20. せんせいこうげき!
シャドウシーカーは、どうしたものかと思案していた。
彼は影そのものとも言える存在。己の体の一部を他者の影に移して様子を探るなど朝飯前だ。影のない人間は存在しないが故、訓練場を逃げ出したリッテの様子を探るのも然りだ。
そんな彼が発見したのは、リッテがロムスカヤ・ヴェルリツヴァロヴの不興を買った光景だった。ついでとばかりにロムスカヤの影にも一部を忍ばせると、面倒な事実が発覚した。
突き飛ばされて転んだ際に付着した泥をじっと見つめたロムスカヤは、無言で、しかし全身をぶるぶると怒りにわななかせていた。取り巻きがその怒気に一瞬息を呑むほどに、彼女は決定的にロムスカヤを怒らせてしまった。
「返答次第ではと紳士的に出ていたが、もはや時間の無駄だ。明日、奴が学校に入った瞬間に仕掛けろ。教師共に連絡して予め奴の退学勧告を用意させろ」
「……あ、ああ。分かった。へっ、自分からボロ出すとは馬鹿な女だぜ」
「例のジークとかいうホープライトの養子にも一泡吹かせて一石二鳥ってか? 外見も才能もねえが、血統と利用価値だけはあるな。はははっ!」
周囲もロムスカヤに近しい貴族派なのか、嘲笑しながら同意する。
前々からリッテを何らかの理由で狙っていたらしいロムスカヤは、先ほどリッテが彼を突き飛ばした事を理由にリッテに退学を迫る事を画策したのだろう。退学させることそのものではなく、狙いは別にあるようにシャドウシーカーは感じた。
ともかく、このままではまずい。
貴族派の息がかかった教師たちは本当に彼女を退学処分にしようとするだろう。それも、あの行為を悪意と偏見で捻じ曲げることで退学相当であるように仕上げる筈だ。ジークにとってこれ以上ないほど相性のいいパートナーである彼女がジークから引き剥がされるのは由々しき事態だ。
それに、シャドウはアモンの眷属。アモンからは彼女やヒルデガント家を気に掛けるよう仰せつかっている以上、捨て置くことは出来なかった。
シャドウはすぐさまこの事をダッキに伝えた。彼女の性格はあまり褒められたものではないが、人を弄ぶ彼女の頭脳や機転はシャドウより上だ。今回は共通の問題である以上、彼女も否とは言わないだろう。
ダッキは話を聞くなりすぐさまジークに連絡を取った。
『ジーク様! 突然ですが、今すぐあの生意気なメス二匹の前に手袋を叩きつけて決闘を申し込んでください!!』
『何? 意味が分からんが、緊急か?』
『はいそりゃもう! 今やらねば我々にとってかなーり面倒くさいことになります! 決闘の内容とかはダッキちゃんが全部考えて指示するんで、とにかく実行を!!』
『……お前を信用することにしよう』
――これがジークの「リッテの名誉回復のための決闘」に繋がる。
「戦う覚悟のない人間を無理やり引きずり出して一方的に叩きのめした挙句、一方的に言われるだけ言われたのでは、余りにもそちらの都合が良すぎる。今度は我々も反撃させてもらう」
「ほう。当の本人は逃げ出したようですが?」
「明日までに説得する。それとも逃げるか?」
「安い挑発ですわね。しかし……いいでしょう。彼女には期待していませんが、貴方には考えがあるようですし。それで、決闘のルールは?」
ノーマが興味深そうにミズカとジークの会話を聞いている。
ジークは淀みなくルールを指定した。
「場所はここ。時間は一週間後の放課後、今日と同じ時間。決闘と言っても命は懸けないが、誇りは懸ける。使用するのは模擬武器、共鳴器ないし戦術器。魔法禁止。勝敗は立会人によるジャッジに委ねる。立会人候補にはライデル・ルーバーを指名する」
「ライデルですか……確かに彼は公平な男です。派閥にも所属していない」
「いんじゃね? 確かリッテっちとは機械同好会の先輩後輩みたいだし、断らない男だし、かといって嘘を言える男じゃないしね」
ミズカとノーマはS組に編入される前はライデルと同級生だったため、彼の人となりや性格を知ってすぐに納得したようだった。ちなみにライデルを指定させたのは勿論ダッキである。
ただ、ミズカはそのまま話を終わらせない。
「条件をいくつ重ねるのも結構ですが、話を聞いた限りではジークリッテ・ヒルデガントもその決闘に参加するように聞こえます。当人の許諾なしにこの話を受けることはわたくしの理念に反します」
「では明日、登校時に校門で待っていてくれ。そこに我とリッテが行く。そこで改めて決闘を受けるかどうか判断して貰いたい」
「戦いが恐ろしくて逃げ出した程度の娘ですよ? 無理やりに連れてきていると判断すれば、それは同意とは言いません」
内心ジークは唸った。
今日中に説得出来ればよいが、彼女の機嫌次第ではミズカに「戦う意志なし」と取られかねないというのは厄介だった。しかし、ここでミズカ側の存在であるノーマからフォローが入った。
「ミズカっちさぁ、今回ちょっち自分ルール持ち出し過ぎだと思うんだよねぇ。さっきジークっちも言ってたけど。今回のあれだって実力差を考えたら半分イジメだし。その辺考えてもーちょい後輩に譲歩したげたら?」
「……ま、まぁ。多少の臆病風には目をつむります」
彼女の指摘に多少なりとも思うことがあるのか、ミズカは視線を逸らしながらぼそぼそ言った。現状、これでよしとダッキの判断が下ったジークは、一礼してその場を後にした。
「……表情筋死んでるけど、中々どうして男の子だねぇ。ジークっちはさ」
「女性趣味は少々理解しかねますが。臆病を晒した者は一生の臆病者ですわ」
「ヘンな理屈、略してヘンクツだねぇミズカっちは。パートナーに自分と同じスペック求めてると嫁の貰い手いなくなっちゃうよ? そんときゃ私が頂いちゃうけど」
「ふざけないの」
「はーい」
ふざけるノーマに呆れながら、ミズカは訓練場を出ていったジークの事を考える。
模擬剣とはいえ自分の一突きを防ぎきる障壁の強度。武器の使い方も覚えれば上達するだけの筋があるように感じた。
何よりも――。
(人助けは遊衛士の基本。彼は思いやりのあるいい遊衛士になれます)
どこまでも自分の基準でしかない判断だったが、ミズカはそこだけは自信を持っていた。
* * *
『――これで、決闘の同意さえ受けられれば退学は何とかなるでしょう。その他細々した事情はダッキの方で処理します』
ダッキの策は、この退学騒動にミズカとノーマを巻き込むことだった。ミズカとノーマの性格を短い期間に分析し、またロムスカヤ達の動向を探り、その上で張った策だ。
ロムスカヤもミズカも貴族派だが、二人の間に繋がりはない。むしろミズカは既に遊衛士としての価値観に重きを置いているため所属する派閥に本来頓着がないのだ。更に言えば、二人とも学園の内外の多くのファンを抱えている。ロムスカヤとて迂闊に彼女の機嫌を損ねることは出来ない。
リッテを嵌めようとするロムスカヤの思惑は、ミズカとノーマとは相容れない。但し、この作戦はミズカがリッテを認めるかどうかの一点こそが肝だ。ここが崩れれば前提も崩れる。
『まぁ、そうなったらそうなったでダッキちゃん頑張っちゃうぞの巻なのですけど? でもぉ、それやっちゃうとダッキちゃんの強さアピールだけでジーク様の本分から遠退いちゃいますし』
『うむ。人外が人外の力で人間の問題に埒を明けては、人間を学ぶというジーク様の目的が達されない』
ダッキとシャドウの力を以てすれば大抵のことは解決出来る。
しかし、それでは意味がないのだ。
今、ジークはリッテの居場所に向かっていた。
彼女の家ではない。彼女の今いる場所は、初めてジークとリッテが出会った場所だ。後で知った事には公園であるらしいその場所で、リッテは体操座りで水路の水を延々と眺めていた。
「ここにいたか」
「……ジーク」
「隣、いいか」
「嫌……」
「分かった、立って話す」
こちらをちらりと見るなり、彼女はまた水路の水に目を落す。
その瞳は、少しだけ赤く腫れている。
シャドウによると泣いていたようだ。
涙を流したことのないジークにはその気持ちに共感を覚えることは出来ない。それは恐らくは、人間だからこそ流す類のもの。心に由来するものだ。
ジークは彼女の心に触れる為、彼女に言葉を投げかける。
「今日の戦い――我は何の役にも立たなかった」
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