18. KAWAIGARI

 機械同好会は、まさに同好の士だけで構成された会だ。

 元はエリート意識の強かった学校の校風に嫌気が差した金持ちが趣味で立ち上げたらしいこの場所は、今では学校内での機械備品の故障修理をして学園から修理代を貰う程度には実績のある会になっている。


 実のところ、リッテは学校に入学した頃は一切機械に興味がなかった。機械同好会は元々変わり者が多い会と聞いて、虐めや嫌味から逃げたい一心で嘘をついて会に入った。

 今ではラジオの修理程度なら自分で出来るスキルを身に着けているが、最初はヒューズという言葉の意味も分からなかった。ライデル先輩は嘘には気付いていた筈だが、何も聞かずに機械知識を教えてくれたのは有難かった。

 そこからリップヴァーンが入って、今の機械同好会の日常が出来上がった。

 三人はいつもの習慣とばかりに技術系雑誌を眺める。

 最初にリッテの目に付いたのは燐交炉エテリアの記事だ。


「へー、これが新型の燐交炉エテリアの情報ですか? 安全性大丈夫なんでしょうかね……?」

「充電式になったことで無尽蔵にエーテルを喰うことはなくなったようだね」


 条約で制限されている燐交炉エテリアだが、やはりエネルギー源としての優秀さからどうにか条約に抵触しない新型を作ろうとどこの技術工房も躍起だ。写真に乗る新型を眺めたリッテは自分なりに思う事を口にする。


「でもこれバカでかくないですか? しかも蓄燐ユニットに使われてるのエーテライト結晶ですよ? 高すぎるでしょ!」

「貧乏性の君らしい指摘だけど、面白いアイデアだと思うよ。エーテライトならそれなりの出力を出しても長持ちするだろうし、結晶を回復させたければエーテルバースに移動させればいい。軍はきっと食いつくなぁ」

「そして専有するから民に回ってこないパターンじゃないですかぁ。それにセンパイの言う通り安全性が本当に確保されてるか現時点じゃ怪しいですよ」


 わいのわいのと思い思いの指摘や予想を重ねる。

 新モデルのカメラ、車、軍の強甲機フェンサー、台所での便利器具。機械愛好会は時々この中から面白そうなものを作ってみようと動き出す。リッテが主になって開発した万能スライサーは今も時々使われている。ケーキもピザも設定で綺麗に等分出来る優れものだ。設定を弄れば野菜だって輪切りに出来る。


 しかし、暫く喋っていると自然と話は無視できない話題へと移っていく。すなわち、現在の学園の注目の的であるジークの話だ。


「まさか昨日の今日で学園入りとは驚いたなぁ。ジークノイエくん、だっけ?」

「あの男……! あの日はこれ以上センパイに関わらないと思ったから見逃しましたが、まさかセンパイと同じクラスに入るなんて!? ゆ、許さない……!!」

「許す許さないの問題じゃなくないかい?」

「アタシとしてはそっちより、『ハイランダー』のお二人に絡まれたことの方が重大なんだけど」

「あれですか。ミズカ先輩とノーマに体育館裏に呼び出されたってヤツ」


 正確には体育館裏ではなく訓練場だが、ニュアンス的には近いかもしれない。そんな場所に連れられて戦いがないとも思えない。


 遊衛士は基本的に二人一組のタッグであり、一定以上の実績を重ねると遊衛士協会から二つ名を授けられる。若くして下手な大人を上回る実力を身に着けた二人に送られた『ハイランダー』とは、古代語で『高みに座する者』という意味を持つそうだ。


「同調率高いから嫉妬でヤキ入れとは落ちぶれた先輩たちですねぇ……行く必要ありませんよセンパイ! 無視してやりましょう、無視!」

「いやでも、どうかな。ノーマちゃんはともかくミズカちゃんは律義に明日も会いに来たりしそう……」

「まぁ、一応行ってみる。気は進まないから戦いになったらギブアップするけど」

「それがいいかな。問題はジークノイエ君がどう出るかだけど」


 口では笑いながら戦わないといいつつ、リッテは心のどこかで全く正反対の事も考えてしまう。もし万が一天才的な魔術師であるジークの力を共鳴で受け取れれば――もし二人の先輩を唸らせるほどの力を示せれば――。


(見返せる。ヒルデガント家の誇り。そうすればお金を稼げて……)


 その希望を求めるのは余りにも危険だと心のどこかで理解している筈なのに、それでも少女は夢を見たかった。




 * * *




 授業が終わり、ホームルームも終わり、いよいよその時間がやってきた。


「逃げずにやってきた勇気は褒めて差し上げます」

(呼んだの貴方じゃないですか……?)

「呼んだのは貴様ではなかったか?」

「呼んだのミズカっちじゃん」

「本当に来るかどうかは半々と思っていました。あとノーマは茶々を入れない。ジークノイエ、私は『貴様』ではなくミズカ・フライハイトです」

「諒解した、ミズカ」

「……馴れ馴れしい。せめて先輩をつけなさい。最低限の礼儀です」


 訓練場に張り詰める空気は、まだ剣呑ではなかった。

 学校の訓練場は実戦をも想定した強固な作りになっており、遊衛士は予約制でその一角を借りる事が出来る。学生遊衛士は数が少ないため、一、二時間ならこうして簡単に借りる事が出来る。


「何故ここに呼ばれたか、分かっていますね?」

「同調率100%に到達した我々の戦闘能力を計測したいものと推測している」

「いやー。ジークっちは言い回しがカタいねー」

「あの……私、戦えないというか何というか」


 おずおずとリッテが手を挙げる。しかしミズカは首を横に振った。


「そのような事を言いつつも、内心では遊衛士になれるかもしれないと考えていませんか?」

「そ、そんなことは――」


 びくん、と心臓が跳ねる。頭では自分に戦闘に必要なものがないと理解しながらも、もし万が一にもチャンスがあれば、と宝くじを買うような図々しい本心を必死に隠す。貧乏なリッテにとって、挑戦せずとも願望くらい抱くのは許して欲しいところだ。

 願望は願望だ。現実に挑戦はしない。

 挑戦しなければ、失望することもされることもないのだから。

 だが、隣にいる男はそうではない。

 

「我は興味がある」

「ジーク!?」


 殆ど喋る時間がない上にリッテも緊張していたのでジークの意見は初めて聞いたが、彼も遊衛士になりたい思いがあったのか、とリッテは意外に思う。遊衛士は命の危険が多く、貴族にはウケの悪い職業だからだ。

 しかし、その言葉に当然ミズカが食いつく。


「遊衛士に憧れるなど別段珍しいことでもありません。手軽になれるヒーローのようなものとして衆目を集める立場です。おまけに100%もの同調率を誇るなら、その発想に至って当然……しかし」


 ミズカが腰に差していた剣をゆっくりと抜き、その切っ先をこちらに向けた。訓練剣らしいが、その先端から発される鋭い迫力に思わずリッテは半歩下がる。


「同調率と戦えるかどうかは別の話です。半端な気持ちで遊衛士になっても任を全うできず無為に命を散らすことにもなる。遊衛士の年間平均死亡者数はご存じ?」

「……40人前後。国内では、確かそれくらいだったと……」

「その認識があれば十分に危険性は承知と思っておきます。しかし直に戦いの場に立ったことがないであろう貴方方にとって、それは数字でしかない」


 遊衛士の殉職者は少なくない。表向きそれほど語られてはいないが、危険な仕事も多い遊衛士は、実力に見合わない仕事をすれば死のリスクが付きまとう。


「故に、学園の先達として後輩を振るいにかけさせて頂きます。結果如何では遊衛士への道、諦めて頂く――!」

「てなことらしーので、ちょーっち付き合ってよ。大丈夫、アーツみたいな大技はナシで行くし怪我とかさせないからさ!」


 後ろに控えていたノーマが壁に立てかけてあった両刃斧ラブリュスを手に取る。これも訓練斧で殺傷力はないが、切っ先を見た瞬間にリッテの足が震えた。唯一の希望は、共鳴する相手のジークの武器の技量が高ければそのお零れを貰える可能性だ。


「訓練場の脇に模擬戦道具を用意してあります。得意なものを拾ってきなさい」

「我は武器は使わぬ」

「剣士として武器を持たぬ相手に刃は向けません。いいから持ちなさい」

「使い方を知らんのだが……諒解した。持っていればいいのか?」

(使えないの!? ち、ちょっと……どうするのよこの状況ーーー!?)


 互いに武器が使えないなら同調率がいくら高かろうが共有の意味がない。既に接近戦で勝ち目がないという事実に、リッテは膝から崩れ落ちそうになった。

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