北区マフィア.04
焦点の合ったミューが銃を抱え直し、ぺろりと舌を出した。そしてトリガーを引く。騒音をたててサブマシンガンが乱射した。ミューの部下も共に乱射している。サブラージはすぐに監視カメラの映像が流れる画面の背後に隠れた。壁に銃弾が当たり、その破片が飛んでくる。小さな傷を作りながらサブラージはまた手榴弾のピンを抜いた。今度は閃光弾ではない。空中へ投げ飛ばす。数秒の後、それは爆発。銃撃が止む。この手榴弾は脅かし程度の小さな爆発しかしない。しかしこの手榴弾はそれだけの機能しかないわけではない。小さな爆発の後、煙幕を張るのだ。食堂ひとつ程度、すぐに煙でおおわれる。
「げほっ」
気管に煙がさわり、ミューか部下のどちらかが咳き込んだ。サブラージは己の鼻と口をマフラーで覆うと、音もなく画面の背面から移動する。まずは一閃。甲高い音を立てて刃は銃身を抉った。すぐに反撃として射撃をされるが、サブラージは敵影の周囲を移動し、背後に回る。素早く移動したサブラージを目で追うことができない敵影は彼女を探すため、銃撃をやめる。サブラージが踏む込む。切り落とす斬撃を銃身が受け止めた。
「間一髪―っ」
ミューの持っていたマシンガンだ。部下を守ったマシンガンは短剣に一突きにされている。使い物にならなくなったマシンガンを捨てて、ミューはサブラージとの間合いを取った。
「銃火器ってめちゃくちゃ高いんだから、ほいほい壊さないでよね」
そう言うとミューは腰から吊っているショルダーバックから小さく鋭利な棒状のものを取り出した。一方の先は鋭利に尖っていた。それは鋭く、まさに針の先である。さらに一方の先には羽が取り付けられていた。ミューの持っているそれはいわゆるダーツの矢であった。
「なにそれ」
「ダーツの矢だよお」
くるくると指の間でダーツを遊ばせ、ミューはサブラージに向けてウィンクをした。彼女の傍では部下がマシンガンを構えている。舌打ちをしたサブラージは一旦煙幕の中に逃げ込んだ。姿をくらませたサブラージを、静かに待つ。サブラージはあくまで回収屋。殺し屋でなければ暗殺者でもない。完全な無音を作るのはまだまだ未熟な少女だ。煙幕の中へ姿をくらまし、視界をごまかしたところで音までとはいかない。
ミューは息を止めて気配を殺し、耳を澄ました。聞こえてくるのは機械の小さな唸り声、遠くでする銃声、煙の流れる音。そして、その中に呼吸の音が混じる。小さな足音と、拳を強く握る音。
「――みっけ」
ダーツが放たれる。煙を裂き、まっすぐ飛んだ。空間を通過したその先はサブラージの首。
寸前でサブラージは回避を試みたが遅い。首筋の表面をダーツが抉り、通り過ぎた。断面から血が浮き上がる前に、続けてダーツが放たれる。それはサブラージの肩に深々と突き刺さった。見事に関節の間にダーツが食い込み、サブラージの左腕は力を奪われる。脱力した左腕がぶら下がり、短剣を落とした。
「ぐうっ」
しかしサブラージに痛がって立ち止まっている暇はない。すぐに右手に持っていた剣を咥え、落とした剣を拾いながら前転する。刹那、サブラージの立っていたところをマシンガンの銃弾が撃ち抜く。
サブラージは再び姿を隠すが、ミューには彼女の居場所が分かっている。サブラージがすでに肩へ突き刺さっているダーツを抜き取ろうとしたところでまたダーツを投擲した。今度は右手に刺さった。手の甲から手のひらにかけてダーツが二本。貫通している。サブラージの全身は冷え切り、そして痛覚を自覚したとたんどっと汗が沸いた。心臓がけたたましく鳴り、傷口が燃えるように熱くなる。サブラージは歯を食いしばって、とにかく移動しながらダーツを抜く。剣を咥える口がギリギリと音を立てた。思えば、ルベルにはここまで深手を負わされたことはなかった。手加減されていたのかと自嘲せざるを得ない。ダーツを床に叩きつけて、サブラージはまっすぐ突撃した。煙幕を張ることにもう意味はない。部下の放つ弾幕に恐れることはなく踏み込んだ。部下の持っているマシンガンを強く蹴り上げる。手を離した部下の頭を剣の柄で殴りつけた。殴られた部下はくらりと大きく揺れて倒れる。その間もダーツが放たれていた。サブラージの背中に刺さったが、サブラージはもろともせずミューへ剣を振った。
「隠れるの下手かと思ったら特攻は上手だね!」
「ばーか! 特攻じゃないの。これがいつもの攻撃。倍返ししてやる!」
ミューは後退を繰り返してサブラージの攻撃を回避していく。しかしこの食堂は狭い。すぐにミューの背中は壁にぶつかった。
「うっそぉー」
ついに壁まで追い詰めたサブラージは剣を大きく振りかざして――。
「あ……」
ちくりと胸が痛んだ。それから節々がきしむような小さな痛みを連鎖させていく。その痛みはサブラージの全身から力を奪う。気が付けば持っていたはずの剣が床に落ちている。そして腰から床に落ちた。座ることすらできず、サブラージは全身を床に打ち付けた。
「ダーツの切っ先にね、毒を塗っておいたの」
満面の笑みを浮かべてミューは腰に手を当てた。倒れているサブラージに彼女の長い髪がかかる。ふわりと甘い香水の香りが舞って鼻につく。サブラージはミューを睨みつけることしかできない。
「昔のよしみで殺すのは止めておいてあげるね」
ミューはサブラージに殴られたほうの部下を肩に担いで、食堂を出ていく。その扉を出る寸前で、最後にサブラージをみやった。
「だって私たち、まっとうな人間じゃない。同族の偽物なんだから」
遠ざかる足音。食堂の外へ流れていく煙で室内は晴れていく。サブラージの視線の先には助手が斬り倒した部下が横たわっていた。おそらくすでに手遅れ。失血死している。しびれて動かせない全身に許された行動は瞬きと呼吸程度のものだ。サブラージは何も言うことはなく、目の前にある遺体を黙ったまま見つめていた。
その遺体が斬り口から融けていく様子を、黙ったまま――。
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