていた。


「あ奴に聞くよりもっと確実で正確な情報が得られる筈。少し急ぐか?」


 既に目的地は定めてある。

 この空よりしばし西を往った先に存在する気配――それと邂逅することこそ、第一の目標となる。

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