(全裸から始まる)覚醒龍祖の人理見聞
空戦型ヰ号機
1章 ゴラゴン、大地に立つ
プロローグ
天と地の狭間、広大なる世界。
その片隅に寂れた神殿が存在した。
既に建造から数千年が経過したその神殿は、辛うじて神殿としての体を保ってはいるが、何のために建てられた神殿なのかを人々は忘却している。太古の遺物の一つとしか認識されていないそこに訪れるのは一部の物好きと巡礼者と呼ばれる人々のみ。それも崩落の危険ありとして遠くから眺めるだけで、神殿は時の流れに従って静かに朽ちてゆくのみだった。
そんな神殿の奥に隠された『封印の間』の存在もまた、流れゆく歴史の中で朽ちてゆき、今やその神殿が嘗て人類の人口を十分の一にまで追い詰めたそれが眠っていることなど覚えてはいない。
秘匿されし封印の間には今も複雑な封印魔方陣が多重に展開されているが、その封印も微かにノイズが入り、強度が維持されているとは言い難い。それでも数千年の間、封印は中心に存在する巨大なクリスタルの内側にそれを封じ込めていた。
クリスタルの中にあるのは、ただ、光。
肉眼で見た者にはそう形容するしかない、物質的な輪郭を捉えられないもの。そして、見る者が見れば、その正体に戦慄するもの。
と――封印の一つがパキン、と甲高い音を立てて弾けた。
それに呼応するように多重に敷かれた結界たちが万雷の拍手の如く音を鳴り響かせ、砕けていく。
崩れ落ち、粒子へと消えてゆく封印達の中心に鎮座したクリスタルが震え、まるで卵が孵る瞬間のように罅割れる。やがて無数の亀裂が奔り呆気なく砕け散ったクリスタルの中心部にあったそれは、虚空でどくん、と胎動し、やがてゆっくりと輪郭を形成してゆく。
不定形だったシルエットは人の形へと収束していき、クリスタルの上に膝を抱えた一人の少年が顕現する。
少年は生まれたままの服なき姿で、自らの体に落ちたクリスタルの破片を落としながら立ち上がる。直後、数歩よろけて鋭いクリスタルの破片の上に足が向かう。素足でそれを踏めば、普通ならば皮膚を貫き激痛が走るだろう。
唯人ならば目を覆う悲劇の予感。
しかし、少年の足はクリスタルを踏み砕いた。
そのまま数歩進み、少年の足取りが安定していく。砕けたクリスタルは足裏の皮膚に刺さることなく地面に転がるままだ。少年は周囲に散らばったクリスタルの中でも一際大きな欠片を拾い、それを覗き込む。
そこに、彼の顔が写り込んでいた。
「――業腹なり。肉体の再構成にあたって失われた部分を補うための
クリスタルに映るのは、琥珀色の瞳と肩より少し長い白髪。
その白髪を汚すように前髪の一部だけが紅に染まっているのが特徴的だ。
少年は暫く憮然とした顔でクリスタルに映る自分を見つめていたが、やがて興味を失ったようにクリスタルを投げ捨てて上を向く。
「果たしてあれから何年の刻が過ぎたのか……母上と兄弟たちの存在は、微かにだが感じられるか」
少し考え、ひとまずこの狭く寂れた建造物の外に出ようと少年は思う。彼は好き好んでこの場所に封じられていた訳ではない。束縛を解き放ったのなら、外を目指すのは自明の理だ。
天高くを見上げた姿勢のまま、少年は息を吸い込み――。
「――覇ぁッ!!」
口から放たれたのは、火山の噴火の如き巨大な獄熱の閃光。
その小さな肉体の何処から捻出されたのか想像もつかない超高熱は、遺跡の天井から地上に至るまでの全ての障害を完全融解させた。
ぼたぼたと天井から溶岩が落ちてくる中、少年は久しぶりに瞳に差し込んできた空の光に目を細め、そして背を軽く丸める。
唐突に、その背中から五〇メートル近くある赤黒い両翼が噴出するように生えてゆく。
左右に肥大化した翼は圧倒的な体積と力で遺跡の壁を押し飛ばすように粉砕した。それが朽ち果てた遺跡へのトドメの一撃となり、遺跡全体が地響きを立てて崩壊を始めたことに気付いた少年は、ぽりぽりと頬を掻いた。
「……むぅ。かなり小さく展開したつもりだったが、これでもなお体に対して大きすぎるのか。慣らさねばならんな……」
困ったように呟いた少年の後ろで翼は急速にその体積を縮め、やがて両翼合わせて四メートル程度になったところで収縮を止める。力加減を確かめるように翼を数度ゆっくり動かした少年は、次の瞬間、たった一回の羽ばたきが巻き起こした突風と大量の砂埃を残し、空高くへと飛び立った。
その飛翔を妨げるものはなく、あれよあれよという間に建築物を抜けて雲さえ貫いた。しかしそこに至って、少年は頭上から巨大な影が落ちていることに気付く。
見上げたそこには――鮮烈なまでの『格』を感じさせる竜が、見下ろしていた。
黄金、真紅、漆黒の入り混じる鱗に覆われたそれは、一〇〇メートルを超える巨大な肢体。両腕から伸びる爪は、もはや爪というより巨大な業物が並べられていると形容すべき鋭利な輝きだ。左右六つに枝分かれした角や二対もある空を覆うが如き翼は、筆舌に尽くしがたい威厳を帯びている。
見開かれた真紅の双眸が、少年を見下ろす。
『何やら感じたことのない力を帯びた者が現れたと思えば……そちは何者ぞ。ここを『刃竜王』バハムートの領域を知っての狼藉か』
「ジンリュウ……オウ?」
『それすら知らぬか……ふん、慈悲を以て教えてやろう。我が名はこの世の全ての竜の中で
『刃竜王』バハムート――それは、人間ならば知らぬ者のいない程の絶対的な力を秘めた、まさに竜の中の竜。四つある竜の格の中でも最高位の
本来人間に敵対する存在でありながら、その気高さ故に魔と群れる事を嫌い、時に領域を犯した魔物や悪魔の軍勢を打ち払い、結果として人間からは魔すら退ける『守護竜』という異名をも与えられた存在だ。
しかし、少年は全く解せた様子はない。
その反応にバハムートは嘆息した。
『その背中の翼、人のようでありながら人ならざる力を持った存在……
咆哮。
大気が捩じれ、雲が裂け、並の存在であればそれだけで身を引き裂かれる程の衝撃が迸る。それはバハムートからすれば攻撃ですらなく、これから行われる真の攻撃の前段階に過ぎない。遥か下方の大地では鳥が一斉に旅立ち、動物たちが必死にその場を離れようと駆け回る。彼らはこれから起きることを本能的に察しているのだ。例え、その一手を打つのが手遅れだったとしても――。
『刃を使う価値もなし……竜王の威吹にて滅せよ、愚か者がッ!!』
バハムートの口が大きく開き、喉奥に漏れだす程の熱と閃光が煌めく。膨張するエネルギーが頂点に達した瞬間、莫大な熱量と破壊の息吹が少年唯一人を滅するために解き放たれた。
瞬間、轟爆。
骨すら残さない圧倒的な破壊力は少年を包み、空に巨大な火球を生み出す。火球の爆風は乱れた雲さえ押しのけ、地上の太陽の様に爛々と地上を照らした。
この一撃を受けて命を保てる存在など世界に数える程しかいない。そう判断したバハムートは身を翻して寝床である山に戻ろうとし――弾かれるように振り返った。
そこに、あるはずのない気配があった。
「ジンリュウオウ。その姿。ブレス……貴様、もしや竜を名乗る存在だといでも言う気か? 今のこれが、竜のブレスだと? 怒りを通り越して滑稽なり」
ブレスが生み出した火球が中央から引き裂かれ、その中から先ほどと何一つ変わらぬ姿の少年が現れる。否、先ほどとは纏う気配が決定的に異なる。
たかが人間ほどの大きさしかないその少年の背後に、バハムートは感じた。
自分の数千倍はあろうかという絶対的なまでの竜気を。
「そもそも貴様、誰の許可を得て竜を騙る?」
『か、騙るだと!? 語るも何も、我は正真正銘の竜であ――』
「黙れ」
少年の琥珀色の瞳が貫くような鋭利な視線を放ち、バハムートの動きが止められる。絶対者に命令されているかのような有無を言わさせぬ畏怖の気配に、バハムートは抵抗することが出来なかった。
「龍、竜、ドラゴン――それは我の事であり、我こそが唯一のドラゴンである」
バハムートはこの時、己が致命的な過ちを冒したことに気付いた。
少年が纏う気配が人間と混ざっていたせいで勘違いを起こしたが、今ならばはっきりと理解できる。
この少年の奥底に眠る力の本質は人でも悪魔でもない――より純粋なドラゴンのそれだと。
バハムートを以てして純粋と言わしめる力を秘めたドラゴン。
そのような存在、世界にたった一柱しかあり得ない。
「覚えておけ、バハムートとやら。真の威吹とは――」
少年がかぱりと開いた口の前に、膨大、いや絶大な魔力が奔流となって収束していく。その力は僅か一秒にも満たない間に、バハムートの肉体と同程度の大きさにまで膨れ上がった超高濃度の複合属性魔法へと昇華した。
『まさか貴様――いえ、貴方様はッ!!』
「――こういうものだッッ!!!」
たった一撃。
その一撃が、咄嗟にバハムートが翳した刃のように鋭く堅牢な二対の翼のガードと、如何なる刃も通さないと謳われる鱗を砂のように消し飛ばし、彼の身体を貫いた。
世界に存在する光、闇、火、水、風、地、雷、氷のどの属性でもあり、どの属性でもない『無』すら内包するそれは、神さえ屠る原初にして真のブレス。
――『シン・ブレス』。
そのブレスを放てる存在であるならば、それは正しく『唯一のドラゴン』を名乗る資格を有する存在。
ブレスを放った少年は、口から白煙を漏らしながら尊大に告げる。
「……微かに感じる貴様の魔力の質、母上由来のものを感じたが故に加減はした。その傲慢、弁えてしばし眠るがよい」
少年は返答を待たずして翼をはためかせ、空の彼方へと消えていった。
その場に残されたバハムートは、シン・ブレスによって翼、自慢の爪、胴体を貫かれたままの姿で、少年の言葉を噛み締めながらゆっくり降下していった。
言葉通り、加減はしていたのだ。胴体には大穴が空いているが、そもそも彼が本気で滅する気ならバハムートは鱗の一つさえ残らなかっただろう。竜の中枢は頭部にあるが故、肉体がこのザマでも頭さえ無事ならばいずれ回復は出来る。
そのように、情けをかけられた。
「知らぬとはいえ、まさか我が領域の下に眠っていたとは……我はつくづく、出来の悪い竜であったと見える」
苦笑したバハムートは、もう見えないほど遠くへ行ってしまった少年に向けてこう言った。
御復活、御目出度う御座います。父上――と。
「……ところで、何故全裸だったのだろうか?」
そう言うバハムート自身も服を着る文化を持たないので全裸であることに気付くのは、もう少し先の話である。
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