16. So What
翌朝、午前9時。朝の通勤ラッシュは収まっているが、池袋駅はなかなかの混雑ぶりだ。
僕と黒埜氏は人波溢れるホームで、湘南新宿ラインの電車を待っていた。
やがて電車がやって来て、それに乗り込む。
終点は――「高崎」
「なんで、高崎なんですか?」
「昨日紫苑が言ってたろう?」
「駅伝が何とか、ってヤツですか?」
「うん。実業団駅伝は群馬だからね。
遠藤が頑なに自分の出身や過去を語りたがらない理由…。
それは、裏社会でビクビク生きる、慎重な男って事も勿論あるだろうが…。
きっと、故郷が嫌いなんだろう。
忘れたい過去だったんだろう」
「…はあ。まあ、分からない事もないです」
「高崎なら、観音像、新幹線が走ってる、海に縁遠い…全て当てはまるしね」
…確かにそうかも知れないが、些か性急すぎないだろうか。
「本当はもう少し精査したいところだが、今回は時間が無いしね。俺の勘を応援してやってくれよ」
「応援ですか」
その物言いに思わず笑ってしまう。
そう言えば、春の選抜で活躍したあの高校も高崎だったな…。
***
高崎駅は大きい。新幹線が通ることもあり、東北・北陸・関東への道がぶつかり合う交通の要所として、その貫禄を誇っている。
駅を出ると巨大なロータリーが広がり、大型の百貨店を中心に、商業施設とホテルが競い合うように駅の周りを取り囲んでいる。
手近なビルに入り、ピカピカの店で清潔なそばを食べ、再び外に出た。
曇っているせいかかなり蒸し暑い。
その足で、僕たちは高崎市役所を目指した。
駅からさほど遠くない市役所も、また大きく新しい、洗練された建物だった。
僕が周辺の地図や、市で発行しているガイドマップ等を見繕って待っている内に、黒埜氏が住民基本台帳の情報を持って帰ってきた。
「もう終わったんですか?」
「ああ。ちょっとコツがあってね。
……それより、木田君。ビンゴだ」
「マジっすか…。探偵、半端ないですね…」
僕は驚いて賞賛するが、黒埜氏の顔色はあまり優れない。
「……どうしたんです?
何か、気になることでも?」
「うーん…。どうしようかと思ってね。
実は、
「えっ…」
思わず言葉を失う。まったくそんな気配は感じていなかった。
「途中で気付いたんだけど、無駄足ならいいかと思って、ここまで連れてきちゃったんだ…。
どうした物かな」
「うまいこと巻きますか?」
「いや…それはあまり良い手じゃないだろう。
何の解決にもならないしね」
そう言って、顎に手を当て考え込む黒埜氏。
「…とりあえず、どこかで煙草でも吸おう」
近くを適当にブラブラして、目に付いた喫茶店に入る。
テーブルに案内されている間、珍しく黒埜氏がスマホを操作していた。
「…やっぱり、尾いてきてます?」
「いるね…、二人。2チームくらいいると思ってた方が良いかもしれない」
「…
「どうだろう。少なくとも東龍会では無いだろう」
「顔は見たんですか?」
「多分、中南米系ってヤツだ」
それから僕たちは、コーヒーを飲みつつ高崎市の地図と黒埜氏の手に入れた遠藤の実家の住所を照らし合わせる。
「工業団地か…」
「たしかに、近くに新幹線の線路も走ってますね」
「ふむ…」
しばらく周辺の地図を吟味しながら、黒埜氏は思案に耽る。
***
僕らは駅前のロータリーからタクシーに乗り込んだ。目指すは遠藤の実家だ。
「…おもちゃ屋なんかで、何買ったんです?」
「ああ、これさ」
紙袋から取り出したのは、空気銃。ハンドガンタイプのヤツだ。
「…何に使うんです?」
「…護身用さ」
そう言ってニヤッとしてみせた笑顔は、妙に黒埜氏に似合っていた。
もういい年なんですから、と口に出かかったがやめておいた。
駅を出て十分程、駅前の洗練さは直ぐに消え、徐々に寂れた地方都市の風景となる。
大きな街道は車が多かったが、途中で曲がってからは車の数も人の数もぐんと減った。
徐々に工場らしき建物がちらほらと見え始め、集合住宅も散見されてくる。
少し遠くには、団地らしき建物群も見えてきた。
「あ、この辺で」
黒埜氏が運転手に言い、タクシーが停車した。
しっかり領収書を貰って降車してから、軽く背伸びをする。
降りた場所は地方の小さな町、といった感じだ。
「まだ遠藤の実家の辺りには大分距離があると思うんですけど?」
「うん、あまり近くまで連れて行っちゃうとね…」
黒埜氏が煙草をくわえ、火を点ける。
「木田君、もう一度地図出してくれる?」
言われたとおり地図を渡すと、黒埜氏は地図と周りを交互に見て、周辺の地理を確認する。
「オーケー、着いてきてくれ」
そう言って黒埜氏が先導して歩き出した。
黒埜氏は広い通りを少し進んだところで脇道に入り、人気の無い道を構わず進む。
住宅街に入ったかと思うとまた脇道を曲がり、しばらくの間ジグザグに進路を選んでいく。
今では僕にも何となく尾行者の影を感じることが出来た。付かず離れずの距離で、二人分の気配が覗える。
そうして何度目かの曲がり角で、黒埜氏は立ち止まり、ゆっくりした動作で煙草を取り出す。
角を曲がった先には歩行者用の信号が見えている。
信号を見つめながら黒埜氏は煙草に火を点け、再び歩き出した。
横断歩道を渡り始めると直ぐに信号が点滅する。ゆっくりと渡りきったところで信号が赤になった。黒埜氏はそのまま歩みを止めず道沿いに進む。
家具の工場だったのか、大きな建物と資材置き場らしい広い面積の敷地が通りに並んでいるが、閉鎖されて長いらしく、全くといって良いほど人の気配が無い。
僕も遅れずに歩きながら、チラと後ろを振り返ると、外国人らしい尾行者二人が、道路の反対側から後ろを付いてきているのが遠目に見えた。
先日の襲撃犯だろうか、体格に見覚えがある気がする。
「こっちだ」
と、黒埜氏が脇道と呼ぶには些か心許ない狭い小路に身を隠す。
慌てて僕も小路に入って、道路の方を窺っている黒埜氏の背後に回ると、いつも黒埜氏が使っているライターと一本の爆竹を手渡された。
「僕が合図をしたらそいつに火を点けて、その辺に放ってくれ」
「はい?」
「いいかい?」
道路の方を見たままの黒埜氏に聞かれ、慌ててオイルライターの蓋を開け、火を点ける準備をする。
「3、2、…今だ」
僕が導火線に火を点けると、黒埜氏が道路の方に身を乗り出した。
爆竹を放り投げ、黒埜氏の背中を振り返ると、黒埜氏が両手に先ほどの
パンッ! と爆竹が弾け、一拍置いて黒埜氏が再び身を隠す。
数秒後、まるで黒埜氏の姿を追うように、爆竹とは明らかに違う破裂音が続けて二回、鳴った。
以前にも聞いた、銃声。
「かかった! 逃げるぞ!」
黒埜氏が身を翻し、走り出す。
僕も慌てて走り出す。…一体、何だっていうんだ…!
もうちょっと説明が欲しいです…!
数十メートル走り、小路の出口が見えたタイミングで、背中を撃ち抜かれる恐怖に耐えかねて、思わず駆けながら後ろを振り返った。
すると……。
尾行者は追って来ていなかった。
尾行者達は遙か後ろ、小路の入り口でシールドを持った警官二人に取り押さえられていた。
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