15. 最後のピース

「……と、いうことがあったわけですが…」

「け…拳銃…!

 大丈夫だったんですか?!」

「まあ、当たらなければどうということはないよね」

「赤い少佐じゃ無いんですから…」

 僕は黒埜氏にツッコミながら、焼き目のしっかり付いたホルモンを摘まむ。

 

「あ、店員さーん!

 ビール三つおかわりねー!」

 拳銃の件を聞いても、綾子氏は通常運転だ。

 ジンさんからここまでの費用を貰い、今日はそれで事務所三人、地元の焼き肉屋に来ている。

「木田君。タン塩もう一皿追加してくれないか?」

「またですか?

 もう6人前くらい食べてますよね?

 嫌がられますよ?」

 そう言いながら、ビールのおかわりを持って来た店員に追加の注文をする。

 

「…それで所長、そんな啖呵きって、本当に何ちゃらってアホのこと探せるんですか?」

 すでに3杯の生ビールを乾している綾子氏が、色っぽくなった赤い顔で黒埜氏に聞く。

「ああ、多分ね。もういくつか候補は絞れてる」

「そうなんですか?」

 その言葉に今度は僕が反応する。ちなみに黒埜氏は全く顔色を変えていない。三人とも、ビールを飲むペースが全く一緒で、変なところで笑ってしまう。…僕は、多分変わってない、かな。

「うん。でも無駄足踏むわけにいかないからね。また明日は池袋だよ」

「はあ…」

 わかりましたの意味と溜息が混じった声が素直に出てしまう。

「でも、なんだかんだ言って所長はやっぱり、JKのこと気にしてるんですね」

 綾子氏がそう言いながら箸休めのつもりか、キムチを摘まむ。

「別にそういうんじゃないけど…。ま、若気の至りには、手を差し伸べてやるのが大人の務めだし」

「…黒埜さんも差し伸べて貰ったんですか?」

「まあ、ね」

 その表情は、相変わらず心の内がまるで分からなかった。


***


 翌日、パチンコ屋から出てきた若いチンピラを捕まえ、昼飯を奢るといって近くのラーメン屋に連れ込んだ。

 以前話を聞いた半グレ達の口から名前の出た、テツという男だ。

 話を聞くと、遠藤と一時期連(つる)んでたことがあるらしく、今回一緒に行方をくらました遠藤の仲間も何人か顔見知りらしい。

 ちなみにジン氏の話では、その逃げた仲間の内二人は確保済みだが、クスリを流したマフィアについても、遠藤の行方の心当たりについても全く分からなかったらしい。

 その後の彼らの処遇については怖くて聞いていない。


「…で、何か思い当たることないかな?」

「そんなこと言われても、なんもねえよ」

 素直に付いてきたが、肝心なことは聞けないまま、ラーメンが運ばれてくる。

「いただきまーす」

 ズルッズルズルズル…遠慮無く直ぐに麺を啜り始めるテツを横目に、黒埜氏も箸を手に取りながら聞いた。

 

「何か、どこに旅行に行きたいとか、どこに住みたい、みたいな話はしたことあるかい?」

 ズルッ、ズゾゾゾゾ――

「んー…。

 あ、そういやあ、海のある町に住んでみてえ、って言ってた気がするな。俺の故郷の話した時」

「ほう?」

 ズルッズルズルズル、ズルッ――

「(ゴクッ)ぷはっ。

 …ああ、たしか、そんなこと言ってた。

 あっ、あと。

 …新幹線の通るとこだけは、住むの止めとけって言われたわ」そう言って笑う。

「それはまた…幅が広いな…」

「まあ、そんなもんだろう。ありがとう、テツ君。助かったよ」

「おう!」


「さて、これからどうします?」

 昼を終えてから数件、付近の水商売系の店で聞き込んでみたが、特に成果も無く。

 まだ日は高いがそろそろ時刻は夕方だ。

「そうだねえ…。もう少し回ってから、晩飯にしようか」

 黒埜氏の言葉が終わる前に、僕のスマホに着信があった。

 知らない携帯番号だったが、出てみることにする。

 

「…あの、もしもし?」

 聞き覚えのある、若い女の声だった。

「…立花ですけど…」

 電話の相手は紫苑だった。

「ああ、どうしたの?」

「うん…」

 何やら話しにくいことなのかしばらくモジモジとしていた様子だったが、意を決したように、

「あの! …ミドリに謝りたいんだけど…。

 その、電話に出てくれなくて…メールも返事ないし…。

 私が悪いんだから、当たり前なんだけど…」

「…ああ、そういうことか」

 僕は隣の黒埜氏にかいつまんでそれを伝える。

「ちょっと、借りるよ?」

 意外な事に、黒埜氏が自分から僕のスマホを手に取り、話し始める。

 

「あー、黒埜だけど。

 ああ、うん。それについては、こちらからも取りなしてみるよ。

 ……それでなんだが。今、帰りかい?」

 

***


 僕と黒埜氏と紫苑。おかしな組み合わせで、僕たちはピザハウス『エリス』に来ていた。

 事務所で紫苑から話を聞こうと落ち合ったのだが、1階の前を通った時に紫苑の腹の虫が盛大に鳴き散らかし、こうして場所が変わったわけだ。

 

「おいしー」

 ペパロニとオリーブのピザを頬張る紫苑を眺めながら、僕らはビールを飲む。

 

「それで、食べながらで良いんだが。

 落ち着いたところで、もう一度遠藤の行き先について考えてみてくれ」

「んー…。そう言われても…」

 次のピザを手にして小首を傾げる。

「どこかに旅行に行きたいとか、そんな話は?」

「ないない」

 苦笑しながら紫苑が首を振る。

「今年のお正月だって、ずっと部屋に籠もってどこにも出ようとしない人だもの。

 あ、パチンコは行ってたか」

 手にしたピザを平らげ、指を舐めながら思い出したように言う。

 

「酷いんだよ?

 私がいるっていうのに、昼過ぎまでずっとガーガー寝てるからさあ。私も何となくTVつけっぱでスマホゲームしてたの。

 そしたら急に起きてさ、『やめろよ!』とか言ってTV乱暴に消して…。滅茶苦茶機嫌悪いし、意味分かんない」

「それ、何のTV?」

 僕もピザを口に運びながら聞く。

「駅伝…だったと思う。私も興味なかったから、それは全然良いんだけど。急にキレ出すとかマジ意味分かんない」

 …やっぱり、スポーツが嫌いなのかな。

 体育教師と揉めたとか、部活の先輩に理不尽にしごかれたとか…。

 だが今の話は黒埜氏の興味を引いたようだ。

 

「木田君。明日の出発は早いよ」

 何故か、黒埜氏の目が輝いていた。





<あとがき>


逃げた男の実家の場所について、もう分かった方もいらっしゃると思います。

次話ではっきりしますので、分かってる方はこっそりニヤけてください。

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