ナナと幽霊屋敷とメイド
「出るって噂聞いた?」
いつも通り大学のラウンジですみれちゃんとかすみちゃんと一緒にお昼を食べていたら、かすみちゃんが急にそんなことを言い出した。
「出るって…何がさ?」
すみれちゃんが聞き返すと、かすみちゃんは目の前で手をだらんと垂れ下げて
「…幽霊」
すみれちゃんはそれを聞いた途端口に含んでたジュースを吹き出し大笑いを始める。
「あぁ!ジュース吹き出すな!ティッシュティッシュ!」
そう言って慌てるかすみちゃんに私はポケットティッシュを渡すとありがとうと言って受け取る。
「すみれちゃん、あんまり笑うと失礼だよ?」
「だってwwだって幽霊だってwwwwかすみはそんなの信じてるんだwwww」
笑うのが止まらないすみれちゃんを尻目に私はかすみちゃんに話の続きを促す。
「うん、山の上の古屋敷に出るって噂を聞いてね」
「山の上の古屋敷?それってあの道路から少し見えてる大きなお屋敷の事?」
山間を走る道路から木々の間に見える大屋敷、このあたりじゃ有名な建物である。度々話題が出るが幽霊が出るって話は初めて聞いた。
今まではかつての富豪の別荘だの、実は地下に大きな金庫があって戦前の国の隠し資産があるだの、なんかお金がらみの噂だったけど…
「それで?その幽霊がどしたのさ?」
ようやく笑いのツボから抜け出せたのかすみれちゃんが改めて聞いてくる。
「うん、誰も居ないはずの屋敷に明かりが点いてたんだって」
「…それで?」
そこで会話が途切れる。
「それだけ!?」
思わず大声を上げるすみれちゃんにかすみちゃんはうんと短く答える。
「それじゃあ、幽霊かどうかなんてわからないじゃない!たまたまその日は人が居ただけとかさぁ」
「でもぉ、幽霊いるって考えた方が面白そうじゃない?」
すみれちゃんはハァと深いため息をこぼす。
「それで、もしかしてそこに行こうなんて言うんじゃないでしょうね」
「もちろん行こうよ二人とも!最近暑くなってきたし、肝試ししよう」
「あの、そこって人の所有地なんじゃ?」
と私がそんなことを言うとかすみちゃんは目を細めて
「そんなこと言って可奈美は怖いんだぁ…」
さらに顔を近づけて来て小声で
「…それにバレなきゃ大丈夫でしょ」
私も思わず深くため息をつく。
「それじゃ決まりね!今日の夜9時に屋敷の前に集合ね!」
かすみちゃんはこうなるともう言う事を聞かないので私たちはしょうがなく付き合うことにした。
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「幽霊?」
私は、依頼者との打ち合わせでアンティーク調のおしゃれなカフェに来てそこで依頼内容を聞いていたのだが、依頼者の口からはそんな言葉が飛び出していた。
「まぁ、あくまでも噂です。正直困ってるんですよ…一応あの建物はウチの管理でして、そう言った噂を信じた学生とか子供たちが勝手に入り込んでるらしいのです。…老朽化も進んで危険なので立ち入り禁止にはしてるのですが…」
「守られないと」
依頼主はハイと言って困ったという表情を浮かべる。
「それで、私に依頼したい事って言うのは?」
「ハイ、それは屋敷の現状調査と勝手に上がり込んでいる人たちがいないか調べて欲しいのです」
「そう言うのってもっと適切な依頼場所があるんじゃない?警察とか?」
そう言うと依頼主はハハハと愛想笑いをして
「実はここに来るまでにもいろんな方々に依頼してきたのですがすべて断られてまして…あなたが最後の望みです!どうかお引き受け願えませんか?」
直感では、この依頼主の男は何か隠し事をしている気がするが…とは言え、提示額も悪く無く何よりこの仕事初めてようやく来たまともな仕事のような気がする。
今までは猫を探してほしいだとか、家にできたスズメバチの巣を駆除してほしいだとか…そんな依頼ばかりで儲けも少なかったから、正直今回の依頼と提示金は魅力的だった。
私は少し考えた後に
「分かった引き受けるわ」
そう言うと依頼主は表情を明るくして、
「そうですか!それは良かった!それでは早速今晩お願いします」
「結構急ぐのね」
「善は急げです。けが人とかが出る前に屋敷の安全確保とかをしておきたいので」
…なんか引っかかるんだよなぁ
そんな後ろ髪を引かれるような思いで仕事を引き受ける事にした。
さて、一通りの準備を済ませて目的地まで借りた車を走らせるとその通り道で見慣れた顔を見つける。
私は車の速度を緩めて運転席側の窓を開けて彼女に呼びかける。
「可奈美?そんな所で何してるの?」
「ナナちゃん!?」
声をかけると可奈美は少し慌てた様子で私の方を振り返る。
「ナナちゃんこそこんな所で何してるの?」
「私?私は仕事よ」
「あー仕事かぁ…そうかぁ…」
可奈美は目線を逸らしながら何か隠し事をしようとしてる。
「何?私に隠し事?可奈美らしくない」
そう言うと可奈美は観念したらしく事の顛末を私に話してくれた。
「…つまり?肝試しをしようとしたって事?」
「…はい」
私は可奈美を助手席に乗せて車を走らせ始めた。
「それでこの先で友達が待ってるのね」
「…ごめんなさい」
思わずため息がこぼれる。可奈美は悪い子ではないのだが、友達とかに押し切られると断れない性格でもあるからこういったトラブルには巻き込まれやすい。
しばらく車を走らせると簡単なバリケードが置かれていてそこには『ここから先私有地により立ち入り禁止』の看板が立っていた。これ以上は車で行けないらしい。
私は車から降りて、荷物からライトを取り出し
「可奈美はここで待ってなさい」
「え?私も行く!友達が待ってるもん」
私は思わず頭を抱える。さてどうしたものか…あたりは十分暗くなってきてるし。置いて行った所でついてきかねないし…
思案を巡らせる。その結果…
「わかったわ、でもその代わり私から離れないでね」
今回の依頼は立ち退き勧告のようなものだし、他に人が居ても別に構わないだろう。と言うか、見つけた端から連れまわす気でいたんだけど…勧告だけしてもどうせ歩き回るだろうし、だったら手の届く所に置いておいた方がコントロールしやすいと思ったのだ。
バリケードを超えて先に進むと、今度は大きな門が目に入ってきた。鉄柵でできたそれは植物が絡まり所々錆びており、長い間手入れがされて無い事を物語っていた。
その門の手前に二人の人影を発見する。おそらく彼女たちが可奈美の友達だろう。
「お、可奈美ちゃーんやっと来たね遅いよ」
そう言って一人の女性が手を振る。その女性には見覚えがあった。確か、反サイボーグ運動の時の…
「二人ともゴメン遅くなっちゃって」
「まぁ良いよ、そんなに時間は経ってないし…それよりもそっちの人は?」
見慣れないほうの女性から私の事を尋ねられた可奈美は少し動揺する。
「あー!この間の!」
と、見覚えのある女性の方が声をあげて私に寄って来て手を握る。
「あの時の言葉に感動して私あなたみたいな人に憧れる様になったんです!」
私に…憧れる?
「いや、それはやめたほうが良い」
思わずそんな言葉が零れ落ちた。
「ちょいちょい、盛り上がるの良いけど私だけ置いてけぼりは気に入らんのぅ」
それに慌てて可奈美が互いの紹介をする。
すみれとかすみと言うらしい彼女たちが可奈美を肝試しに誘った友達らしい。
「あぁ、ナナさんって言うんだぁ」
かすみは私の名前を噛み締める様につぶやく。
私もここに来た理由を説明して一応帰るよう促したのだが…
可奈美がよくて私たちがダメな理由がわからないと言って拒否された。できれば可奈美も折れてここで帰って欲しかったのだが…まぁ仕方ない。
今回の仕事は言うほど危険はなさそうだし。連れて行っても問題は無いか…屋敷内では私が先導して危険がないかを確認して歩いて回れば良いし。
そう思って私はさらに二人を追加してこの錆びた門をくぐることにした。
屋敷までは背の高い雑草が鬱蒼と茂る道をかき分ける様に進む。しかし、この道最近誰か踏み込んだ形跡がある。やはり肝試しと言って訪れる連中が居るのだろう。
後ろをついて歩いてくる彼女たちみたいに…
「うへぇ…虫とかついてない?」
「虫ごときでうろたえないでよかすみ、可奈美チョコ食べる?」
「あ、貰う…ありがとう」
とてもお気楽な会話が聞こえてくる。
「それにしてもまだつかないのぉー?」
かすみは文句を垂れている。彼女が言い出しっぺと聞いたのだが…
ワイワイ賑やかなまましばらく雑草をかき分けて進むと、開けた所に出る。
そこは、屋敷の玄関前の広場で枯れた噴水を取り囲むように通路があり左右には荒れ果てた花壇がある。そしてその道の先に見えるのが大きな屋敷。洋式のその建物は所々壁がはがれてたり。蔦が張ってたりと荒れ放題で長い間人が立ち入っていなかったことが窺える。
「うわぁーおっきいねぇー」
「金持ちの家って感じだねー…ボロボロだけど」
「いかにもお化けが出そうって感じがするわね…」
と感想をそれぞれ口々にする。
前もって聞いてた話だと戦後に建てられた洋館と聞いているが…
しかし、これは…
玄関に近づき扉を調べる。ドアノブには無数の手跡が残っておりここに最近人が立ち入った形跡が残っていた。
「ほんと、みんな物好きよね」
何を好き好んでこんな廃墟に足を踏み入れるのだろうか?
「わくわくするねぇ」
のんきなかすみを尻目に私はゆっくりと玄関を開けて中に踏み入る。
真っ暗の玄関ホールをライトで照らすとそこは開けており正面には二階に上がる大きな階段があり吹き抜けになったホールからは二階の様子も少々窺うことができ左右に廊下が広がっているらしい。さらに頭上に目をやると巨大なシャンデリアが目に入る。それは電気式のようでホールを見渡しスイッチを探し見つけて弄ってみるが反応がない。
「やはり、電気は来てないわね」
「まぁ、当然だよねぇ…」
私と可奈美がそんな事してると、
「ねぇみんなこっち来てよ」
そう言って離れた所からかすみの呼ぶ声がする。勝手に行動するなと言ったのに…
「私勝手に行動するなって言ったよね…」
かすみの下に来るなり違和感を覚える。足元には埃の積もった床に無数の足跡が残ってるのだが…
その中にやたら新しい足跡があった。数日前とかではなくついさっきと言った感じの新しさだ。
「あれ何?」
足元ばかりに気が言ってた私はその言葉で正面を見上げライトで照らす。そこには真っ赤な文字で『立ち去れ』と書いてあった。
「まさか血とかじゃないよね」
そう言って悲鳴を上げる三人、楽しそうだ。
「そんなわけないでしょ、ただのペンキじゃない」
ここまで塗料の匂いが漂ってくる。どうも最近書かれたものらしいが、これじゃ大家はお怒りになるだろうな。こういうのって器物損壊罪になるんだっけ?犯人を捕まえたらボーナス出ないかしら?まぁ、犯人が誰かなんて知る由もないのだが…
改めてこの部屋を見渡してみる。長い机にその周りを取り囲むように椅子が配置されている。机の上には燭台がありまだ蝋燭が残っていたので持っていたライターで灯りを点けてゆく。
「蝋燭の明かりだけだとなんかホラー感でるねぇ」
「お気楽ね、たぶんだけど私たち以外にも誰かいるわよこの屋敷」
私の発言に三人の顔が凍り付く。
「わ、私たちみたいに肝試しに来たのかな?」
可奈美がそう言うと、ほかの二人もきっとそうだと頷く。
「だと良いけど…こういう場所はならず者の潜伏場所にされやすかったりするのよね…もしかしたら指名手配の殺人犯とかが隠れててそれが幽霊の噂の出所だったり…」
私がそう言うと三人はみるみるうちに怯えた顔をしてゆく。脅かし過ぎたか?
「…いま、扉が勝手にしまった様な」
かすみの発言に力強く頷く二人。私は振り返ると確かにそこには扉があり閉まっている。さっきまで開いていたかどうかは覚えていないが…
私はその扉に近づきゆっくりと扉を開ける。扉の向こう側は厨房らしく様々な調理用具が放置されたままになっている。この部屋も暗く死角が多いが、人の気配はしない。
「誰も居ないわよ、ただ扉の立て付けが悪いだけじゃない?」
その発言が余計に三人を怯えさせたのかまたキャーキャー言いだしてしまった。…と言うか、怖がってるというより楽しんでないかこいつら…
とにかくここにはこれ以上何もなさそうなので私たちは玄関ホールに戻り、反対側を調べて見たがそちらは朽ち方が激しくとても立ち入れない状態だった。
「こっちは駄目ね床板が抜けたり壁が崩れたりしてる危険だわ」
「でも誰かこっちに行ったりとかしてないのかな?」
確かに…この状態を見て足を踏み入れるのは馬鹿の所業だが、絶対に居ないという保証もないどうしたものか…
じっくりとその廊下を見渡してみるが、最近人が立ち入った様子は見られない。
「たぶん、誰も居ない…と思う」
しょうがないわよね。こんなお荷物抱えてたら危険な場所には踏み込めないわよ。
仕方がないので今度は二階に上がってみることにした。大きな階段は木製で一歩踏むごとにキィと軋み声をあげる。抜けることは無いと思うが用心することに越したことは無い。
二階に上がると吹き抜けを中心にキャットウォークのような通路がありホールを一周できるようになっていた。
玄関から見て左側、方角的には東側の棟に足を踏み入れる。こちらも灯りは無く暗い廊下がどこまでも続いていた。
ゆっくりと足を進める。
ふと…足元を見る。するとそこには暗がりでよく見えないがワイヤーが張ってあり…
「しまッ…」
咄嗟にその場から離れるが何もおきない。…いや、何か音がした気がする。
これは…鳴子だ。
「どうしたの?」
私が急に飛びのいたのを見て可奈美達がビックリした様子で私の方を見ていた。
「いや…」
どう伝えたものか…そう思案していると私の手に持っていたライトが割れて突然暗くなる。
「!?」
「キャッ」
「何?何が起こったの?」
突然の出来事に騒然とする三人。私は暗闇にたいして目を凝らす。すると、何かが暗闇の中を飛んでくるような風切り音が聞こえる!咄嗟に左腕と左足でガードすると左下腕に二本と左ひざに一本何かが突き刺さる。それを引き抜いて確認するとそれは細長い刃物のようなもので、見覚えがあった。
「…クナイ?」
「ナナちゃんどうしたの?」
「可奈美、事情が変わったわここに居たら危険よ」
「どういう…」
可奈美がその言葉を言い終わる前に私は彼女を突き飛ばした。すると先ほどまで可奈美の頭があった場所をクナイが通り過ぎ、後ろで雑談していた二人の間の柱に突き刺さり全員が絶句する。
「逃げて!」
私の掛け声に三人は来た道を引き返し駆け出して行く。
「あ、足元に気を付けて!!」
聞こえたかどうかわからないけど彼女たちは見えなくなった。
私は再び闇の中を睨みつける。姿は見えないが何かがいる。それだけは確かだ。
ゆっくりと歩みを進めると再びクナイが飛んでくる。私は先ほど飛んできたクナイで飛んできたそれを切り払い打ち落とす。
埒が明かない
そう思い私は廊下を駆け出して行く。その最中認識阻害の能力を使う。どこにいるかわからないが範囲は2mで範囲に入れば確実に動揺するはずなのでそれに期待して走る。すると、突然息をのむ声が聞こえた。私は足を止め目を凝らす。するとそこに微かに人影が見える。私はその人物の懐に飛び込み認識阻害の能力を解除すると
「!!」
人影は突然の出来事に動揺して飛びのく。その身のこなしは常人では考えられないほど鮮やかで何か訓練された人間の様に思える。そうしてる内にも敵は再び闇の中に身を潜めようと駆け出して行く。それをみすみす見逃すわけには行かず私は瞬間移動をしてその先回りをした。
それに敵は完全に動揺したらしく足が止まる。私はそばにあったキャビネットの上の燭台に火を灯す。
するとそこに浮かび上がった人物像は黒いショートカットの髪にメイド服姿の女性だった。
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「もぉ!一体何なの!?ここ何処!?」
大声を上げるかすみちゃんに私は落ち着くように促す。
確かに慌てて来た道を引き返してきたけど、今度は明かりもなく適当に走ってきた為現在地を見失っていた。
「可奈美殿一体何が起こったのか説明してほしいのだけれど…」
すみれちゃんにそう問われるけど…
「ゴメン私にもよくわからにけど、何かあったみたい」
私も状況は良く理解してないけど、暗闇から何かが飛んできた事だけはわかった。
「確かに何か飛んできたような気がしたけど…何だったの?」
「わからない、ただナナちゃんは危ないから離れててって言ってた」
「そうだ!ナナさんは!?」
そう言えば、ナナちゃんの姿が見えない。咄嗟に駆けだしたせいではぐれてしまったようだ。
「とにかくこう暗いと何も見えな…ヒャッ!」
突然悲鳴を上げるかすみちゃんに私たちはどうしたのと尋ねる。
「な、何でもない、蜘蛛の巣に引っかかっちゃったみたい」
その答えに私たちはホッと胸をなでおろし現状を確認する。
「暗いと危ないから誰か灯り持ってない?」
そう言ってみたが二人とも反応がない。
「え?かすみちゃん無いの?」
「え?持ってきてないけど…」
「何故?言い出しっぺはかすみでしょうに」
「持ってきてないものはしょうがないでしょ!?可奈美はさっきまで持ってなかった?」
「ごめん、どさくさで落っことしちゃったみたい」
「そっかぁ、すみれは?」
「うーんと、サイリウムならあるよ」
何故に?
すみれちゃんは、リュックからサイリウムを取り出すと折ってそれを発光させる。すると真っ暗だった所がほんのりと明るくなる。
その周りを目を凝らしてみると窓は板で打ち付けられており外の明かりが入ってこないようになっており、埃っぽい廊下は何処までも暗闇が続いていた。近くにキャビネットがありその上にまだ蝋燭の残ってる燭台があったので、誰かライターか何か持ってないか訊ねると二人とも持ってないと答えた。
「煙草も吸わないのにライターなんて持ち歩かないでしょ」
「ナナちゃんの準備がよかっただけかぁ…」
「こうしていても埒があきませんので探してみませんか?これだけ広い建物でこんなにたくさん蝋燭があるのなら火をつける道具くらいあるのでは?」
「そうね、…そうだ!食堂に行けばさっきつけた蝋燭がまだあるんじゃない?」
「…それができるのなら外に出れてますよかすみ」
あっと声をこぼしかすみちゃんは黙ってしまう。
仕方がないので私たちは近くの扉を開けて部屋の中に入ってみることにした。そこは、寝室のようで大きな洋式のベットが部屋の真ん中に鎮座しており部屋の隅に鏡台やクローゼットがあった。
「すっご…、こんなベット高いんじゃないかな?」
「高いでしょうよ…でも今は埃まみれでとてもじゃないけど寝る気はしませんな」
私は鏡台に近づき引き出しをいくつ開けてみるが、何も入っていない。当然と言えば当然であるが…
「可奈美ーこっち来てくれたも」
すみれちゃんが呼んでいるのでそちらに向かうと、
「これは使えんじゃろかい?」
そう言って取り出したのはマッチ箱だった。少し埃っぽいけど中身もまだ数本残っているので何とかなりそうだった。
「うん、大丈夫じゃないかな?」
そう言って私たちは再び廊下に出て燭台の下に戻ってきた。
「で?マッチってどうやってつけるぞなもし?」
「確かこの先端部分を箱の側面のやすりみたいな所にこすりつけるんだったような」
滅多に使うことのない道具に四苦八苦する私たち、うまくつかなかったり持ち手が折れたりしてしまいなかなかつかない。そうこうしている内に最後の一本になってしまった。
「ど、どどどどうすんのさ!これもダメになったら灯り無いの!?」
「落ち着きなされ、さ可奈美殿最後の一本をどうぞ」
「わ、私!?」
最後の一本を渡され恐る恐るマッチをこすると
「点いた!」
やったと喜ぶのもつかの間あっという間に消えそうになる。
「わわわ!可奈美早く蝋燭に!」
「わわ、わかってるって」
ドタバタしながらなんとか蝋燭に火を灯しその燭台を持ち上げる。
「これで明かりは何とかなったね」
「うん」
私はマッチの燃えカスを近くにあった灰皿の中に入れてその場を後にすることにした。
しばらく歩いて何度目かの分かれ道に直面する。暗闇の所為で方向感覚を失い果たしてこちらが出口なのかどうかもわからない。
「ねぇ、可奈美本当にこっちが出口なの?」
「わからないよ」
ナナちゃんとはぐれてからどれくらい時間が経ったのだろうか、時間の感覚もよくわからない。ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。時刻は9時30分ここに到着してからすでに30分は経っていたらしい。
…ん?
「二人とも、私今気づいたんだけど…」
私はそう言いながらゆっくりと後ろを振り向く。その様子に二人はごくりと唾を飲む。
「ど、どうしたの可奈美?」
「スマホ持ってるよね?」
その発言に二人は顔を見合わせうんと頷く。
「灯り、あるじゃん」
二人ともハッとした様子でスマホを取り出し。
「アッハハハハハ、すっかり忘れてた」
「現代文明の利器をすっかり忘れてたでござる」
そう言って二人は笑い出す。
「もー、この燭台結構重たいんだよー」
私はそう言いながら燭台を近くの台の上に置く。
「最初っからみんな灯り持ってたわけだ」
「でもバッテリーとかなくなるとソシャゲーできないんでかなみん蝋燭継続でオナシャス」
「えー」
そんな談笑をしていた時だった。
…どこぉ…
全員一斉に黙る。
「…今、何か聞こえなかった?」
かすみちゃんの問いかけに、私たちは頷く。
「気のせい、だといいなぁー」
…どこぉ…
「絶対気の所為じゃないなんか聞こえた!!」
「おち、落ち着くのだかすみ殿!」
「ちょっと、静かにして!」
私は、その声らしきものをもう少しよく聞き取ろうとしていた。
…ない、どこぉ…
「!!?無いって言った。無いって!」
「な、何か探してるようでござる」
私は再び燭台を手に取り廊下の奥を照らそうと腕を伸ばす。
「…誰か居るの?」
私は少し大きめの声で問いかける。
すると、先ほどまで聞こえてた声が聞こえなくなる。
「やんだ?」
「さっすが、かなみん幽霊を撃退しでござるな」
「幽霊なんかじゃない…」
私は足早に廊下を進んでゆく。
「ちょっ可奈美!?置いてかないでよ」
その声を無視しつつ私は歩みを進め突然それは現れた。
「ヒィッ」
後ろでかすみちゃんの悲鳴が上がる。
私たちの目の前に現れたのは暗がりの中に浮かび上がる人影。それはとても小さく子供の様だった。
「ここ、子供のお化け!?」
後ろで完全に怯え切ってる二人をよそに私はしゃがみ込みできるだけ優しい言葉で声をかける。
「出ておいで、何もしないから」
私の問いかけに反応は無い、どうやら警戒しているらしい。
「誰かを探してるんだよね?一緒に探してあげるから出ておいで」
しかし、人影は一向に警戒を解かないので奥の手を使うことにした。
「すみれちゃん、チョコまだある?」
「え?あぁうんあるよ」
すみれちゃんからチョコを受け取ると私は再び声をかける。
「甘くておいしいチョコレートがあるよ。欲しくない?」
すると気の迷いが生じたのか少し身じろぎをする人影。
「おねぇちゃんと一緒にその…紅?って人探してあげるから」
「?紅?誰それ?」
「??あーそう言う事ね…」
すみれちゃんは察した様だった。
「くれない、どこぉって言ってた訳だ」
「へぇ、可奈美よくわかったね」
「…ね?おねぇちゃん達を信じて出て来てくれるかな?」
そう問いかけると、恐る恐る暗がりからその人物は姿を現した。背丈はとても小さく年齢も見た目だとまだ8歳か9歳くらいに見える男の子だった。
「こんな廃墟にこんな小さな男の子?やっぱり幽霊…」
男の子は、私の近くまで来てチョコを受け取るとそのまま不安そうな顔で私を見つめてくる。
「名前はなんて言うの?」
少年は少し困った顔をしながら
「飯嶋拓斗…」
「それで拓斗君、紅って人どんな人?」
「…やさしくて、かっこよくて、つよい」
「そっかぁ、それじゃあいっしょにその人を探そうか」
正直、その情報だけで見つかる気はしなかったが何とかなるような気がした。
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燭台に明かりを灯してから、しばらく互いに睨めあっていた。
こんな廃屋敷にメイド姿の変人がいるなんて怪しすぎるし、先ほどからのクナイ投擲もこいつの仕業だとしたら一般人とも考えにくい。私はあまり夜目は利かないが、向こうは完全にほぼ真っ暗の中から私たち目掛けてクナイを正確に投げて来た人物だ。向こうはどうにかしてまた暗闇に逃げ込もうと企んでるだろう。そうすれば向こうの有利になるもの。
しかし、私の予想とは裏腹にメイドの取った行動は長いスカートをゆっくりとめくりあげ右大腿部に括りつけられていた大きなサバイバルナイフを抜き目の前で構えた。どうやらここで格闘戦をお望みらしい、私も受けて立つと言葉の代わりに拳を目の前に構えてそれに応じる。
じりじりと燃える蝋燭を挟み互いに隙を伺う。そんな緊張感の中先に動いたのはメイドの方だった。
ものすごく早く、深い一歩で私の懐まで飛び込みナイフを繰り出してくる。それをいなし私は彼女の勢いを殺さずに利用し後方に投げ飛ばそうとした。
しかし、彼女の背中は地面に叩きつけられることは無く空中で体を捻り華麗に両足で着地し、さらに間合いを詰めて回し蹴りを繰り出してきた。私は状態を逸らし、鼻先をかすめながらその蹴りを躱し少し下がり距離をとる。
なかなかどうして、手練れじゃないか…
ますます一般人じゃない、その確信が強まる。そんな事を考えてる間もメイドの攻撃は手を休める事をせず次々つ襲い掛かってくる。それをいなしつつしっかりとカウンターを入れれるところには入れていくのだが…
間一髪の所でインパクトポイントをずらされてる?
どうも手ごたえが無い。どうやら私のカウンターをギリギリの所で身を捻る事で急所へのダメージを防いでるらしい。それを私が先読みできない所を見ると頭で考えるより早く脊椎反射でかわしてるらしい。そうなると、なかなかシビアな環境を過ごしてきたような感じがする。修羅場をくぐってきた戦士のようだった。
再びにらみ合い、今度は意外にもメイドが口を開いた。
「…まるで考えを読まれてるみたい、気持ち悪いですわ」
「お前、喋れたんだ」
そして再び黙りこむ。
さて、今度は私から踏み込むことにした。軽くジャブのつもりで踏み込み左手を繰り出したのだがその時意外な動きをされた。メイドは私の左拳を躱すと同時にその左腕を切り刻んで来たのだ。
「何!?」
先読みできなかった。これは紛れもなく反射行動で回避と攻撃を同時に繰り出してきたのだ。再び距離を取り左腕を確認すると、無数の切り傷がありそれはどれもこれも的確に腱を狙われていた。生身だったら左腕が動かなくなっているところだった。
間違いないこちらから手を出すと怪我をする。すぐ治るけど痛いのは御免被る。
さて、どうしたものか。向こうも先に手を出すとやられることがわかってるため互いににらみ合いが続く。
二人の間で蝋燭がゆらゆらと燃え盛っている。そんな時だった。
「ナナちゃーん、何処に居るの?」
そんな声が聞こえて来てさらに複数人の足音と声も聞こえて来た。
可奈美達だ。可奈美達がなぜか戻ってきたのだ。
メイドもそれに気づきハッとしたような顔をしたかと思うと再び踏み込んで来た。私は咄嗟に受け流そうとしたのだが、狙いは私ではなかった。メイドの放った蹴りの風圧で蝋燭の火が消える。今のも先読み出来なかった。あのメイドどうなってる!?
再び暗闇に落ちる廊下そこで私はハッとする。
「しまった!」
私は構わず踵を翻し可奈美達の声がする方へと駆け出す。
するとそこには蝋燭の明かりが見え、それに重なる様にメイドの影が見える。全力で駆け出し私はギリギリの所でメイドの前に出ることができた。その瞬間とは、振り上げられたナイフが今にも落ちてくるタイミングで私は両手でそれを防ぐ。
振り下ろされたナイフは私の左下腕部に深々と突き刺さり止まる。
「ナナちゃん!」
状況をようやく把握した可奈美が声を上げる。
「可奈美!下がってて、こいつ普通じゃない!」
メイドはナイフを私の腕から引き抜き距離を取る。
しょうがない…
再び踏み込んでくるメイドに対して私も突っ込んで行く。そして繰り出されたナイフを受け身を取らずに迎え撃つ。そのナイフは左上腕部に深々と突き刺さってゆくが、私は構わず右拳を顔面に叩き込んだ。やはり多少インパクトポイントがずれたが衝撃はしっかり伝わったらしくメイドは後方に吹き飛びそこにあったキャビネットに背中から突っ込んだ。
「…ったく、手間をかけさせる」
そう言って左腕に刺さりっぱなしになっているナイフを引き抜きそこらへんに投げ捨てる。そして、左腕が動かない事に気が付いた。どうやら最後の一撃で壊れたらしい。これは、彰に怒られる案件ですね。
しかし、本当にてこずった…暗闇の中の戦いがこんなに大変だとは…
私はゆっくりとメイドに近づく。どうやらあちらも最後の一撃が聞いたらしく頭を振っている。
そんな時だった。
何かが足にしがみついてきて私の動きを遮ってきた。何かと思ってそこを見ると見慣れない小さな男の子が必死の形相で私の足にしがみつき無意味な抵抗をしていた。
私はため息をついて
「可奈美?この子は一体誰?」
「えっとね…」
「紅をいじめるな!」
しがみ付く男の子は大きな声でそう叫んだ。
「じゃあ、あの人が紅さん?」
「可奈美わかる様に説明して」
そうやって、可奈美達の経緯を聞き再びため息が出る。
「…はぁ。いじめないから離してくれる?」
そう言うと、拓斗と言う男の子はしぶしぶ離れてくれた。
「…それじゃあ、話を聞こうじゃないメイドさん」
しばらく黙っていたがメイド…紅は口を開いた。
「私たちは、隠れていたのです」
それはわかってる、と私は茶々を入れるが紅は気に留める様子もなく話を続ける。
「私の主人、拓斗様のお父様は立派な方でした。困ってる人を見逃せないようなそんなお優し方でしたわ。私も路頭に迷っていたところを家政婦として働かないかと誘われた一人でした」
まるで、話に聞いてた可奈美の父親みたいだ。可奈美もそう思ってるらしく深く聞き入っている。
「そこでの暮らしは本当に毎日が楽しく素晴らしい日々でした。主様は小さな会社をもっており日々の暮らしにも苦労はしないほどの稼ぎがありました。そんなある日です。主様の会社が倒産の危機に瀕したのです」
「どうして?」
「詳しくはわかりません。ただわかるのは知り合いの方から莫大な金額を借り入れ何とか倒産は免れたものの今度は主様が病に倒れてしまい…そのまま亡くなってしまわれました」
「ふむ…」
「母親も早くになくされておられた拓斗様は親戚からも受け入れを拒否されまして天涯孤独の身となりました。そんな時に主様のご友人と名乗る方が現れまして、借金を払ってもらおうかと言われました」
「そんな…」
「要は、支払い能力のないこの若旦那様にいちゃもんつけて金を巻き上げようって魂胆なのね。酷いやり方」
「売れるものはすべて売りました。主様の家も金品も会社も…それでも足りないと言い出されたのです」
「それで?今度はその若様の臓器でも売れって言われたの?」
紅は首を横に振る。
「でも、拓斗様を引き渡せと言って来たのです」
「ナナちゃん…」
可奈美が懇願するような目で私を見てくる。
「…あぁもうわかったわよ。おそらくその自称友人の金貸しは倒産危機の段階から絡んでるわよきっと」
周りの視線が私に集まる。
「つまりは会社の乗っ取りが目的だった人物の仕業、それに欲が出たんでしょうね何とはわからないけどまだ金が欲しいと見える」
おそらくは先ほども言ったがこの拓斗と言う子供のすべてが欲しいのだろう。この年の臓器とかは需要が高く供給が低いためブラックマーケットに流される話は聞いたことある。それに最近になって目立ってきたのがサイボーグ化の話だ。子供の脳を無理やり全身サイボーグに詰め込んで見た目大人の少年兵にするっていう手口が出来始めたらしい。主に貧困街で子供の誘拐が多発するようになり現在警戒を高めているらしいが、日本でもそんなビジネスをしてる連中がいるとは…
「…まったく、本当にどうしようもないわね。で?どうするの。多分建前の法的手続きが済んでいるのなら会社を取り返すのは難しいだろうけど、その子の一件に関してはまだ未処理…何とかなるかもしれないわよ」
それを聞いた紅の顔が明るくなる。
「で、いくら出す?」
「ちょっとナナちゃん!!」
「可奈美、私はこういう事を仕事にしてるのよ?慈善事業じゃないの」
「けちんぼ!!」
憤る可奈美をなだめていると紅は立ち上がり。
「拓斗様の安全が保障されるのなら私のこの身がどうなっても構いませんわ」
「ちょっと駄目だよ気軽にそんな事言っちゃ!!」
「まぁ、何を払うかいくらにするかはこの後要相談としてとりあえずこの屋敷を出ようか。今回の仕事それだし」
ぶー垂れる可奈美をなだめながら蝋燭の明かりが照らす暗い廊下を歩きながらホールに向かう。
「しかし、なんでいきなり襲い掛かってきたのさ」
まだ足元がふらつく紅に肩を貸しながら私は訊ねる。
「あなただけ、あなただけ私に気が付いた。それはとても危険な事。追ってだと思い攻撃することにしました」
「…もし、ただの一般人だったらどうしたのよ」
「その場合は少し驚かしてさっさとお帰り願うだけです」
あぁつまり、幽霊騒動はこのメイドの仕業だった訳か…そりゃ暗闇から気配もなく脅かされたら幽霊とかそう言うものの所為にしてしまうだろうね。
そんな雑談をしている内に玄関ホールまで戻ってきたのだが…
「可奈美…このメイドを頼むわ」
「へ?良いけどどうしたの?」
「皆もそこで待ってて」
そう言って皆を階段の踊り場に残し私だけ一階ホールに降りてゆくと玄関が開いておりそして次の瞬間そこから強烈な光が差し込んで来た。どうやら玄関正面に複数の照明装置を置いたらしい。
あまりの眩しさに目を細めてみるとその光を背にして誰かが立っていた。
それは…
「…どうして依頼人のあんたがここに居るの?」
そこに居たのは、私に今回の仕事を依頼してきたあの男が立っていた。
「あなたの仕事の成果を確認に来ました。…そして見事に成し遂げてくれたみたいですね」
私は思わずため息が出る。もう、今日一日だけで結構な量のため息をついた気がする。
「話が見えて来たわよ。何?私タダ働きな訳?」
男の表情は逆光の所為で良くは窺えないが、ほくそ笑んでるような気がする。
「ちゃんと支払いますよ。そちらのメイドとお坊ちゃんを引き渡していただけるのなら」
また、ため息が出る。
「私の左腕の修理費とか誰持ちなのよ…ほんとこんな仕事受けるんじゃなかった」
「ですからちゃんとお金は払いますって…」
「…もし断ったら?」
私の問いに男は答えない、その代わりに玄関から複数の人間がなだれ込んでくる。その人物たちは黒いスーツに身を包み手には拳銃が握られていた。
「賢いあなたならどうすべきかわかりますよね」
ため息
「今日は可奈美の友達もいるから穏便な方向でってずっと思ってたんだけど…」
私は足にグッと力を籠める。勢いよく踏み込み私は前進する。当然誰も反応しない。当たり前だ。あのメイドならともかくここに居るのは一般人私を『認識』できる筈がない。右手一本で端から黒服の男たちを加減なく殴り飛ばして行き、最後に依頼者だった男の前で止まる。
「え?」
周りの人間には恐らく一瞬で男たちが吹き飛んだようにでも見えるのだろう。突然の出来事に男は情けなくしりもちをつく。
「あんまりあくどい事してると本気で潰すわよ、根っこも残らない位徹底的に」
よく見ると男はあまりの出来事に失禁しているようだった。
「それともう一つ、もう二度とあの二人に手を出さない事。あと私にもその周りにも関わるな!」
「それって二つじゃ…」
「黙れ!…もし破ろうものなら地の果てまで追いかけて殺してくれって懇願するくらい痛めつけてやるわよ。もちろん殺さない、永遠に痛めつけてやる」
「わかっ…」
「具体的な内容が聞きたい?良いわよ。まずは全身縛り上げて両目を潰すわ、そして皮膚を切り刻んでいくの死なないように細心の注意を払って、そしてすべての詰めをはがし、歯を一本一本丁寧に力づくで抜いてあげる。そしたら今度は関節をひとつづつ曲がらない方向に曲げて行って…」
「ひぃぃいぃ、た、たたた助けてぇえええ!」
男は情けない声をあげながらフラフラとしつつも全力で逃げ出して行った。
「…」
私はその場で仁王立ちのまま男が走り去って行った方向を眺める。
「…ナナちゃん?」
可奈美が恐る恐る話しかけてくるので私は満面の笑みで振り返り
「帰ろっか」
そう言った。
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「あー、昨日は怖かったねぇ」
私たちはいつものように大学のラウンジで三人集まって昼食を食べている。
「何が怖かったってナナ殿の怒り方が怖かったでござる」
波乱に満ちた昨日の出来事もまるで嘘の様に穏やかな日常が流れて居る。
「それでさ可奈美。その後、紅さんと拓斗君はどうなったの?」
「うん、住む所とかはナナちゃんが面倒見てくれるって話しになって今日はいろいろと手続きしてるはず」
「そっかぁ、まぁ幽霊騒動も無事解決したし一見落着なのかな」
「私たちゃぁキャーキャー騒いでただけだけどねぇ」
「そうだ!ナナさんも誘って私たちで超常現象バスターズってやらない?」
「やらない」
「まんまゴーストバスターズでござる」
「二人とも冷たいなぁ…」
そうやって私たちの午後は過ぎて行った。
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「あなたには何から何までお世話になりました」
紅はそう言うと深々と頭を下げて来た。
「よしてよ、こっちは下心ありなんだから」
私たちは一通りの手続きを済ました後に彰の工房に来て左腕の修理を頼んでいた。当然彰には怒られたが紅が謝ってくれた。
「下心?」
私の下心と言う言葉に怪訝な表情を浮かべる紅。
「そ、人手が足りないときとかあんたの力遠慮なく借りるからね。それで今回の件はチャラって事で」
「…その配慮誠に感謝します。ぜひ力が必要な時は私が全力でお貸しいたします」
私はその返答に満足すると待合室の椅子に腰を掛け直す。
「それでは、失礼させていただきます」
紅が丁寧に礼をすると私はそれに右腕をあげて返礼をする。
そんな時工房から彰が顔を出して、
「ナナ左足はスキンの張り直しだけで済むが、左腕はどうも駄目だ上腕部が完全に逝ってしまってて全とっかえだ」
あのメイドどんな力でナイフを突き立てたんだよ。
「それで修理代の方なんだが…」
「ん?いくら?」
「全部で16万だ」
…は?
「…紅やってくれたな」
もうしばらく金欠は続きそうだ…
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