10. 奴が来る
同調率500%オーバー。
これはむしろ、500%まで計測して見せた出店の店主の計器を褒めるべきなのだろう。同調率計測は瞬間的な同調率の増大を加味しても大抵は200%までしか測れない。
今回、店主の拘りで同調率計測器は非常に精度の高いものが使われていたが、もしそうでなければ計器が火を噴いていた所である。
余りにも予想外の事態にその場の全員が唖然とする中、真っ先に動いたのは二人だった。
「あ、熱……苦、しい……! 身体が、い、痛っ……!?」
「いかん、これは……!!」
隣で苦しみ始めたリッテの声に、何が起きたか分析を優先していたジークが反応する。自分の余剰な力がリッテの体に過剰に流れ込んでいるのが変調の原因だと当たりをつけたジークは、共鳴器に吸い取られる己の力を絞った。
(器の相性が良過ぎたということか!? リッテは所詮人間の娘……我が神殺しの力が絶え間なく流れ込めば
力の流れを遮断しようともしたが、そうすれば今度はリッテに流れ込んだエネルギーが行き場を失って彼女が変わり果てた姿になりかねない。ジークはこれまでの生涯の内で最も慎重に放出されるエネルギーに枷を掛けていく。
(今、理解した。これは力の器と器を繋げる管なのだ。我の器にエネルギーが満ちすぎていたために、均衡を取ろうとエネルギーが少ない側のリッテに流れ込み続けている。ならば管に流れるエネルギー量を絞り、器の範囲を限定して……)
『共鳴』によって相互に交換されているエネルギーは魔力や生命力など様々な混ざりものがあるようだったが、復活時に自らの器を改造したのが幸いしてか迷うことはなかった。
立ち昇るエネルギーが収縮し、同調率のパーセンテージが落ちていく。300……200……低下と同時に苦しんでいたリッテの呼吸も段々と整っていく。
「我に呼吸を合わせよ。余った力は自然と霧散する」
「ふぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
冷や汗を垂らしながら、リッテは必死でジークと呼吸を合わせる。
やがて荒々しかったエネルギーは円形に変化していき、同調率が100%になったところでジークは力の放出量を固定した。ふらつくリッテを不器用に支え、途中で支え方が分からなくなったので背中と膝裏とを両手で抱える。
計器に釘付けになっていた店主が安堵したように腰を抜かして地面に座り込んだ。
「お、収まったか……何だったんだ今のは。同調率の高い人間同士が一時的に同調率を上げたって話は聞いたことがあるけど……やっぱり故障だったのか?」
「おい、リッテを休ませたい。場所を空けろ」
「へいっ!? あ、ああすまねぇ! 多分初めて共鳴をやったときに起きやすい酔いの一種だ。水でも飲んでちょっと座ってりゃ良くなるさ。出店の奥にベンチがあるからそこを使いな」
「ああ。それと先刻の言葉通り共鳴器は貰って行く」
「おう、持ってけ持って……けぇ?」
そのまま流れで返事しかけた店主が奇妙な、それでいて気の抜けた声を漏らす。そして彼の手に嵌められた共鳴器を見て、後ろにある同調率計測機を見て、それが100%で数値を確定させているのを二度見して、店主は「あ゛~~~~~~ッ!!」と悲鳴をあげた。
共鳴器の値段はちょっとした家が買える額。
どうやら店主の商売は赤字が決定したようだ。
* * *
予想外の苦しみが緩和され若干ふらつくリッテは、そのままジークに抱えられて、されるがままにベンチに寝かされる。途中で「これお姫様抱っこじゃん!」と気付いたが、体の倦怠感からなにも言えなかった。
(お姫様抱っこって結構筋肉いるって話だけど、こんにゃろう猫運ぶみたいに軽々とやったわね。魔法使ってる風でもないけど、細腕に見えて鍛えてんのかな……)
魔法が出来て顔がよくて力もあって偉い奴……かどうかは不明だが、今はこうして人を労わるように運んでくれている。考えれば考えるほど分からない少年だが、今はそれよりも優先すべきことがあるらしい。
見世物が去って散っていく野次馬の中に見覚えのある人影が二つ近づいてきたのが見えたからだ。
「りっちゃん大丈夫か!? あんな現象見たことないから心配し――」
「センパイセンパイああセンパイ!! 誰なんですかこっちの白髪野郎は!! センパイに告白してセンパイと共鳴してセンパイの玉のお肌に汚らわしい手で触れるなんて!! 親戚だか何だか知りませんけどセンパイは私を置いてどこにも行きませんよねっ!?」
「うおぉぉぉいリップヴァーンくんや!? りっちゃんの体を心配するのが先ではないかね!?」
「はっ、そうでした! 部長もたまには的を射たことを言いますね! さあセンパイ、私が淹れたハーブティーを飲んでリラックスしてくださいね!」
「ほいほい、ありがとね」
恭しく差し出された水筒のお茶を頂く。直接口に付けて飲むタイプなのでちょっとリップヴァーンに申し訳ないと思うのだが、彼女は決まって気にしないでほしいとしきりに言ってくる。
彼らの事を知らないジークが首を傾げた。
「誰だ、こいつらは?」
「学校の部活で先輩と後輩なの。右のガタイいい方が機械同好会長のライデル先輩。左のちっこくて元気なのがアタシの一個下の学年のリップヴァーン」
学校でも私生活でも気兼ねなく接することの出来る数少ない友人。それがこの二人だった。
ライデル・ルーバーはガタイがいい割には押しに弱い工学科の生徒で、中等部三年生。海外からの留学生であるため国の階級格差をあまり気にしない人柄の持ち主だ。
リップヴァーン・ストラテジはそれとは逆で第三階級の生まれ故に上の階級に警戒心や対抗心をむき出しにする少女なのだが、何故かリッテには過剰なまでに懐いている。可愛らしい顔立ちにピコピコ揺れるアホ毛はチャーミングなのだが、その性格さえなければ引く手数多だろう。
「リップはそそっかしくて人見知りが激しい割に攻撃的だから余計なちょっかいかけないことをお勧めするわ」
「流石先輩っ! 私の事をそんなにも深く理解してくれているだなんて……!」
「我にはさっぱり理解できん言葉と思考だ」
「お前みたいな白髪頭に理解してもらいたいなんて一欠片も思ってませんよーだっ!! 恰好からして第二階級みたいですけど!? 私たちは権力になんか屈しませ……貴方、前髪のその赤いの地毛ですか?」
「生まれたときからこの色だ」
「……本当に親戚、なんですか?」
恐らく全く違うと思うが、リッテは曖昧に頷きながらも内心で考える。
リッテや家族は余り気にしないでいたが、ジークフレイドに連なる一族の赤髪は非常に特徴的で、他の血筋では見られないらしい。最初は彼の前髪の赤さにはちょっと親近感を覚えた程度だったが、もしかしたら本当に遠い親戚なのかもしれない。
そんな考えを肯定するかのようにライデンも呟く。
「なんせ同調率100%、本当に届いちまったからな……同じ血筋とかだと同調率は上がりやすいって聞いたけど、それにしたって奇跡的だぞ。噂を聞きつけた遊衛士にスカウトされちまうかもな!」
「くぅぅぅぅ……センパイのヴァージン共鳴持っていった挙句相性の良さを見せつけてくれちゃって……!! でも諦めませんからね!? センパイの隣に相応しいのはこの私しかいないのですっ!!」
「そうなのか」
「余裕ぶった態度がムカツクっ!!」
リップヴァーンの癇癪が籠った蹴りが繰り出されたが、息をするように障壁を張って防がれたらしくリップヴァーンは足を抑えて呻きながら蹲る。ピコピコ動いていたアホ毛が力なくしなだれたのが何となく可笑しくて、頭を撫でてあげる。
「せ、センパァイ……っ!!」
「ほらほら、泣かないの。アタシもハーブティーのおかげか本調子に戻ってきたし」
「――あれ、そういえばりっちゃんはどうして制服で外に? どこかお出かけかい?」
「あぁ、うん。時間は……ちょっと押してるし! ごめん二人とも、事情は今度またね!」
思わぬ時間を食ったせいでアモン卿のパーティまで時間がなくなってしまっている。少しみっともないがここから駆け足で向かった方が――。
「そういうことならば、私が行き先までお送り致しましょうか?」
誠実でいて柔和。聞く者の耳に心地よさを感じさせる声がかけられる。その声の主にジークは値踏みするように腕を組んで見つめ、リッテ含む残り三人は驚愕に目を見開いた。
一体いつの間にやら、出店の前に黒塗りの高級感ある車が止まり、その座席から降りた人物が四人のすぐ後ろに立っていたのだ。その人物こそが紛うことなきロイズ州で一番の権力者。
アモン・ホープライト卿が、そこに佇んでいた。
「今になってそちらから来るか」
「申し訳ございません。公務を疎かにする訳にはいかず、今日は先ほどこの辺りから立ち昇った光の調査という名目でやっと訪れることが出来たのです」
「まぁいい。それで、パーティとやらに連れて行ってくれるのか?」
「いえ、まだそういった場には慣れていないでしょう? それにどうやらミス・ジークリッテには安らげる場所が必要なようです。パーティが終わってから存分に時間をお取りします。そうですね……宜しければご友人の皆さまも如何ですか?」
まるでジークを目上の存在のように扱ったアモン卿の言葉に、或いは纏う雰囲気に呑まれ、三人は頷かざるを得なかった。
この人なら信頼してもいい。
そう思えるものを、彼は確かに持っていた。
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