REVOLUTION
防御壁都市と真相.01
目が覚めたサブラージは時計を確認した。時刻は午前六時半。
今日も彼女の一日が幕を開けた。
早々に身支度を済ませると、トースターに入れていた熱々の食パンをほおばった。くわえたままコップに牛乳を注いでテレビを点ける。ソファに座って流れるニュースを眺めた。
「んあ?」
西区の工場が謎の爆発で全焼したそうだ。それは偶然にも以前左都が誘拐されたために乗り込んだ廃工場であった。
はじめサブラージは北区マフィアによる証拠隠滅かとおもった。恐らくあの廃工場の使用は北区マフィアの無断だ。西区マフィアにばれてしまっては仲が悪くなってしまう。武器の流通を一手に担う西区と不仲になるのはあまりにも得策ではない。だから証拠を隠滅したのだろうかともおもったが、それはおかしい。左都の誘拐事件から二週間が経過しているのだ。証拠を隠滅するには遅すぎる。偶然だろうか。しかし偶然と済ますには違和感を覚える。
嫌な予感がした。胸の奥が騒ぎ立てている。
「変、だよ……」
サブラージはその胸騒ぎを抱きながら西区にある学校に登校すると、そこでもさらに不穏な空気を肌に感じた。学校の周囲を白いスーツの人間が出歩いているのだ。それはたしかに北区マフィアたちだ。サブラージが彼らを睨みつけていると、内一人が会釈をしてきた。顔見知りのデルタである。サブラージは返事をする代わりに目力をより強くしながら渋い表情で校門をくぐった。教室に入ると左都がとびきりの笑顔でサブラージに挨拶をする。
「おっはよー、サブラージ! あっははは。なんか顔が渋いけど大丈夫? 変なの食べた?」
すっかり調子を取り戻した左都は誘拐されたことなどすっぱり忘れたかのような元気ぶりである。もともとよく笑う彼女は今日も満開だ。いつも通りの左都を見てすこし心のつかえがとれたサブラージは頬を膨らませてみせた。
「ひっどい! 私だって年頃なんだから」
「もしかして恋? ついに恋しちゃった?」
「違いますー。悩みの種は恋以外にもたくさんあるんだからね。左都はどうなの。助手のこと」
「あれはだめだね。お母さんとかお兄さんとかそういうポジションだから」
「……ああ、そう……助手かわいそ……」
「助手だってそう思ってるよ。あはは」
机の側面についているフックにカバンをかけてサブラージは席に着いた。それにならい左都はサブラージの前の席に着くが、その席は左都のものではない。本来の席の主はただいま教室の隅で友人とカードゲームの真っ最中だ。
助手は否定していたが、彼が左都を想っているのは明らかであった。露骨に左都を見る視線の熱や彼女と話すときの表情、雰囲気は和らいでいる。情報屋の助手にあるまじき弱みであると同時に、彼も一人の人間だと思うとサブラージの顔はほころんだ。
「なーんでもないよ」
「なになに、急にニヤニヤしちゃって」
「そんなことより左都は助手とどう知り合ったら同棲するようになったの? もともと何か深い関係だったとか?」
「ああー……、うーんとね」
歯切れの悪くなった左都は目を泳がせて、あー、だの、えー、だのを繰り返して返答に困った。なにかまずいことでも聞いたかとサブラージは左都の返答を待つ。左都が話したくないといえば深く聞くことはないのだが。
しばらく悩んだ後、耳打ちをするように声を潜めながらサブラージへ近づいた。
「話が話だからちょっと言いにくいことなんだけど……。ああ、でもね、私はもう吹っ切れてるからもう大丈夫だよ?」
そう前置きをしてから左都は神妙な面持ちをした。左都は固い表情での苦笑いをしている。苦笑いですらへたくそだ。デリケートな話題であるようで、サブラージもよく話を聞くため彼女に耳を近づけた。
「あのね、私、父親から虐待されてたの」
息をのんだ。左都の告白に、サブラージはつい彼女を見つめた。眉を下げて、口角を少しだけあげただけの苦笑いをしている。話題そのものはデリケートであるが、たしかに左都自身はその問題を解決しているようで、あまり重たい空気を作り出したくないのだろう。なんとかサブラージを驚かせぬようにと表情だけは明るくしているのだろう。
しかしその意図をくんでもサブラージにとって左都の告白はあまりにも大きな衝撃だ。サブラージは一人暮らしをしていて、親を知らないのだ。だからこそ街で見かける家族を鵜呑みにしていた。幸せなその様子を。親は子を無条件で愛し、子は親に愛されて育つものと。家族の絆は絶対のもので不変などしない永遠のものと信じていたというのに。そして当然、左都もそのような環境にいるのだと……。
「でね、ある日私がすごく大きな怪我をしちゃって。助手の両親ってお医者さんだったから治してもらいに行ったとき、ちょうど助手がいたの。そのとき運悪く私の父親は変な事件を起こしていたみたいで。東区のマフィアさんたちに父親が狙われて、そこに私も巻き込まれちゃって」
その事件はサブラージにも心当たりがある。以前、一人の男が東区マフィアのセキュリティにアクセスし、機密情報をふくめたくさんの情報が中央区の役所や他マフィアたちに流出したそうだ。その一部は一般人まで知れ渡ってしまったくらいである。当然東区マフィアは報復を宣言。犯人と断定した男を虐殺した。その当事者がまさか左都の父親だったとは。そしてそこに左都が巻き込まれていたとはあまりにも驚きだった。
しかし当然といえば当然だろう。東区マフィアは裏切り者や敵対した者の家族まで報復する過激なマフィアだ。そのため東区には住民が少ない。統治するマフィアがあまりにも独裁的だからだ。そして住民がいないぶんだけ土地が余るので農作物を耕して防御壁都市内に流通している。
「私を匿ってくれたのが助手のところだったの。助手の両親は私を守るために……。えっと、だから助手は今でも私を守るために一緒に暮らしてるってわけだよ。ごめんね、いい話とかじゃなくて。気分……悪くしたかな」
「ううん。まさか。話してくれてありがとう。そうとは知らず私、へんなこと聞いちゃったね」
「いいの。サブラージには話しておきたいことだったし。それにもうへっちゃらだよ」
サブラージは思いっきり左都を抱きしめた。痛いと左都が言うが、サブラージは一層腕に込める。胸が締め付けられる。ぎゅうっと苦しくなった。左都のうちではすでに解決したことではあっても、それはなかったことになるわけではない。過去から目をそらすわけにはいかないのだ……。
「もう、サブラージ……」
左都がサブラージの頭をなでる。
「もうすぐホームルームがはじまるよ。席に戻るね」
顔をあげた左都の目は少し赤い。これ以上サブラージに抱きしめられていると本当に泣き出してしまいそうだった。左都は揺れた声で「ありがとう」と消え入りそうに伝えると席に戻った。
ほどなくして担任の教師が教室に入り、ホームルームを開始する。左都の話を聞いた後であるサブラージはぼんやりとしたまま授業に突入した。授業の内容がうまく頭の中に入らないまま一限、二限を終える。三限は移動教室だ。教室から必要なものを持ち運び、左都と他愛ない雑談をしながら渡り廊下を歩く。
「?」
ふとサブラージの視線が窓の外へ向いた。すぐに物陰に隠れてしまったが、校内には白いスーツの男が見えたような気がした。ビリリと全身に緊張が走り抜けた。これはもう嫌な予感などではない。異常だ。西区に北区マフィアがうろついているのはおかしい。他地区のマフィアが統治していない地区に姿を見せること自体なかなかないのに、それが校内にいるとは。
「私なんだかお腹が痛くなってきた」
「えっ?」
淡々とサブラージが言うものだから左都は彼女を二度見した。遅れてサブラージはお腹をさすって見せるが、左都はなんの話かと眉を八の字に下げていた。嘘をついて演技をするなんてことすらしない、わかりやすい仮病。突然どうしたのかとサブラージへ問う前に、彼女は左都の肩に手を乗せた。
「めちゃくちゃお腹が痛いから保健室行ってくるわ。先生にそう伝えておいて」
「ちょ、ちょっと、サブラージ? えっ、速!」
左都が返事をする前にサブラージは廊下を走り、教室へ戻っていった。持っていた教科書やノート、筆記用具などは自分の席に放り投げ、慌てて鞄を開けた。鞄の中に紛れ込ませていたのは使い慣れた二本の短剣。腰に専用のベルトを巻き、双剣を装備する。ちょうどチャイムが鳴って授業の開始を知らせた。サブラージは教室の窓から外を見る。サブラージのいる教室は二階。見下ろしたその先の光景に目を丸くした。
学校の敷居を現す塀の向こう側にたくさんの北区マフィアが息を潜めていたのだ。そしてそれはちょうどぞくぞくと校内に侵入してきている。サブラージはすぐに身を引いた。一分と待たずして一階から複数の生徒の悲鳴が上がる。
このまま教室にいてはいずれ北区マフィアに見つかってしまう。サブラージは現在いる教室と同じく二階にある備品倉庫に隠れることにした。決して広くないその倉庫は、普段からいろんな生徒が出入りしているためあまり整理整頓が行き届いていない。それが今は好都合だ。サブラージの小さな身を隠すには十分である。
息を殺し、気配を消し、サブラージは外の様子を窺った。携帯電話を開いて左都に安否を心配するメールを送ったが返信はない。そのうちに悲鳴は拡大し、一階の各教室のみならず二階、三階へと広がり、そして左都を含めたクラスメイトが向かった特別教室棟からも悲鳴があがった。その直後、校内放送がかかる。
『えー、えー、マイクテストー、マイクテスト』
「……デルタの声」
学校全体が悲鳴と困惑で混乱しているのなか、気力のない北区マフィアのデルタの声。マイクのスイッチが入りっぱなしであるせいか、マイクテストをしたあと数人の声や雑音が入る。その後改めてまたデルタが放送をかけた。
『みなさん、落ち着いてください。突然のことで驚いているとは思いますが、お静かに。お静かに』
その放送の指示通りかもしくは脅されたかして、校内に広がっていた悲鳴は落ち着いていった。なにを始めるつもりかとサブラージは静かに待機を続ける。緊張のあまり、冷や汗が出てきた。今までサブラージが過ごす日常に裏社会が混じったことはなかったのだ。
『おとなしく我々の指示に従っている間は手を出しません。抵抗、または指示に従わないようでしたら我々も相応の態度をとるでしょう。では初めに、みなさんは体育館に集まってください。携帯電話等の外部との連絡手段はすべて我々マフィアに預けてください。体育館に入る際持ち物検査をします。いいですか、いいですか。抵抗、または指示に従わないようでしたら、我々も相応の手段をとります』
その後、十数秒ほどのざわめきがあったものの校内は落ち着き、生徒や教師などは迅速に指示に従った。サブラージが潜む倉庫の前にある廊下には私語はなく、ただ無数の足音だけが響き渡っていた。反抗的な生徒もいるはずだが、北区マフィアを見て怖気づいていたのか彼らの声はあげられていないようだ。
校舎は驚くほど静まり返った。
これは明らかなスクールジャックだ。北区マフィアがどんな目的でジャックを行っているのだろうか。サブラージはこうして短剣を握っているが、彼女ひとりで解決できるものなのだろうか。しかしなにもしないわけにはいかない。
サブラージの胸の内に湧き上がっているのは正義感だけではなかった。サブラージは北区マフィアと因縁がある。生まれに関わる、覆しようもない真実。ルベルにだけは知られてはいけない真実だ。その縁があるが故に、北区マフィアの日常を壊していく行為は見過ごせない。彼らの方針が、依然と変わらないのであればどんな手段を、計画を練っていることやら。左都の誘拐、そしてさらに前の北区マフィアの遺体回収の依頼。サブラージの周りでは北区マフィアが関わる仕事が多い。
「北区はなにかを始めようとしている……?」
そして、それは中盤もしくは終盤に差し掛かっているのかもしれない。嫌な予感が杞憂ではなく現実として迫っている。気付いてしまったからにはサブラージのすることは一つ。
サブラージは立ち上がると、倉庫の扉へ向かった。
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