ナナと可奈美と即売会
「どうしようかしらこれ」
私は、奥の寝室を覗きながら考える。そこには最初には考えられないほどの熊のぬいぐるみが増えていた…
一番困ってるのは、知らないうちに増えてる事なのよね。おもちゃ屋の前を通ったら気が付いたら荷物に増えてたり。ゲームセンターで気が付いたら景品を取ってたり…そんなこんなで気が付いたら部屋中ぬいぐるみだらけになってしまった。ナニコレ怖い
これは他人には見せられないと思いつつ戸を閉めて鍵をかけると玄関の方から呼び出しのチャイムが鳴りそちらに足を運ぶ。
「ハイハイ」
そう言って玄関を開けるとそこには可奈美とその友達の確かすみれと言ったかしら、その二人が立っていた。
「頼みがあってきました!」
すみれはそう言いながら深々と頭を下げてそんなことを言って来た。
「…どういうこと?」
とりあえず二人を部屋に上がらせて事情を聴くことにした。
「なんでも屋なんですよね?ご助力をいただきたくまいりました」
前から思っていたが、この子結構独特な言葉遣いをするな
「私現在修羅場中につきお助けをお頼み候」
「ねぇ、普通にしゃべれないの?」
「あのね、すみれちゃんは結構追い詰められてるから今余裕がないんだ。許してあげて」
余裕がなくなるとそんな喋り方になるのか…
「それで、頼みって?修羅場って言ってたけど…言い争い?痴情のもつれ?それとも喧嘩?」
「原稿です」
は?っと思い再び問いかけると全く同じ答えが返ってきた。
「原稿?なんの?」
「今度の大きな同人即売会のコミマの原稿が後一週間で24ページ仕上げなければいかんとです」
「24ページ?私にはそれが多いのか少ないのか判断がつかないのだけれど…」
「多いよ」
可奈美は目をそらしながらそう言う。どうやら可奈美は今回の仕事の件は良く知ってるらしい。
「とにかく人手が必要なのです。ちゃんとお給金も払いますからお願いします!」
「まぁ、仕事と言うなら引き受けるけど…」
「ありがとうございます!なら善は急げです!早速は私の部屋まで来てください!」
そう言われて連れてこられた部屋は、ワンルームマンションの一室で過剰に置かれたもので埋め尽くされていた。
何とか足の踏み場を見つけて部屋に踏み込んでいくが…
周りを見渡すと、アニメのフィギュアや漫画本などが大量に並びその中に埋もれる様に机が一つ、そこには漫画を描く道具と今回問題の原稿があった、私たちは座卓を囲むように座りとりあえず現状を聞いてみる事にした。
「現状ですか…トーン張りだけなのが3ページ、下書きが済んでるのが19ページ、手付かずのページが2ページ…それで締め切りが今から一週間後です」
「今時珍しい手書き原稿なんだよすごいよね」
どうやらすごいらしい。
「私もデジタル化したいのですがなかなか手が出せなくてですね…あ、でも最近はようやくデータ入稿をするようになったんですよ!」
そう言って色々なもので埋もれた部屋の一角を指さすとそこには何とか確認できる状態のノートパソコンとスキャナーが顔を出していた。
「全ページを仕上げたらパソコンに取り込んでデータ化させて印刷所に入稿します」
へーと感心しながら話を聞いてると、すみれはいきなり座卓の上に紙を広げて、
「それじゃあ、テストです。これからする私の真似をしてみてください」
そう言って、ツケペンと筆ペンを取り出しそれぞれを使って色々と描いてゆく
「まずこれがべた塗、筆ペンで指定された場所を真っ黒に塗る作業正直これができなかったらする事無いです」
だったら、なぜ私を連れて来たのだろうか…
「次にこれがツヤベタ、主にキャラクターの髪の毛とかに使ったりします。次にこれがベタフラッシュ、背景とか使う場面はそれなりにあるので覚えてください。続いてはカケアミ、要所要所で使うのでできる様になってください、それから…」
「ちょっと待ってくれる?」
いっぺんに説明されて少々目が回る。
「これ全部覚えなきゃダメなの?」
「もちろんですよ」
覚えることは得意だが技術的な事になると少々時間が欲しくなる。
「要は、これらの技法を使ってすみれちゃんの原稿に手を加えて完成させるお手伝いをするのが今回の仕事なんだ」
可奈美が要約を入れてくれて仕事の内容は大体把握する。
「それじゃあ、テストだ!」
そう言われて私はペンを握らせられる。
言われたとおりにべた塗、カケアミ、集中線等々を描いて行くと
「おぉ、ナナ殿は器用でござるな!まるで機械で描いたようだ…これならいける!」
腕は機械なんだが…
「ナナちゃんすごいね!私は慣れるまで結構時間かかっちゃったんだよね」
「可奈美も手伝うの?」
「もちろん!」
「それでは、これからよろしくお願いするでござる!」
しかし、問題はここからだった…
言われたとおりにこなすだけの作業なのだが、気になったのはその原稿の中身だった。
これは、女の子同士が裸でくんずほぐれつ仲良く抱き合ってるような絵柄が続く…
あまりの内容に私はついつい質問してしまった。
「…あの、これって女の子同士で……やってるの?」
そう問うと、すみれは
「そうでござる。前はBLだったんだけど、この間見た作品で女の子同士の尊さにも目覚めて今やもっぱら百合絵描きでござる」
らしい…
正直この内容見てるとなんか少々むず痒いというか…何と言うか…
私が悶々としながら作業をしながら可奈美の方をチラ見すると、可奈美は慣れているのか何のためらいもなく淡々と作業を進めている。
おかしいのはどうやら私の方らしい…ことこの場に関しては、だが…
悶々と作業を小一時間程進めた後にすみれがうーんうーんと唸ってるって事に気が付いた。
「…どうしたの?」
私はおずおずと尋ねると、すみれは大きな声で
「描けん!!」
そう言って両腕を真上にあげる、お手上げのようだ。そんなことを思いながら作業を続けようとした時、すみれは勢いよくこちらを向いて
「可奈美!ナナ殿を押し倒せ!」
こいつは一体いきなり何を言うんだ。そう思いながら可奈美の方を見ると目と鼻の先に可奈美の顔があり、思わず仰け反ってしまったら、そのまま可奈美が私の両肩に手をかけてそのまま体重を掛けられ押し倒されてしまった。
「可奈美!?」
「よし、そのまま動くな!しばらくそのままね!」
そう言いながらすみれは原稿に筆を進めてゆく。しばらくはこのままじゃないといけないらしい…
正面を見るとそこには可奈美の顔が近くにあり、このポーズは先ほどまで見ていた原稿の内容をいやでも頭をよぎる。可奈美の顔はまだ幼さの残る顔にその綺麗な瞳に吸い込まれそうなほどで、その唇はみずみずしく柔らかそうでぷっくりとしている。私に覆いかぶさってるという構図上、首元の服の隙間からその豊満な胸が見え隠れするたびに胸がドキドキと鼓動が高鳴っていくのを感じる。
「か、可奈美…」
その時だった。
「ハイ、二人ともありがとう!作業に戻っていいよ」
そう言われると可奈美は何事もなかったように私から離れて自分の作業場へ戻ってゆく。私は身を起こしまだ高鳴る胸を押さえながら可奈美を見ると、彼女はこちらを見てニッコリと笑う。
そうこうしながらも時間は過ぎて夜遅くになってくると
「あ、私そろそろ帰らないと」
可奈美はそう言って帰り支度を始める。
それを見て私も帰り支度を始めようとしたときだった。
「ナナ殿は駄目でござるよ!」
「え?」
「ナナ殿はここに泊まりこみで徹夜でござる!」
「何だって!?」
「それ込みのお給金でござる!」
…これは私の落ち度…か?
最初に確認しておくべきだった。私はこれから一週間ここに泊まり込みなのか…
そう思いながら部屋を改めて眺めると本当にここで寝れるのかどうかが心配になってきた。
「それじゃあ、二人とも頑張ってね!」
可奈美は元気よく帰って行った。
んで、寝る暇などないという事に気が付いたのはそれからすぐの事だった…
「ね、眠い…」
時々意識が飛んでいたような気がするが、何とか意識を保ってる。
時間の感覚が曖昧になった頃に再び可奈美がやってくる。
「おじゃましまーす。…ナナちゃんすごい顔してるよ」
どうやら酷い顔をしてるらしい、まぁそれも納得できる程過酷ではあったが…
「ついでにダリルちゃんの様子も見て来たよ」
「ありがとう可奈美、面倒かけるわね」
どうやらダリルも元気らしい…私がここに缶詰めになるから可奈美が様子を見てくれる事になったのだった。
「しかし、ナナ殿はすごいでござるな!倒れたかと思ったら急に起き上がってもくもくと作業を続けて、不死身か!?と思ったよ」
「なんでこいつこんなに元気なの?」
私は素朴な疑問をつぶやくと
「原稿修羅場になると、リミッターが外れるみたいでずっとハイテンションなんだよね…かすみちゃんも少し引いてたかな?」
そうやって可奈美が疑問に答えてくれた。なるほどね。
「そういえば、可奈美。かすみは手伝わないの?」
「それね…前手伝わせたら大惨事になってしまって…」
なるほど、それで今回かすみは居ないのか…
もう、何日目だろうか…
度々気を失ってるような気がするが、気を失ってる間もどうやら原稿は進んでるらしい…私もこの極限状態で何かしらリミッターが外れてしまったのだろうか…
そんな事を思い始めた時に玄関の扉が開き
「ヤッホー原稿進んでる?」
部屋に入ってきたのはかすみだった。
「大変だろうと思って差し入れ持ってきたよ!」
そう言って彼女が差し出してきたのは栄養ドリンクだった。
「おぉ、助かるよ、かすみ殿!」
すみれはそれを受け取ると嬉々として一本飲み干す。可奈美もそれに続いて飲み干し、私もそれに続く形で飲み干す。…幾分か疲れがマシになったような……そんなわけあるか!
そんな即効性あったら劇薬だ。日本じゃ販売できないわよ…
「さぁ、ラストスパート頑張るよー!」
どうやら、ここからが最後のスパートらしい。日付を確認すると気が付いたらもう後1日だった。
「おわったぁー!!」
両手をあげて背を伸ばすすみれ。
私はと言うと机にうつぶせてもう動く気力もなかった。実際データ化にした後からは私の仕事は無かった訳だが、もはや動かなくなった体は石のようだった。
とにかくこれで終わった。不眠不休の七日間はなかなか大変だったが、これでようやく解放される…と思っていたのだが
「それじゃあナナさん、頒布日当日もよろしくお願いしますね!」
満面の笑みでそんなことを言われた。
「頒布日…当日?」
「はい!コミマ当日の売り子までお願いします!」
売り子?どうやらまだ私は解放されないらしい…
ひとまず一週間は休みをもらえる事になったので部屋に帰るなりソファーに横になる。
そうすると、あっという間に睡魔が襲ってきてそのまま眠りに落ちてしまった。
可奈美?
自分の部屋に可奈美がいる。
私は、身を起こそうとすると可奈美は私の両肩に手をかけて押し倒してくる。
これでは、まるで…
眼前に迫る可奈美の顔に心拍数が上昇するのを感じる。
「可奈美?どうしたの?」
押し倒された私の体は全く動かずただなすがままにされている。そうしていると可奈美は私の服を脱がしにかかる
「ちょっと…可奈美?」
抵抗できない私はあっという間に裸にされてしまう。そして可奈美は、私に馬乗りになる形で服を脱ぎ始める。
そうすると豊満な胸がこぼれる様に露になり、あっという間に一糸まとわぬ姿になる。その裸体は見惚れるほど美しく艶やかで、それを目にした私の心拍数はどんどん高くなり呼吸も荒くなってゆく。初めて見るわけでは無い可奈美の裸体の私は興奮していた。
そして可奈美は私に覆いかぶさる様にして今度はゆったりと私の顔をなめ始めて来た。
「可奈美…駄目…」
私の言葉も届かないのか可奈美は一心不乱になめてくる…まるで犬の様に…
ん…?
思い瞼をゆっくりと開くとそこにはダリルの顔が目の前にあった。
どうやら寝てる私の顔をなめてたらしい…今までそんな行動したことは無かったのだが…
まだ疲れの残る体を起こしあたりを見回すと当然のごとくそこに可奈美の姿は無かった。
私は左手で頭を抱えため息をこぼす。
…あんな夢を見るなんて…
今まで可奈美をそんな風に意識したことなどなかったが、今はどうやら違うらしい。可奈美の顔を思い出すだけで少し胸の鼓動が速くなるのを感じる。それどころか先ほどの夢の内容を思い出すだけで股間のあたりがムズムズし始めたりと、どうやら本格的に私はおかしくなったらしい。
全ては、あの原稿を見た時からだった。最初はこんな世界もあるんだな程度だったが、見ている内に知らず知らずのうちに影響を受けたらしい。そして止めの可奈美から押し倒される案件だった。なぜ彼女はあんなに躊躇いなく私を押し倒せたのだろうか?
まさか…彼女も…
そう思うとなんだかうれしくなってくる。もしそうだとしたら、私はどうするべきなんだろう?
すっかり眠気は飛んで行ったが、もやもやした気持ちだけが残ってしまった。
そんな悶々とした気持ちで一週間が過ぎ、それから数回の打ち合わせを重ねてあっという間にコミマ当日になった。大きな展示館を丸々貸し切って行われるこの大型即売会。私と可奈美は人の波にもまれながらすみれとかすみを探していた。
私はこの日は戦場だと聞いていたのだが…
「みんな、武器等持ってる様には見えないけど…」
「ナナちゃん、戦場って比喩表現だよ」
私の隣で可奈美が少しあきれた声を上げる。
当然私も比喩表現だとわかっていた。わかっていたが万が一と言うことも考えてしまったのでしっかりとM9を持ってきてしまった。これは、失敗だったな。参った。
「おーい、可奈美!それにナナ殿!こっちでござる!」
そう言って、手を振るすみれの姿とその隣で大きな荷物を持つかすみの姿があった。
「よかった無事に合流出来て」
「それは良かった。あながち戦場って表現も間違ってないわねこれ」
あたりの人間の中には妙に殺気立ってる人もいる。こいつらは一体?
「そうね、目的の物を絶対に手に入れるっていう強い意志を持つものが多いからね。その使命感故に興奮状態の人もいるでござる」
なるほどね。
そして目についたかすみの荷物について尋ねると、
「それは今日のナナ殿たちの衣装ですよ」
…衣装?
「ここからは私が説明します!」
そう言ってかすみが手を挙げる。
「ナナさんは初めてだろうからね!これはコスプレって言ってキャラクターになりきる為の衣装や道具なの」
「コスプレ?」
「そ、ナナさんにぴったりの衣装を用意したから心配はいらないよ」
一体何が心配いらないのだろうか、不安しかない
「まずは、コスプレの登録とカメラの登録をして更衣室に向かおう!」
そう言われて私は手を引かれながら連れていかれる事になった。
更衣室に入るとそこにはいろいろな人が着替えやメイクをしていた。
「じゃあ、ナナさんはこれ」
そう言って衣装とかつらと小道具を渡される。
その衣装は何処か軍服のような、でもなんか見た事無いデザインでどこかの軍服と言うわけではなさそうだが…
……いや、なんか見覚えあるぞ。そうだ!あの原稿の中で出て来たキャラクターがこんな服を着ていた。
他にも眼帯にダミーのナイフ。軍帽まである。
「着替え方はわかるよね。そんなに複雑に作ってないから」
「作ってない?これ、かすみが作ったの?」
「もちろん!これが私の趣味だからね!」
「かすみちゃんはコスプレ衣装とかお洋服作るのが上手なんだよ」
可奈美も衣装を受け取り着替えようとしていた。その姿から思わず目を背けてしまった。今はまずい!
「と、とにかくこれを着ればいいのね」
私はごまかす様に着替えを始める。
着替えを終えて、簡単なメイクを済まし、改めて鏡の前に立つ。
「我ながら完璧ね。まるで作品の中から飛び出してきたみたいなできだわ!」
そう自画自賛するかすみだった。確かに、私に似合ってるというか。まぁ、私の方が寄せて行ったというのが正しいのかな?
「わぁ、ナナちゃんよく似合ってるよ!」
そう言って話しかけてくる可奈美をみると彼女も着替えとメイクを済ませたようでいつもとは違う雰囲気に少々戸惑う。
……と言うか、可奈美のその衣装にも見覚えがあった。
その何と言うか、ミニスカートに学生服のようにも見えない事もない衣装……
…そうだ!あの原稿に登場してたもう一人の方だ!
と言うか、これじゃあ私と可奈美がえええええっ………
思わぬ状況に鼓動が早まり顔が熱くなってくる。
「…?ナナちゃんどうしたの顔が赤いよ?」
そう言って私の顔を覗き込んでくる彼女から思わず目を背けてしまい。
「だだだ、大丈夫!なんともないから!人の熱気で少し熱くなっただけだから」
「?そう?それならいいけど」
着替えを済ませた私たち三人はすみれの頒布スペースに到着する。
「おぉ、みんなお帰り!よく似合ってるね!」
そう言って頒布準備の済ませたすみれが迎えてくれた。
「それじゃあ、最初の方は売り子よろしく頼むね!可奈美殿!ナナ殿!」
即売会が開始され私と可奈美はスペースに二人残されて最初はすみれとかすみが周りを見て回ってくるらしい。
そして、この狭いスペースに私と可奈美が隣り合わせで、肩を並べて座っている。今までだったら何でもない事だったのに今は異様に意識してしまう。
笑顔で対応を続ける可奈美の横顔をぼーっと眺めていると
「す、すみません!新刊一部ください」
そう声を掛けられた。
「…あ?」
思わずそんな声をあげてしまった。
「新刊を…一部…ください」
「そう、確かえーっと500円ね」
お金を受け取り本を少々ぶっきらぼうに渡す。それを受け取った男は何やら嬉しそうにしている。
「?何?まだ何かあるの後ろつっかえてるんだけど?」
そう言うとその男は、うぉぉぉぉぉ!と雄たけびを上げて
「原作通りの塩対応!まるで本物のようだ!」
と急に大声で語り出す。
…なんだこいつ?
「あ、あの撮影所で写真良いですか?」
「…は?今は売り子で忙しいから無理なんだけど」
そういうと男はまた興奮した様子で、
「おぉ!完璧な対応!これは原作愛にあふれてますな!…っと今は本当に忙しそうなのでまた後で写真を撮らせてくださいね!」
男はそう言うと立ち去ってゆき後ろに並んでた次の男性が目の前に並び少々もじもじとした動きをしている。
「何?新刊?…もう少し背筋伸ばしてしゃっきりしたらどうなの男らしくない」
そう言うと今度の男性はハッとした表情を浮かべて
「今のは原作82話の主人公に向かって放った一言!うぅむ、拙者感激でござる!!…あ、新刊一部ください」
一体何なんだ?
そんなこんなしている内に気が付いたらあたりに人だかりが出来上がっていた。
それも私から罵られるのを待つ人間ばかり…
罵ったら生きててよかったなどと感涙を流すほどの人物まで現れる始末。…本当に何なんだこれは!?
「すごい、ナナちゃん大人気だね」
などとのんきな事を言う可奈美。私は正直それどころではなくなっていた。
「…お前らいい加減にしろよ!!」
たまらずそんな大声を上げると、大歓声が上がるのだった。
それからしばらくしてすみれとかすみが戻って来て売り子を交代することになり今度は私と可奈美が自由行動することになった。
まぁ、自由行動って言われても何をすればいいのかわからないので、人気が少なくてテーブルが用意されている休憩スペースで近くの自動販売機で買った飲み物をもって訪れて休憩にする。
可奈美は、少し見て回りたいと言ったので別行動をすることにした。
しかし…
「…疲れた」
色々と精神的に疲れた。相手する人間が全員が全員パワフルなので正直圧倒される。下手をすれば被検体の奴らより圧が強いのでは?と思うほどに強かった。
買って来た缶コーヒーを開けて口に運ぶ。
「…可奈美は私の事どう思ってるんだろうか?」
思わずそんな言葉が口からこぼれてしまった。でも、本当に彼女はどう思ってるだろうか?友達かな?
「私が、なんだって?」
突然可奈美に声を掛けられて思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
「かかか、可奈美!?」
「めずらしいね、ナナちゃんがそんな風に取り乱すのって」
まったく気が付かなかった。そんな彼女は何の気なしに私の顔を覗き込んでくる。それに恥ずかしくなり思わず顔をそむけてしまう。
「…ねぇ、ナナちゃん?最近私の事避けてない?」
「そんなことは無い!」
全力でそれを否定する。ただ、距離が近いのだ。
前はそんな事無かったのに一度意識し始めたらまったく制御が利かない。
「じゃあ、なんで目を背けるの?」
「それは………しいから」
私の言葉はほとんど声になってなかった。だから、
「なんだって?」
可奈美はそう聞き返してくる。私はたまらず。
「恥ずかしいから!」
大きな声で返してしまった。
すると可奈美は笑い出して
「恥ずかしかったんだ!…って何が?」
「顔が…近い事…とか」
「え?」
可奈美も思わず黙りこんでしまった。
なんとも言えない沈黙が二人の間を流れる。そして先に口を開いたのは可奈美だった。
「ナナちゃんにとって私ってさ、どういう存在なの?」
突然そんな事を言い出す可奈美。その目は真剣そのものであった。
「どういう存在って、……とっても大事な存在。可奈美こそ可奈美にとって私ってどんな存在なの?」
すると彼女は満面の笑みで
「とっても大事な存在だよ!」
そう言い切った。それがたまらなく嬉しかった。だからなのか私は思わず。
「…好き」
そんな言葉がこぼれていた。それにハッとして顔がどんどん熱くなっていくのを感じてると、可奈美も
「うん、大好き!」
そう返答してくれた。
「だってナナちゃんは家族も同然だもんね!」
…家族?
…………つまり、大好きはlike?loveではなく?
思わず笑いがこみ上げてくる。
「そうか、家族か…」
それも悪くないか、私は今は天涯孤独の身だし家族がどういうものかわからないけど…こういう事なんだろうな。
「……嫌…だった?」
おずおずと尋ねてくる可奈美に私は笑いながら
「最高にうれしいわよ、可奈美」
そう答えるのだった。
「いやー、今日は本当にご苦労様でした!ハイ、これ今日のお礼のお給金」
そう言って封筒に入ったお金を受け取る。これでようやく今回の仕事は終了だ。
「今回はなんだか売れ行きがとてもよくて久々の新刊完売でしたよ!今度もよろしくオナシャス!」
深々と頭を下げるすみれに私は気が向いたらと答えると、彼女はどうしてもお願いでござるよとせがんで来たので仕方なくわかったと口約束を結ぶ。
「楽しかったね!ナナちゃん!」
可奈美は本当に楽しそうだった。
「あ、そうだった。一応新刊みんなの分取っておいたんだった」
すみれはそう言いながら新刊を配る。皆がありがとうと言って受け取る中私は…再び悶々とし始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます