第54話

「これは確かに、獣道だな。馬車も通れないだろうに、昔の人間は何を思ってここに道を作ったんだか」

 息子に教えられた通り、二手に分かれた道の細い方を進むなかでドーリーはそうつぶやいた。

 馬車も入れない細い道で、足元は砂や砂利でおぼつかない。草が道の端を浸食しだしている。

 今は、昔スライムを見た、という道が冠水した場所を超えた所で座り込んで休憩中だ。

 スライムはいなかったが、獣の足跡がいくつもある。水飲み場になっているのだろう。


「おそらくお国の都合だと思いますよ。ほらここ」

 そう言ってVが地面から拾ったのは風化しているがまだ形が残っているレンガ。道の整備に使われていたのだろう。

 中央に紋章が刻んである。


 貴族が帝国に献上するものは金銭だけではない。

 人材、資材、馬などの家畜。

 そう言った献上した物品には「俺が献上したんだぞ!よろこべ!称えろ!」という意味を込めて自分の家の紋章をつけることがある。

 レンガや建材などはその代表的な例。


「貴族様の献上品があまったりダブったりすると無駄遣いすることがあるでしょう。その手の施設の一つなんじゃないですかね」


 この国の貴族には税がない。名目上は「王との主従関係に税など不要」ということになっているが、実際は地域によって現金で納める税は負担が大きくなりすぎるためだ。

 例えば彼らがいた村のような農村地域が多い場所では、現金収入がすくなく農作物を現金化させるだけで手間がかかることになる。

 そこで「帝国と話し合いの上で献上のノルマを定める」仕組みがとられている。つまり物品で納める税だ。貴族の見栄のためにノルマを超える献上も自由。

 当然「現金という物」を収めるのもいい。

 そういった仕組みでうまく回しているが帝国はとにかくでかく、貴族もたくさんいる。なので毎年かならずと言っていいほど調整が不十分な場所が出て、献上品のあまりというものがでる。

 ある程度は在庫として帝国が保管するなり市中に安価に流して現金化する、また貧窮している地域や貴族に皇帝の慈悲という事で配布なりする。

 それもできないと、よくわからない建築やイベントで資材を消費することになる。


「首都に近い片田舎の森の中に砦なんか作っても活躍する場面なんかないし、何かの間違えだろう、って思ってたんですが、貴族にしてみたら「献上した品が首都防衛の礎になった」とかなんとかいうのは領地や貴族社会で自慢になりますからね。余って使い道がない献上品を献上した貴族のご機嫌を失わないように消費する、ということで首都の近場で、なおかつ住民も使わないような土地に砦が作られた。しかし重要度が低い、というか作ったら目的達成だから維持する必要がない。からそのまま放置されて今にいたるって感じゃないかなと」

「でもこの紋章、テルシア家の紋だぜ」

 戦場や争いを渡り歩く傭兵にとって、戦地で敵、味方を認識する紋章は基礎知識の一つだ。

「ありゃ没落して今は隣国の貴族仕えの騎士だろ。テルシア家が帝国に仕えてた時代って大戦より前だから、何時の話だ?」

「大戦より前なら150年前くらいですかね。下手したらそれより前」

 そう言ってVはレンガを道の端に投げて捨てた。

 150年以上前にお役所の都合と貴族の見栄で作られて、管理もされず忘れられて、そしモンスターが集まり、100年は放置。

 たしかに村長の話と一致する。


 そして休憩も終わり、ということで二人は立ち上がる。

「天下が変わっても変わらない物は役人と貴族ってことか」

「偉大なる帝国の礎を称えましょう。払ってる税金はちゃんと使われてるんですかね」

 そうぼやいて二人はすすむ。

 帝国への忠誠を表すために物品を献上した貴族たちも、天下を統治する大皇帝も忘れてしまった。覚えているのは度胸試しに使う田舎者だけという首都防衛の礎になる砦に向かうのだ。

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