Dear No.7

「…疲れた」

私は仕事の疲れでフラフラになりながら部屋に帰り着き着の身着のままソファーに倒れ込む。

今日はいろいろとあって本当に疲れた。明日は可奈美と買い物に行く予定だから早く寝ないと………

……あぁ、もう駄目動けない



いつものカフェでいつもの席にて可奈美と談笑をする。

本当に他愛のない会話。

そんな中可奈美が突然聞いてくる。


「今、幸せ?」


私はその問いに答えられない。なぜだろう…

ぐらっと視界の歪むような感覚。あぁこれは…そうだ、夢だ。


よく見る夢だ。


私は席を立ちあがる。すると先ほどまでの風景とは一変する。見覚えのある風景。空は手の届きそうな位置にあり、心地よい風が頬をなでる。足元はきれいに切り揃えられた芝生に少し離れた所には青々と茂る木々も見える。

私はこの場所をよく知ってる。


「今、幸せ?」


突然かけられた声に私は振りむく。そこに立つのはいつも同じ。長い金髪に宝石のようにきれいな碧眼。あどけなさの残る顔立ちながらも女性らしいプロポーションの体は真っ白な衣装に包まれている。

私は思わず駆け出す。しかし、どんなに全力を出しても彼女の下にたどり着けない。そして、そんな事をしている内に彼女の体は血塗れになって崩れてゆく。


「待って!!」


私は叫び精一杯手を伸ばす。だがその手は彼女に届くことは無い。

そして、彼女の姿は完全に崩れ去り跡形もなくなる。

私は一人取り残されるのだ。



ドンッと背中に鈍い衝撃を受けて目を覚ます。

視界に広がるのは天井で、視界の隅に私が寝ていたベットがある。どうやら寝ぼけて落下したらしい。

背中をさすりながら身を起こし、その時ふとした違和感が襲う。


私は、いつベットに寝たのだろうか?


昨日は疲れ果ててソファーで寝たような気がしたが、いつの間にベットまで来たのだろうか。

そもそもこの部屋は、奥の方でトイレ以外で唯一区切られた個室であり、最近は本当にめんどくさくて入った覚えもほとんどないのに…

違和感はそれだけではない。

ゆっくりと立ち上がりベットの方を見ると見慣れない熊のぬいぐるみが置いてあった。

「これは一体?」

ぬいぐるみを手に取り色々と調べてみるが、どうやら何もしかけもないただのぬいぐるみらしい。こんなもの持っていただろうか?…いや持っていなかった。

そう言えば今日は可奈美と買い物に行く約束だったな。時間を確認しようとして腕時計を確認しようとしたが、あるはずの時計はそこにはなかった。おかしい、外した覚えもないのだが…

そこで気が付く自分の格好に、着の身着のまま気絶したはずの私は自分の格好はTシャツにジーンズのはずなのだが…

今自分が来てる服は可愛らしいピンク色のチェック柄の部屋着だった。

「…な…に…これ?」

自分の服のセンスとはかけ離れた服に動揺を隠せない。こんな可愛らしい服を私が着るわけがない恥ずかしい。恥ずかしくて死ぬ。

私は慌てて服を脱ぎベットに放り投げる。…そんなに慌てる必要はなかっただろうが、状況が状況だ。なんだか不気味に思えて来た。その時ふと枕元にスマホが置いてある事に気が付く。スマホを手に取り時刻を確認すると…


「…え?」


時刻は午前7時

可奈美との約束には余裕で間に合う…と、思った矢先に日付を見て驚愕する。


最後に見た日より一日進んでいる。


つまり、可奈美との約束した日にちは昨日であり、その昨日の記憶は何一つ無いということになる。

私は慌てて可奈美に電話をかける。数回の呼び出しで可奈美はすぐ出る。

『ナナちゃん?こんな朝早くにどうしたの?』

心なしか可奈美の声にはウキウキとした感情が聞き取れる。

「ごめん可奈美、昨日は…」

『あぁ、昨日は楽しかったね!ねぇ、今度会うときの約束覚えてるよね?』

約…束…?

「可奈美…約束って?」

『もーしらばっくれてもダメだよ。ちゃんと録音もしてるんだからね』

「録音!?」

『ナナちゃんが言い逃れできないようにって自分で録音勧めて来たんじゃない』

可奈美の言ってる事が何一つ理解できない。一体何が起こってるんだ?

『それじゃあ今日は私講義ギッシリだからもう切るね。準備しなきゃ、じゃあね』

「待って!可奈美!」

私の叫びはむなしく通話は切られてしまった…

一体何がどうなってるんだ。どうやら私はちゃんと昨日可奈美と会ってたらしいが…何一つ覚えていない。

約束?

ちょっと待って、私一体何を約束したんだ!?

こうしていても埒が明かない…私は個室を後にしていつものリビングに足を運ぶと…

「…何この違和感」

それはすぐに気が付いた。部屋が綺麗になってる。

食器の置きっぱなしになっていた流しは皿一枚も残さず洗われており、ほぼ年中洗濯ものの突っ込んである籠の中身は空っぽになり代わりにソファーの上に綺麗にたたんで置いてあった。

さらにそのソファーの横には見慣れない紙袋が置いてあり、それがちょっとした有名なブランドの服の紙袋であったので驚いて中身を確認すると、その中には可愛らしい真っ白なワンピースや他にもスカートだの、ブラウスだの私が普段着ないような服が詰まっていた。

不可思議すぎる現状に軽い眩暈に襲われる。なんなのだこれは一体何なのだ!?

思わずふらつき数歩後ずさるとそこにあったテーブルにぶつかってしまい大きな音を立ててしまう。

その音で寝ていたダリルが目を覚まし起き上がって歩き出したのだが…

いつもならすぐ寄ってくるのに今日は少し離れた所から私の様子を窺うようにじっとしてる。

「…ダリル?」

そう声をかけるとダリルは嬉々として私の下に駆け寄って来て頭を差し出してくる。私はしゃがみ込んでその頭をなでてやる。

しかし、ダリルのいつもと違う行動にも疑問を感じる。私が立ち上がるとダリルは離れていつもの定位置で待機を始める。

掃除とかなら可奈美がやってくれたと考える事もできるが、この新しい服やダリルの行動に不可解さを覚えつつ、テーブルの上に目をやるとそこには私のいつも使ってる腕時計が置いてあり、それを手に取りいつもの様に腕に巻きつける。それと同時に机の上に手紙が置いてある事に気が付く。

何か手掛かりではないかと思い私はそれに手を伸ばし確認すると驚愕して目を見開く。そして咄嗟に流しに置いてあった包丁を取り出しあたりを警戒する。私のただならぬ反応にダリルも警戒を厳にするが…

この部屋に誰か潜んでる感じはしない…窓から外をこっそりと窺い見てみるがそこにも人気は無い。

私はダリルに何でもない旨を伝えると、ダリルも警戒を解き再び待機を続ける。

包丁を元あった場所にしまい、改めて手紙に目を通す。そこに書いてあった文字は


『Dear No.7』


そう書いてあったのだ。この呼び名を知ってるのは今となっては可奈美位だが…可奈美ではない何故ならその手紙に送り主と思われる人物の名前が書いてあったからだ。

そう、そこに書いてあったのは…


『From No.12』


可奈美はNo.12の事を知らない。それどころか、知ってる人物の方が少ない。日本だと私くらいじゃないのだろうか?

後は前の会社の一部の人間が知ってるくらいで…

いたずらにしたってこれは気味が悪すぎる。誰か私たち被検体の事を知ってる人間の仕業になるが…

あの研究所の事を思い出すと、あの惨状を生き残って日本に私がいるって事を知ってる人物なんて…見当がつかない。

参った。

そして、手紙の内容は…


『Are you happy now?』


これは、夢なのか?

私は夢の続きをまだ見ているのか?




私は綺麗に畳まれた衣服に袖を通しダリルを連れて外に出ることにした。

あのまま、部屋にこもっていても仕方がない。今日は仕事も入っていなかったし、ダリルの散歩がてらに状況を整理することにした。

誰かがNo.12の名を騙り私に揺さぶりをかけてきている。

そうなると一体誰がそんなことをしているのかが検討が付かない。私の身辺にそのような人物がいないかどうかを調べて見たがその気すらなかった。

日常的に私を監視してる連中にも問いただして見たが、そんな人物に心当たりはなく最近接触したのは可奈美だけらしい。

それと昨日の事も聞いてみたが、どうやら昨日は可奈美と合流したところまでは観測してたらしいがその次の瞬間には姿をくらましたらしい。私の優秀さだここで裏目に出てしまった…

手がかりもなくどうしようもなくなった私は、いつもの大きな自然公園に足を運ぶとそこで最近知り合った人物と遭遇した。

まだ幼い男の子とそれにつきそう完全に場違いなメイド服に身を包んだ黒髪のショートカットの女性。飯嶋拓斗と紅と言う二人組だった。

「あ、ナナさんごきげんよう」

「本当にそんな挨拶するのはあんたくらいしか聞いたことないけど」

私のそんな発言も紅はにこやかに聞き流す。なんかいつも以上にニコニコしてる気がする。

「そんなにニコニコしてどうしたのよ気持ち悪い」

「それは…」

「駄目だよ紅!約束!」

「あぁ、そうでした。残念ながらお話することはできません」

「?」

何か二人だけの秘密なのか?とにかく上機嫌の理由は聞けないらしい。

「そんな事より変な質問をするけど、昨日私を見なかった?」

「いえ…」

「見てない!」

拓斗が全力で否定してきた。こいつ…何か知ってるな。

しかし、紅がいる前でこいつを問い詰める事は出来ない。確実に邪魔されるだろう。

仕方がないので日常的な会話からボロを出すのを誘うしかなさそうだ…

「所で、紅あんたなんでいつもメイド服を着てるのよ?」

「それはもちろん、メイドですから」

「今時どこの国でもそんな服着てる家政婦なんて存在しないわよ?」

「ここに存在してますが?」

私はため息をこぼす。

「それと、紅って本名はなんて言うのよ?」

「紅です」

「すごく偽名臭いんだけど?」

「紅です」

こいつ…

「それにその身のこなしの件なんだけどあんたってもしかして忍…」

「あーあーきこえない!」

紅は突然大きな声を出して私の発言をかき消す。

「…忍」

「あーあーあーあー」

ポンコツか?と言うか、こいつ忍者?まさか、冗談でしょ。自分で言っといてなんだけどそんなコミック的な忍者が実在するわけ…しかし、こいつの身のこなしはよく訓練されたもの、どこかでスカウトの訓練とか経験してそうだし…

そうしてしばらく会話を続けて見たが結局ボロを出さなかったどころか紅に対する疑問が増えてしまっただけだった…



日が傾きだし皆が帰路につき始めたころ私たちも部屋へ帰ってきた。ダリルは嬉々として寝床に走ってゆく。


わからない


まったくもって理解できない…

テーブルにつき、今朝発見した手紙を眺める。

「No.12…」

私は彼女の事を思い出す。

丁度あれから一年程になるのか…

海底にあったあの研究施設…私の幼少期を過ごしたそこに置き去りにしてきてしまった。

彼女は今もあそこに眠ってる筈だ。他のみんなと共に…

金髪に宝石のような綺麗な碧眼の少女

あれから頻繁に夢を見る様になった。彼女の夢を…

私は後悔しているのだろうか…あの時の判断を…

今でも鮮明に思い出せる。彼女の最後。私は高周波ブレードで切り付けた。拒絶したんだ彼女を…

彼女と共に世界を滅ぼすという選択肢もあった。主任が居なくなったこの世界で私は一体何を生きがいにして行けばよかったのだろう。そんなときに頭に浮かんだのは可奈美だった。

当時はまだほんの短い時間しか一緒に居なかった彼女だったが、彼女と共に過ごした時間は本当に穏やかなものだった。ずっとこんな時間が続けがいいなんて思えるほどには…

そんなことを思ったら体が勝手に動いてた。世界を滅ぼすより、主任を奪い去ったこの世界に復讐するよりも、私は可奈美の生きる世界を選んだ。

…可奈美だけじゃない

イーサンもアドンもサムスンも社長も…外に出てから私に関わってくれた人たちの生きる世界を選んだ。

だから私は今ここに居る。






…気が付いたら寝てしまっていたらしい

椅子に座りながら寝た割には体は軽い、両腕を頭上に伸ばし背筋をピンとさせる。

それなりに眠っていたらしく日はすっかり落ちてあたりは真っ暗になっていた。部屋の明かりを点け再びテーブルに向かって椅子に着席する。

半開きの目でテーブルの上を見ると、眠気が吹っ飛ぶような光景が飛び込んで来た。

そこには今朝の手紙の他にもう一つ新しい手紙が置いてあった。

新しい手紙にも『Dear No.7 From No.12』の文字が書いてあった。

眠っていたとは言え私にまったく気が付かれずに手紙を置くことなど可能なのだろうか…

いや、私が気が付かなくてもダリルが気が付くはずだ。これは一体?

手紙を開き中身を確認する。


『Please keep your promise』


…約束?

約束とは?

頭を捻り考えていると一つ思い出したことがある。

可奈美との約束

私は一体何の約束をしたのだろうか?

スマホを取り出し、メッセージアプリで可奈美に明日会えないかどうかを尋ねると、少したってから返信が来た。

『じゃあ、明日夕方にいつものカフェで会おう!約束忘れないでね!』

と返信が来た。

正体のわからないNo.12は約束を守れと言って来た。

そして覚えのない可奈美との約束…

思い出せないがこれでハッキリする筈…そう、明日になれば…



日が昇り再び傾いてきた頃私は部屋を出る。

今日これでハッキリする。一昨日の私の行動のすべてが…

少し緊張した面持ちで私はいつもの席で待っていると可奈美が少し膨れっ面でやってきた。

「…か、可奈美?」

「やっぱり約束守らなかった」

「や、約束って」

そう尋ねると彼女はスマホを取り出し録音していた音声を再生させる。

『じゃあ、今度会うときもその服着て来てくれるんだよね』

可奈美の声だそして次の瞬間自分の耳を疑う。

『もちろん、約束を忘れて来た場合一日可奈美の言う事何でも聞くわ』

間違いなく自分の声だった。

「…なん…だと…」

まったく記憶にないのにそこには完全に私の声で約束した内容が記録されていた。

あまりの出来事に絶句する。あり得るのかこんな事…

確かに前情報では可奈美と会ってたのは確かだったが、いざ目の当たりにすると混乱する。

「……ちなみに約束のその服って言うのは?」

可奈美はスマホを操作して一枚の写真を見せてくる。私はその写真を見て顔が熱くなっていくのを実感した。

その写真に写っていたのは、部屋にあった見慣れないあの服…真っ白の可愛らしいワンピースを身にまとい満面の笑みで写ってる私の姿だった…

顔から火が吹き出そうなくらい恥ずかしい。正直私はこんな服を着るくらいなら裸の方がマシだなんて思っていたのだが、実際着てる。

「勘弁してよ…」

思わず小言がこぼれる。

「ねぇ可奈美。一昨日何があったのか話してくれない?」

「…しょうがないなぁ」



--------



あの日のナナちゃんは少し変だったかな?


約束の時間待ち合わせ場所に着いたら既にナナちゃんはそこに居た。

「ナナちゃーん」

そう言って手を振るとナナちゃんはあたりを少し見回して私を見つけた様でこちらに小さく手を振ってくる。

「ごめんね待った?」

「ううん、全然待ってないよ。あなたが可奈美ちゃん?」

「???そうだよ。何言ってるのナナちゃん?」

「ちょっとした冗談だよ」

そう言ってナナちゃんは微笑んで行こうと促してくれた。

まずは、ナナちゃんからの提案で服を見に行くことになったの。

それで足を運んだのが駅ビルの中にあるお店だった。

「ねぇねぇ、可奈美ちゃんこれ可愛いと思わない?」

見せて来たものは可愛らしい白いワンピースだった。私は少し戸惑いながらも似合うよと褒めたわ。

「め、珍しいねそんな服を選ぶなんて」

「んーそうかしら?」

そう言いながらもナナちゃんは服から目を離さず次々にこれはどう?これはどう?と聞いてくる。

私は、その問いにいい感じ、可愛いよと全部答えながら質問を続ける。

「何かあったの?」

「別に…強いて言えば昨日ちょっと疲れたくらいかしら」

昨日何かあったのだろうかと考えていたらナナちゃんは両手に持った服を会計してくるねと言ってウキウキしながら歩いて行ったのでえ?っと思ってちょっと待ってと言ったら、

「お金はあるから大丈夫よ」

と言ってウィンクまでしてレジに向かっていった。

一体どうしてしまったんだろうってその時は思ったね。そして、買ったワンピースはすぐに着ると言って着替えまで済ましてきたんだよ。

それで次はたまたま通りかかったおもちゃ屋さんで足をとめてね、ナナちゃんは店内に見えるぬいぐるみに興味持ったらしく私を連れてそのお店に入店したの。

そしたらそのぬいぐるみの中から一体の熊のぬいぐるみを手に取って。

「これ可愛いと思わない?」

そう言って私に見せて来たんだ。

「こういうの私大好きでね、本当は部屋いっぱいにこういったもの置きたいんだけどなぁ」

と、あまりにもいつもとかけ離れた事言うから私はついつい心配になって

「大丈夫?昨日の疲れがまだ残ってるんじゃないの」

って尋ねたんだけど、ナナちゃんは大丈夫大丈夫と言うばかりだった。

それからナナちゃんは買った熊のぬいぐるみを大事そうに抱えて歩き出したよ。

ナナちゃん身長が小さいから周りから可愛らしい子供扱いされてたんだけど、嫌がる素振りも見せずにこやかにしてたなぁ

…あの時のナナちゃん本当に可愛かった。

そうやって少し歩いてると、拓斗君と紅さんに出会ったんだ。向こうもちょっとした買い物の途中だったらしいけど、紅さんがごきげんようって挨拶をしてきたら。ナナちゃんは、

「そんな挨拶本の中でしか聞いたことなかったわ」

と言ってニコニコ笑ってたよ。それから少し話して何か拓斗君と約束事をして別れたんだ。

それからは、買い物を済ませた私たちはゲームセンターとか遊園地とか結構いろんなところをまわったよ。

それで、日が暮れ始めた時に山沿いの展望台に行って街の夜景を眺めてそこでお開きになったんだ。



--------



頭を抱える。嘘でしょ。冗談でしょ。私確かにその前日は疲労困憊でぶっ倒れてから記憶がないが、まさかこんな事になるなんて…

私が、あんな格好をして街を歩き回っただなんて…あぁ、だから可奈美も紅も次の日心なしかウキウキ気分だったのは、私の恥ずかしい姿を目の当たりにしてたからだなんて…

「…ごめん、現実を受け止めきれない…帰る」

私はそう言って席を立った。

「ナナちゃん大丈夫?気を付けてね」

心配する可奈美に手を挙げて答えると私は店を後にした。



部屋に帰ってくるなりソファーの上に寝転がる。あぁ、失態だ。これからは疲れ果てないように仕事の調整も視野に入れなきゃならない。ふと足元を見ると、その時買ったという服が紙袋のままそこに置かれていた。

私はその中から白いワンピースを取り出しそれを前に持って鏡の前に立つ。

…あぁ、自分でもみるみるうちに顔が赤くなってゆくのがわかる。ワンピースを乱暴に紙袋の中に叩き込むと私は再びソファーに横になった。






今、幸せ?



いつもの様に彼女は問いかけてくる。

私は答えられない、ただ彼女に向かって駆け出して行く。

今度こそと手を伸ばす。崩れ去る彼女にまた一歩届かない。いつもならそこで終わりだった。


「そうやって手を伸ばしてどうするの?」


彼女はそう尋ねて来た。

「どうするって…」

私は言葉に詰まる。

「私を拒絶したのに何で手を伸ばすの?」

「…それは」

助けたいから、でもその言葉は口を出てこない。

「ちょっと意地悪だったかな?」

急に視界が明るくなる。目の前に居るのは血塗れの彼女ではなく、幼い姿の彼女。

「私はここに居るよ」

彼女はそう言って両手を広げる。私はその傍まで歩いて行く。

しゃがみ込んでその小さい手を取ると彼女は

「もう苦しまなくていいんだよ」

冷たい雫が頬を伝う。それを彼女が優しくぬぐってくれて、優しく抱きしめてくれる。

「ずっとここに居るから」



目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。身を起こすと私の胸の上から何かが落ちる。

それを拾い上げてみると

『Dear No.7 From No.12』

これで三通目そして内容は

『Don't worry.I'm here』

そう書かれていた。



--------



ナナちゃんが席を立って帰って行くのを見届けると私は出された紅茶に口をつけてふぅっと一息をつく。

実はもう少しだけ続きがあったんだ。

展望台にたどり着いた彼女は目を輝かせながら夜景を食い入るように見ていた。

「これがNo.7の守りたかった世界か…」

私はその言葉を聞いて確信した。

「やっぱり、あなたはナナちゃんじゃないんだね」

そう問いただすと彼女は振り返りにこやかに「ええ」と答える。

「ナナちゃんにお姉ちゃんが居たなんて知らなかったな」

その発言に彼女は笑い出す。

「私がセブンのお姉ちゃん?」

「違うの?」

「違うよ」

「私はNo.12。No.7と同じ被検体仲間」

「被検体」

「…でもね、たぶん私は本物じゃない」

そう言う彼女の表情は浮かない。どこか寂しそうに感じる。

「どういう意味?」

彼女はしばらく考えた後に口を開く

「…たぶんね、私はNo.7の罪悪感が生み出した疑似人格みたいなものだと思うの。だって、今の私はNo.7と一緒に居た時の事しか思い出せないんだもの。だから、今の私は彼女の記憶から彼女が作り上げたアルターエゴ…」

彼女は続ける。

「私は、彼女が取り戻したかった。こうであってほしかったと言う願いから生まれた存在なの」

「そんな…」

私は言葉に詰まる。

「そんな顔しないで、可奈美ちゃん。これでも今私は幸せなんだよ」

「え?」

「だってこうやってNo.7の守りたかった世界を目にできてるんだもの。私はそれを奪おうとしていたんだ。本当は私は憎まれるべき存在なんだよ」

「そんなの…そんなの悲しすぎます」

わたしは思わず声を上げる。

「ナナちゃんは憎んでなんかいないです!憎んでたらあなたは存在しないはずじゃないですか!」

「…そうね」

「その代わりセブンを苦しめてたんだ私はね」

私は決意したように顔を上げる。

「それじゃあ、私とお友達になってください!」

その提案は意外だったのか彼女はキョトンとした表情を浮かべる。

「ううん、なってくださいじゃない。もうすでにお友達だよ!」

私はそう言い切る。

「だって、今日一日一緒に遊んだじゃない!楽しんだじゃない!だから、私たちはもうお友達!友達を憎むことなんてできないよ」

そこまで言うと彼女は大笑いを始める。

「あなたって本当に面白い子なのね。セブンが固執する理由もなんとなくわかる気がするわ。だって、あなたのそばって居心地が良いのだもの」

彼女の表情が和らいでくのがわかる。

「そうだ、それじゃああなたにプレゼントするわ。約束事、次ナナちゃんがあなたと会うときにこの服を着せて見せるわ」

「へ?どうやって?」

そうやって彼女は私のスマホでボイス録音の準備をする。

「これで録音するの」

そう言って、彼女は録音を開始する。そして目で促してくる。

「じゃあ、今度会うときもその服着て来てくれるんだよね」

私はそう言うと

「もちろん、約束を忘れて来た場合一日可奈美の言う事何でも聞くわ」

そう言って録音を終了する。

「ねね、今のセブンに似てなかった?」

「うん!似てた似てた!」

「まぁ、体は本人の物だから当然よね」

「そうだ!写真も撮っておきましょうよ!」

彼女は嬉々として少し距離を置き私がスマホのカメラを構えるのを待つ。

「さ、早く」

私は促されるままに写真を撮る。そこに写る彼女は本当に楽しそうだった。

ひとしきり写真を撮ると、彼女は近づいてきて。

「今日の事セブンには話しても良いけど、私の事は内緒にしてね」

「どうして?」

「彼女を驚かせたいから、友達との約束よ!」

そう言って、その日は彼女と別れたのだった。



--------



「あー、恥ずかしくて死にそう…」

私は、可奈美との約束不履行で今日一日何でも可奈美の言う事を聞くという事となり可奈美の部屋で着せ替え人形にされていた。

「じゃあ、今度はこれも着てみよう」

そう言って見せられたのはなんだかフリフリがたくさんついた可愛らしい服だった。

そして着替えるたびに何枚も写真を撮られそのたびに私の体力が奪われてゆく…

どうも腑に落ちないが仕方ない、私は笑顔でシャッターを切る彼女に逆らわずただひたすらに身を任せるのだった。

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