14. はじめての学校
結局、ミズカとノーマはジークの顔を見て一応は納得したということで一旦引き下がった。但し、放課後に訓練場に来るようにと挑戦状のような言葉を残して、だが。
「貴方がたがどうなのかは存じませんが、最近同調率が少々高いというだけで自らが強いと思い込み遊衛士になろうとする軟弱な輩が多いもので……見定めさせていただきます」
「いやね、戦いを甘く見て訓練にやってきて大怪我する子もいるから、これはミズカっちなりの優しさなわけよ」
「余計な事言わんでよろしい」
「イダダダダダ!? 耳たぶ引っ張るのやめて!! 福耳になっちゃうからぁ~っ!!」
振り返りもせずにつかつか遠ざかっていくミズカと耳を引っ張られ悶えるノーマが遠ざかっていき、その場には突然の闖入者にざわつく生徒たちと喧騒の中心にある二人だけが残された。
「あ、えーと……おはよう?」
「うむ、おはよう。昨日の夜ぶりだな」
「え」
その言葉に周囲がざわめいた。
「おい、今あのジークという男、夜って……」
「夜の……密会?」
「ホープライト卿のご親族とめくるめく夜の……」
別にジークのいう事は間違ってはいないのだ。確かに別れた時間は夜だった。しかし、タイミングと言い方というものが世の中にはある。その話は今はやめるよう言おうとするが、ジークは更なる追撃を放った。
「服は後で洗って返すよう手配した」
「ちょ、アンタそれ今言う!?」
「へぇ、服を……ヒルデガントの服を?」
「話からしてそういう事だろうな」
「夜に服を脱がなきゃいけない用事で密会していた……すなわちめくるめく夜の……」
「具体的には?」
「え?」
「具体的に夜に何をしていたのか口で言ってくれ。さあ、言葉にして!」
「そ、それは……あの……ご、ごにょごにょ……」
何故か勝手に自滅してる女性徒もいるが、これ以上ジークに余計な事を喋られると色々と危ない。昨日のコイビト発言といい既に戸が立てられないほど口が出回っている気もするが、更に悪化するよりは前に手を打ちたい。
「ええい、とにかく一旦こっちに来なさい!」
「諒解した」
顔が真っ赤なリッテに手を引かれるまま素直にとことこ付いていくジークの姿に、噂を否定するだけの説得力は皆無だった。
* * *
ジークはずっと知りたかったことがあった。
四十世紀前、ジークはジークフレイド率いるたった五人の人間に敗れた。山より巨大で鉄より硬く、星をも抉る超力を以てしても、針に糸を通すような小さな小さな可能性の穴を潜り抜けた彼らには敗北した。
その結果に疑問はない。互いに死力を尽くした末の敗北ならば、戦士として恥じることはない。
ただ、知りたかった。
あの矮小で脆弱な体の一体どこからドラゴンを敗北させるほどの力が湧いて出たのか。しかも聞けば人類はあの後、神と決別し、
人とはなんだ?
知識として知ってはいたが、ジークはそれを知りたかった。この小さな神殺したちは、その内に何の「神殺し」を宿し戦ったのかを。
だから、それを知るまではジークは母の下には戻らないと誓っていた。いずれ人を学び、人を知り、より強い神殺しとなるために。これは戦いの為ではない――己で選んで決めたことだ。
という訳で人間の知識をアモンより一夜漬けで学んだ上に『眷属』を二人借りたジークは、その名をジークノイエ・L・ホープライトと変えて国立ラインシルト学園に入学することとなった。
何故かリッテと同じクラスに入れる事をアモンが強調していたが、ジークにとって彼女には未だ興味が尽きなかったので反対する理由もない。
教室にて中等部二年E組の面々を見渡したジークは、挨拶をする。
「……ジークノイエ・L・ホープライトだ。ジークと呼んでもらいたい。諸事情あってアモンの養子という扱いになっているが、余り気に掛ける必要はない。このような環境で学ぶことは今まで経験がなかったために質問を投げかけることが多くなるだろうが、よろしく頼む」
リッテが「マトモな挨拶……」と驚くが、実際にはこれはジークが考えたものではない。アモンが昨日のうちに予想しうる状況や質問を一通り予想し、それに対応できるバックストーリーを考えておいたのだ。
ちなみに、リッテには記憶喪失扱いされていたので、粗方の記憶が戻ったと伝えてある。それに関してはリッテも手放しで喜び、そして数秒後にはしゃいだ自分が恥ずかしくなったらしく俯いて黙った。
らしいというのは、ジーク自身は察することが出来なかったが補助役の助言による推測ということである。一目には分からないが、今のジークには補助役として二柱の眷属が付いている。二柱とも隠密性を重視した存在のため、気付かれることなくアドバイスまで出来るという寸法だ。
「しつもーん! ヒルデガントさんとはどんな関係?」
「町に来た際に道案内を少々頼んだ。衣服が汚れていたので服も借りたし、いろいろと助けられた」
「ホープライト卿との関係は!?」
「親が縁を持っていた」
「ヒルデガント家の親戚と聞いていましたが、つまりホープライト卿とヒルデガント家に血統の繋がりが――?」
「アモンと我に直接の血縁はない。我自身に流れる血はヒルデガント家のものが入っているらしいが、リッテに比べれば奔流に過ぎるだろう。前髪に赤が残っているのが不思議な程である」
その後も些細な話から家柄を探る話まで、ジークは淀みなくバックストーリーに添った回答を繰り返し、難なく紹介を乗り越える。リッテはほっと胸を撫でおろした。事前に不安を伝えた際に「任せろ」と言われたものの、爆弾発言を投下しないか不安で一杯だったのだ。
彼はそのままリッテの期待通り、本当に無難に話を終わらせた。
……あとはそのジークの座る席がリッテの真横でなければ完璧だったのだが。タイミングの悪いことに、リッテの隣の席にいた人物は少し前に退学しており、席が空いていたのだ。
名前は確か、アリアン・ローズ。付き合いは短かったが第三階級出身で出来た人だった。今はどうしているのか分からないが、リッテは無性に彼女に学校に戻ってきて欲しくなった。
もはや教室中がジークとリッテの話で持ち切りだ。
(ねぇリッテ、もう狙っちゃっていいんじゃない? 運命だってこれ!)
(後で同調率いくつなのか見物に行くぜ!)
(くそ、ジークって名前だからヒルデガントに『ジーク君』って言えなくなったじゃないか! あの男、ホープライトの縁者だか何だか知らんが余計な庇い立てを……)
(ヒルデガント、首が回らなくなり娘を売って改革派についたか……愚かな)
「……やっぱりアンタ疫病神だわ」
「人とは噂が好きなものよな」
根も葉もない戯言が渦巻く教室内で顔色一つ変えず余裕ぶった態度を取るジークを横に、リッテは頭を抱えて机上に蹲った。
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