閉じた箱の中.05
彼氷の言っていた「変革」は西区マフィアを滅ぼすだけに限らなかった。彼らの目的は防御壁都市から一切のクローンを排除することだ。今まで水面下で着々と準備してきたものがようやく完了した。
北区マフィアの動向を気にして周辺の調査や情報屋から情報を仕入れていた紫音はあわててルベルとベルデに連絡を入れる。すぐ中央区に集まることになった。ルベルと居合わせていたサブラージもその場に向かう。中央区の噴水広場に集合した紫音とベルデはサブラージもそこにいたことに驚いた。クローンの事実を知ってからサブラージと対面するのは初めてである。
「サブラージ! だ、大丈夫?」
開口一番にベルデはサブラージを心配した。ベルデはずっとサブラージが行方不明であったのが気がかりだったのだろう。ほっと胸をなでおろす様子が目に見えて明らかだった。
「おい、ルベル……」
ベルデがサブラージを気遣っている最中、紫音がこっそりとルベルに耳打ちをした。
「クローンの話を聞いたうえで、サブラージとはこれまで通りやっていくのか?」
記憶に霧がかかり、サブラージがユアンのクローンだとすぐに気が付くことができなかったルベルとは違い、紫音とベルデは彼女の正体を看破できていたようだった。それもそのはずだ。サブラージの容姿はそのままユアンと同じなのだから気が付かないはずがない。
「これまで通りやっていくさ」
「辛くないか?」
「辛くはないけど、なんだか切ないな」
「無理をするなよ、ルベル。私たちがいる」
「ああ。これ以上ないくらい頼りにしてるぜ」
紫音はルベルの背中を軽く叩いた。少しでも彼の肩の荷を下ろせるように。同じ過去を共有するからこそ、その肩の荷を自分に背負わせてくれるようにと。
「ところでサブラージ。ここに来たということは私たちに協力してくれるんだな?」
「うん。何をするのかはわかってるよ。北区マフィアを止めなくちゃいけないんでしょ。あそことは私も因縁があるから」
「わかっているのなら私から何も言うことはない」
紫音は納得すると、持っている鞄の中から地図を出した。噴水付近にあるベンチの上に防御壁都市の地図を広げると、その地図にはところどころ赤い丸で印をつけられているのが見てわかる。
「この印はなんだ?」
その印は住宅街を中心にいくつもあった。住宅街の多い南区にはこの赤丸が集中的に付けられている。
「北区マフィアが設置した爆弾のある場所だ」
「は?」
ルベルとサブラージの声が重なった。思いがけなかったようで、二人そろって目を丸くしている。
「西区マフィアの崩壊から二週間。北区マフィアはなにもしていないわけじゃなかった。防御壁都市のクローンを始末するために大々的なテロを引き起こすつもりらしい。まずは爆弾を使ってあらかたの数を削るつもりなのだろう。そして東区と南区の戦力もな」
紫音が指す先には東区マフィアと南区マフィアの拠点や本拠地となる邸があった。拠点には若干の漏れがあるもののほぼ赤い印がつけられている。
「これ、いつ起爆するの?」
おそるおそるベルデが紫音に伺う。紫音は眉をひそめ、眉間にしわを作った。
「その情報はまったく漏洩していないそうだ。ただ、情報屋助手の見解では爆弾の設置は完了していていつ起爆してもおかしくないだろうとのことだ」
二週間の間に彼氷は北区マフィアの全権を握り、クローンを殲滅するための準備をしていたということか。北区マフィアは東区マフィアと拠点同士の小さな小競り合いをしているものばかりが表立っていたが、あくまでそれは表面上のこと。水面下ではしたたかに計画を実行していたのだ。
「私はこの爆弾をすべて回収、処分したい。しかし私一人では不可能だ。だから信頼しているルベルとベルデ、……それにサブラージに協力してもらいたいんだ。頼めるか?」
「いいぜ。断る理由なんかねえよ」
ルベルは即答した。ベルデ、サブラージがあとに続く。
「では早速だが、手分けをしよう」
同意を得ると、紫音は地図を指した。クローンは中央区にはあまり住んでいない。印は北区、南区、東区、西区ばかりにつけられている。東区と南区にある爆弾の設置場所は各マフィアへ爆弾のことを伝えているようだ。南区マフィアのボスが西区にも手を回してくれるそうだが、北区は手が届かないため、ルベルたちは北区の爆弾処理をする。
「しかし私とルベルは爆弾を処理できるだけの知識がない。ベルデは可能だそうだが、サブラージはどうだ?」
「できるよ。足は引っ張らない」
「それなら安心した。では私たちは二人ずつ分かれるとしよう」
ルベルはサブラージと、紫音はベルデと処理に向かうこととなった。紫音が持ち込んだ地図は他三人へコピーが手渡された。その地図を手に、ルベルはバイクの後ろにサブラージを乗せて出発する。
爆弾は街中に隠れるように設置されていた。銀色のありふれたアタッシュケースのなかに爆弾は仕掛けられていたのだ。サブラージがその爆弾を調べると、どうやら遠隔操作で爆発するタイプのものであるらしく、起爆信号の受信装置を破壊してしまえばひとまず安心できるとのことだ。爆弾自体の回収はすべて東区、南区のマフィアが行うため、ルベルたちは処理に専念する。
だが隠密行動を徹底していたとはいえ敵地で爆弾の処理をして一切目撃されずに達成できるわけなどなく。しかも昼間真っただ中。処理した爆弾の数が目標の半分にも到達していない頃、北区マフィアの不審に思った下っ端に声を掛けられた。
「なにをしているんですか?」
それは白いスーツを着た女性のマフィアだった。すぐにルベルとサブラージは彼女が得物をもっていないことを確認する。体のラインに沿ったスーツには拳銃の類は見当たらない。
「ちょっと、探し物をしてて」
サブラージが咄嗟にほらを吹く。実際その通りではあるが。
そこではじめ下っ端は自分の話しかけた人物たちに見覚えがあることに気が付いた。
「あら。たしか奪還屋と回収屋ではないですか。二人が一緒だなんてめずらしい」
奪還屋と回収屋の仲はあまりよくないというのは周知のことだ。仕事中ルベルとサブラージは対面するや否や叫んで暴れて喧嘩をするライバル関係なのだから。
「ま、まあね」
「それよりこんなところをのろのろ歩いていいのかよ。最近ボスが彼氷になったばかりで忙しいと思ってたぜ。案外暇なのか?」
「失礼な。私も仕事中です。非番を邪魔して悪かったですね」
なんとか北区マフィアの下っ端から逃れると、ルベルとサブラージはそそくさと次の処理へ向かった。
その背中を下っ端は見届けると、息を殺して、近くにあった排水溝の蓋を開ける。その中に例のアタッシュケースは隠しこまれていた。彼女はケースを取り出すと中身の確認をする。そしてすぐに直属の上司に連絡を入れたのだ。奪還屋と回収屋が計画の妨害をしている、と。
けっして楽観視しているわけではない。ルベルとサブラージも北区マフィアに爆弾処理をしていることは見つかっただろうことはすぐに理解した。すぐに紫音とベルデに連絡を入れる。どうやら彼女たちも北区マフィアに勘づかれたようだ。過度な襲撃があるようなら自己判断で撤退することで合意した。
ルベルとサブラージは人気のない路地裏に差し掛かる。路地裏に冷たい風が過ぎ去り、ようやく太陽が傾いていることに気が付く。
「ねえ、ルベル」
神妙な声音で慎重にサブラージが声をかけた。振り返って視線を落とすと、サブラージが視線を右往左往と泳がせていた。どうかしたのかとルベルが問うと、サブラージは声を絞り出して悩みを吐き出した。
「いつまでもしつこいかもしれないけど、紫音とベルデは私のこと気づいてる……よね……?」
「俺とは違うから気づいてるだろ」
紫音は妙にサブラージに対してずっとよそよそしかった。関わりたくないのか避けている節だってある。故人と瓜二つの少女の正体は、彼氷の話を聞いた際に合点がいったであろう。
ベルデはというと、彼ははじめからユアンとサブラージを同一視していないのではないかとルベルは見解している。サブラージがユアンのクローンであるのだと考察しておきながら、そんなことを気にしていないのではないだろうか。むしろそのことに負い目を感じているサブラージを心配しているようにも見える。
「ネガティブなのはこの状況ではよくない。いまは北区マフィアの乱暴な作戦をどうにかすることを考えないと……」
サブラージは自分に言い聞かせ、こぶしを握る。彼女の悩みは人生の間ずっと抱えているものだ。それが一朝一夕で跡形もなくなることはない。しかしいままで突っぱねるように強がってきたのだ。弱音を吐くだけでも一歩前へ進んでいる証拠なのだろう。
少女の成長を、ルベルは何も言うことなく見つめた。
「さあ、北区のわけわかんない計画の邪魔をいっぱいしよう! クローンを皆殺しにして排除するなんて意味わかんないって!」
カラ元気であるのは明らかだが、覇気を取り戻そうとする少女にルベルも乗っかった。
「そうだな。自分勝手な極論に巻き込むんじゃねえって一発殴ってやろうぜ」
ルベルは軽くサブラージの背をたたいて喝を入れた。北区マフィアはルベルたちも妨害をするだろう。マフィアの邪魔が入らないうちにできるだけ多く爆弾の処理を進めたい。
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