ナナと過去と刑事
渋谷事件
それは、先日渋谷スクランブル交差点にて起こった死者82名を出した大惨劇の事。
私はその報道を見て我が目を疑った。
それは事件の凄惨さもそうだが、それ以上にその中心にいた少女に見覚えが有ったことだ。
こんな事があり得るのだろうか?
それは、全て処理されてこの世に存在しないと思っていた。
だが、彼女はそこに居た。
私は彼女に会わなければいけない。
何があったのかを聞かなければいけない。
それからの行動は早かったつもりだ。
地道に聞いて回ったり、探偵なども雇って彼女の居場所を突き止めようとした。
しかし、見つからなかった…
まるで存在しないかの如く足取りがつかめない。
…いや、厳密には痕跡はわずかに残ってる。しかし途中からきれいさっぱりその痕跡がなくなるのだ。
彼女は一体どこに居るのだろうか…
私は最後の望みを託しとあるwebサイトを開いていた。
そこには、何でも屋なる言葉があった。噂によれば報酬次第でできる事なら何でもするというが、仕事の選り好みもするらしく、引き受けてもらえない事もしばしばあるという。
この願いは聞き届けてもらえないかもしれないが、私は藁にもすがる思いで依頼を送ったのだった。
それからわずかな時間の後に、返信が来た。
内容は、「話を聞こう」と短い一文のみだった。
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この狭い取調室の中で、ただ無言の時間がひたすらに続く。
いや、一方的に俺がまくし立てる様に話してるだけだ。他に聞こえてくるのは必死に俺の言ったことをパソコンに打ち込むキーボードの音だけだった。
「…いい加減何か喋れよ。黙ってたって状況は変わらんぞ」
半ば根負け気味の俺の発言もこの少女にはまったくもって通用しない、入ってきた時と同じくまったく感情を読み取れない表情をしただ座ってるだけ。
「もう一度聞くぞ?あの交差点での一件の一部始終を話せ!あの破壊したサイボーグはお前の知り合いなのか?どういう関係だ?」
しかし彼女は黙ったままだった。そんな様子に思わず頭を抱える。そんな時だった、取調室の扉がノックされたのは…
どうぞと言って通すと、樋口警部が中に入ってきた。
「飯尾警部補、彼女は何か話したか?」
「…いえ、何も」
「そうか、時間切れだ」
「…は?」
樋口警部の言葉に思わず間の抜けた声をあげてしまう。
「彼女は釈放だ」
「な、何故です!!彼女はあの事件の重要参考人だ!それだけじゃない!あの事件がなぜ起こったのかを知る唯一のカギです!」
「言いたい事はわかるが、既に釈放は決まった事だこれは覆らん」
そう言うと、少女は立ち上がり樋口警部と共に入ってきた警官に連れられ退出してしまう。
「…せめて、釈放の理由をお聞かせ願えますか?」
「それは…」
樋口警部は周りを気にする素振りを見せて、俺に耳打ちをする。
「上からのお達しなんだよ。彼女を釈放しそして関わるなとな」
思いもよらない言葉に絶句する。
一体何の冗談だ?
彼女は一体何者なんだ?
混乱する俺に樋口警部は続ける。
「俺もこの決定には納得がいってない。飯尾、お前はあの少女を調べろ。徹底的かつ速やかに、尚且つ目立たずにだ…今回の事件は真相を闇の中に葬り去るわけには行かない」
「…了解」
俺は短く返事をすると取調室を後にした。
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…金がない
No.15が派手に私の手足を破壊してくれたおかげで金がない
本心としては今すぐドイツに飛んで件の重工企業に乗り込んで情報を集めたいところなのが、やはり先立つものは必要で…
社長に工面してもらえないかと打診したものの
『こっちも金欠なんだよ、お前の面倒を全面的に見れるほど金銭的余裕はないんだよ!会社経営なめんなよ!』
とまくし立てられ上に断られた。
当面は日本から出国できそうにない…どうにかしてお金を手にれなければなるまい
出来れば楽をして
そんな時携帯に一通のメールが届く。
内容は簡潔にまとめると、探してほしい人物がいる。お金はいくらでも払う。と言う旨の内容だった。
私は、少々迷った。
この手の依頼はなかなかろくな事になった経験がない。特にこんな辺鄙なwebサイトだと悪戯もあったし、DV夫が奥さんを探しだす為に利用などetc…
しかし、金がない今はあまり選り好みもしてられない。最大限警戒しつつ話を聞いてみようと思う。
こちらからは、できるだけ情報を出さずにただ短く「話を聞こう」とだけ送った。
しばらくするとメールが返信されてきた。
内容は、渋谷の少女を探してほしい。だった。
…渋谷の少女?
渋谷と言えばそれこそつい最近No.15と戦闘があった場所だった。そこの…少女?
思い当たると言えば、それは間違いなく私の事ではないのか?
となれば、こいつは私を探してる事になる。
…いや、まだ人違いの可能性もあるが
兎に角警察も手を引いた今私を探す人物なんて…それこそ警察関係者か。
概ね非正規の調査を進めようとしてる連中もいるだろうし、第一私だったら調査は止めない。
もしかしたらとんでもない地雷を踏んでしまったかもしれないが…
少し考えた後私は相手に待ち合わせ場所を決めさせて、後日そこで会うことにした。
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あの渋谷の少女の事について調べるが、まったくもって情報が無い。
それも不自然なくらいに…彼女が書いた連絡先や住所はでたらめで何の役には立たないし、彼女が申告した彼女の名前は、「ジェーン・ドゥ」
「アイツは警察なめとんのかッ!!」
思わず自分のデスクで大声をあげてしまう。周りから少々冷ややかな視線を浴びつつも再び思案に戻る。
…こうなってくると残された道は、彼女と一緒に連行されてきたもう一人の少女。湊本可奈美から探っていく事にするしかない。
資料によれば帝都大学医学部の学生か…
そこから探りを入れていくしかないか
手早く荷物をまとめると俺はデスクを後にした。
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待ち合わせ場所に指定されたのは、大学付属病院のすぐそばにある小さなカフェだった。
そこそこ人気があるらしくて小さな店内には人気が絶えることはなさそうだ。
そんな店内を見回し、約束の場所、店内奥のテーブル席を覗くとそこには白髪交じりの頭に眼鏡をかけた齢50代後半と言った所の男性が座っていた。警察…と言う雰囲気ではなく、何より白衣を着ているところを見るとどちらかと言えば医者か、研究者と言った雰囲気の方があっている。
約束の時間よりかは少し早いが、このタイミングで既にいる事を考えるとおそらくあの人物だろう
私はアポロキャップを深くかぶり直し店内に足を運ぶ。
そして、依頼者と思われる人物の隣のテーブルに座り店員にはアイスコーヒーを頼むと、さりげなく依頼者の様子を窺う。
彼は、時計を気にしながらあたりをきょろきょろ見回している。その様子はまるで素人。演技の線もなくはないが、どう見ても一般人のそれである。誰が見ても待ち合わせしてるのが丸わかりだった。
私は軽くため息をこぼすと席を立ち、彼の目の前に行く。
「…君は?」
「人探しの依頼、したでしょ?」
そう言うとようやく合点が行ったようで彼は対面の席に着席を促してきた。しかし、何と言うか察しが悪いなこの男。
…それに何処となく見覚えもある気がする。
「それで、探して欲しい渋谷の少女って言うのは?」
着席するや否や早速本題を切り出す。
「あ、あぁそれはあの渋谷事件の報道で、…交差点で戦ってた少女の事だ」
…やはり私か
「それで、どうしてその子を探すの?見つけてどうするの?」
「それは…」
目的を聞くと言い淀んでしまった。一体何を企んでいるんだろうか?
「…一応ね、探す対象がDVとかで逃げ出した人物とかだったらその子をおいそれと引き渡すわけにもいかないでしょ」
男は少しの沈黙ののちに
「…確かめたいことがあるんだ」
と口を開いた。
「よく似ているんだ。昔、世話していた子の友達にそっくりなんだ」
「へぇ…その話もう少し聞かせてもらえるかしら?」
私の友達?
「あぁ、その子ともう一人女の子と一緒によく三人で遊んでいたよ。今でも思い出せる。とても仲の良い三人だったよ」
…もう一人の女の子
「その女の子の名前とか知ってるの?」
すると男は顔をあげて目を見開き驚い表情を浮かべ
「…いや、知らない。いつも、…その、あだ名で呼びあっていたから」
あだ名…あぁ、私はそれを良く知っている。
「No.11…No.10…」
「君…今なんて…」
男の驚愕の色が強くなる
そうか、通りで見覚えのある…
「あなたが探してるのはNo.7…で間違いないわね」
「!なぜそれを!?君は…」
「今度はこっちの質問よ。今更なぜ探す?全員死んだわよ?」
「私もそう思っていた!しかし…間違いないんだ!彼女は…」
「落ち着いて、あまり大声を出すな。あまり面白い話でもない。周りに聞かれたくはないでしょ?」
横に目をやるとそこには私が入店時に頼んだアイスコーヒーをもって入りづらそうな表情を浮かべた店員が立っていた。私はコーヒーを受け取ると目でさっさと立ち去る様に促す。
その間に男も少し落ち着いたのか乗り出し気味だった体を椅子の背もたれに預けてため息をこぼす。
「…知りたいんだ。あの日…最終実験に何があったのかを」
「あの場に居なかったの?」
「最終実験の直前に私は体調を崩し意識を失ってしまい、気が付いたらあの研究所の外の病院に搬送されたんだ。その後に聞かされたのはプロジェクトの永久凍結と私の解雇通達だった…」
「むしろ、よく生かされてたわね。あんな事にかかわっておいて」
「…君は、随分と詳しいようだが、何者なんだ?」
「………ICPO」
「なッ!?」
男は絶句する。その表情はあまりにもおかしくてついつい笑ってしまいそうになる。
「本当に察しが悪いのね」
私はそう言いながら深く被っていた帽子を脱ぎ今まで窮屈に押し込めていた髪の毛を解放して素顔を露にする。
「あなたの探し人はここよ。…名前はなんて言ったかしら、No.10の研究員さん」
「な、…」
「今は氷室ナナって名乗ってるの、そう呼んでもらえる?」
「氷室?…そうか、彼の…私は篠原康正だ。所でどうして君はこんな所に?」
「…それは、私の自由でしょ。それよりもあなたが知りたいのは最終実験の…プロジェクト自体の結末よね」
そう言うと篠原は固唾を呑む。
「最終実験の内容は、私たち被検体によるバトルロワイアル。最後に一人だけ生き延びるまで殺し合いを続けるという内容だった。結果は私が生き残る事になったわ…」
「それじゃあ、君は…他の子を手にかけて…」
「…それで私は施設を脱走した。主任の最後の命令を受けて」
「最後の命令?」
「自分の為に生きろだって…最初は意味が分からなかった。今も少しわかってないけど…」
あれから3年ほどたったが未だに鮮明に思い出せる。主任の最後の顔…
「プロジェクトが終わりを迎えるのはここから私が脱走した直後に死んだと思われていたNo.12が暴走してあの研究所に居たものが全員死亡したのよ。そんな所に居なかったのは本当に運がよかったよ。あそこは地獄だった」
かいつまんでの説明だったが、篠原は納得した様で
「そう…だったのか」
「これで満足かしら?」
篠原は、椅子の背にもたれ掛かり足元を見つめる。
「みんな死んでしまったのか」
「私が言うのもなんだけど、後悔しても死人は戻ってこないわよ。それよりも前を向いて生きる方が大切なんじゃない?」
「…君は強いんだな」
私はアイスコーヒーを飲み干すと席を立つ。
「No.…ナナちゃん」
呼び止められて振り向く。
「私は、すぐそこの大学病院に勤務してる。もし体に異変とかあったらすぐに訪ねて来てくれ」
「必要無いわよ」
「そんなことは無い。君は、大人の事情で体を弄繰り回されたんだ…もしもの時は力になる。…それが私にできる事だから」
「…わかった。気が向いたら尋ねるわ」
そう言って私は店を後にした。
店を出て帽子を深く被り直し帰路につこうとした時だった。
「…あ」
一人の男と出くわしてしまった。
スーツに少し緩めたネクタイ。しかめっ面のしすぎか眉間から取れなくなった皺。見るものをすべて疑ってかかるような目。
確か名前は…
「…飯尾警部補…だったかしら?」
「そうだよ、外だったら話すんだな。あ?ジェーンさん?」
「ジェーン?人違いじゃない」
「 お ま え は ッ ! 一体どんだけ人をおちょくれば気が済むんだ!?」
まったく面倒くさいものに見つかったもんだ。尾行とかされた気配はなかった為ここで出会ってしまったのは完全なる不意の遭遇か…
「こんな所で何してるの?」
「それはこっちのセリフだ!いいかお前には聞きたいことが山ほどあるんだ!署まで同行願おうか?」
思わずため息が出る。
「令状もなしに、と言うか捜査は打ち切られたんでしょ。署に連行しても仕方ないんじゃないの?」
「あぁ!?侮辱罪とかなんとか適当に理由付けてしょっ引くこともできんだぞ!」
「それこそ脅迫罪じゃないの?警察の不祥事?」
「貴様ぁッ!!」
そんな私たちのやり取りに急に乱入者が現れる。
「あの、二人で何やってるの?」
「…可奈美?どうしてここに?」
「えっと、刑事さんに呼ばれてちょっとお話する事があったみたいなんだけど…」
飯尾に向き直し表情を窺うと、
「あぁはぁん、なるほどね可奈美使って私の事聞き出そうとしたわけだ。可奈美この人の要件は済んだみたいだから帰りましょ」
え?え?っと戸惑う可奈美を連れてその場を後にしようとしたが、
「ちょっと待たんかい!」
当然止められてしまった。
「あんまり大人をからかうんじゃねぇぞ?」
「…わたしの事知った所であんたには何もできないわよ」
「何?」
「あの事件の根本は私が解決する。事の顛末は後で教えてあげても良いけど…それもいずれね」
「はぁ!?」
大騒ぎする飯尾を尻目に私達はその場を後にした。
「ねぇ?私にもその事の顛末って教えてくれるの?」
帰り道可奈美は急に訊ねて来た。
私は、その問いにどうこたえればいいのか少し悩んだ。
「可奈美は、本当の事知りたいの?」
「…わからない。でもずっと考えてたのナナちゃんの事。あの日別れ際に言った被検体って何だろうとかずっと気になってた。でも、聞いたらナナちゃんまたどこか遠くに行ってしまいそうで…」
可奈美は俯きながら話す。
「でもこの間の渋谷でわかったんだ。私、ナナちゃんの力になりたい!ナナちゃんの事もっと知りたいの!」
「可奈美……あなたはもう十分私の力になってくれてる」
「え?」
可奈美は驚いた表情を浮かべて私の方を見る。
「可奈美がいるから私は帰ってこれるの。可奈美の居る場所が私の帰るべき場所なの。可奈美がいるから私は自分を見失わないで入れるの」
「ナナちゃん」
「私の過去は過去。どうしても知りたいって言うなら話すけど…」
「……ごめん、言いたくない事もあるよね。私ちょっと身勝手だったかも」
「ううん、いいの。…だったらいつか、私の過去は私が話すね。そのうち聞いてもらいたくなるかもしれないから」
「うん、その時はちゃんと聞くからね」
そうやって私たちは日の傾く道を歩いて行くのだった。
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