11. 探偵のお仕事(2)

 八木橋家を後にした僕たちは、またも池袋の街へとやって来ていた。

 昼飯のラーメンを啜った後、西口の繁華街を歩く。

 遠藤が行動していたのはこの辺が中心だったはずだ。

「ちょっと、範囲というか…店が多すぎるね。

 手分けしようか」

 黒埜氏の言葉に従い、僕たちはそれぞれに遠藤浩太の写真を持って、聞き込みに乗り出した。


 まず僕は手近なパチンコ屋に入った。

 一歩店内に入ると、けたたましい電子音の洪水に飲み込まれ、平衡感覚がおかしくなりそうになる。

 店員らしき黒チョッキの人間を見付けては、片っ端から遠藤を知ってるか声を掛けていく。

 3フロア全てを回って、なんの成果もなく店を出る。池袋の街の空気が美味しく感じられたのは初めてのことだ。

 続いてカラオケ店、ゲームセンターと回っていくが、やはり手応えはない。

 

 少し場所を変え、隣のブロックに向かう。

 牛丼チェーンの店では不発。

 続く24時間営業の居酒屋で、ようやく見覚えがある、という従業員に遭遇できた。

「何か、知ってることとか覚えてることありません?」

「さあ? 時々花束持って店に来てただけだから。マネージャー!」

 従業員が中年男性を呼び、引き合わせてくれる。

 マネージャーと呼ばれた男性が、遠藤のことを教えてくれた。

「みかじめ料の徴収で来ていたんですよ。最近はとんと見掛けませんが」

 思い出したくも無い、という顔をするマネージャー氏。

「何か話した事ありませんか?」

「いえ、特には…」

 遠藤の人となりは知らない様子だったが、この辺りで活動していたのは間違いなさそうだ。

 

 黒埜氏との待ち合わせまで数十分残っているのでどうしようか思案していると、近くの居酒屋で開店準備をしているのが目に入った。

 シャッターを開け、看板を表に出している女性従業員に近付き、声を掛けてみる。

「ああー、この人見たことあるかも!」

 20代前半くらいの女性従業員が反応してくれて、少しテンションが上がる。

「店長が知ってると思いますよ!」

 その言葉に後押しされて、準備中の店内へと足を運ぶ。

 店内の中央にはコの字型のオープンカウンターがあり、その中のキッチンにはタオルを首に巻いた仕込み作業中の男性がいた。

「なんだい、あんた?」

 

 男が顔を上げたのを見計らい、遠藤の写真を見せる。

「この男、知ってます?」

「ああ。名前は知らないが、よく来てるよ。

 …最近見ねえがな」

「詳しく聞いても?」

「…ヤクザだろ?

 ウチにみかじめ料をせびりに来るヤツさ。チンケな花束持ってな」

 一つ声のトーンを落とし、店主らしき男が教えてくれる。

 

「それだけならまだしも、時々飯食いに来やがってな。…いい迷惑さ」

「その時に、何か話してませんでした?

 何でも良いんです。仕事ぶりとか、恋人のこととか、家のこととか」

 

「……さあ。特に話した事もねえし…。

 なんか、アイドルが好きだった覚えはあるなあ。TVに出てくると、良く食い付いてたし。あれ、何てアイドルだったかなあ。

 あと…スポーツ…いや、野球が好きじゃねえ、ってことくらいしか知らねえな」

「野球…好きじゃないんですか?」

「ああ、ランチタイムに居座ってた時に、センバツ大会の中継を流してたんだけどさ」

 そう言いながら、今は映っていない店内の小さなTVに目を送る店主。

「なんか、チャンネル変えろって騒ぎ出してよ。俺は楽しみにしてたから、渋々変えたのを覚えてるよ」

「…はあ。ちなみに、どことどこの試合だったんですか?」

「そこまでは…いや。決勝とか、準決勝とか、そのくらいの頃だったんじゃねえかな。

 俺、楽しみにしてたし」


***


 西口公園近くで、黒埜氏と落ち合った。

 お互い、入手できた情報を交換する。

 探偵業がまだ新米の僕は、とにかく細かいところまで、自分がボイスレコーダーになったつもりで、自分では有益と思えないことも含め洗いざらい伝えるよう腐心する。いつものことだ。

「いやいや、つぶさにありがとう。

 とても助かるよ」

「いえ。何か気になることはありましたか?」

 その問いに、一瞬空を見上げうーん、と唸る黒埜氏。

「…うん、参考にはなったよ」

 

 スーツのポケットから煙草を取り出し、火を点ける黒埜氏を横目に、僕はここまでのことを手帳にメモする。

 もちろん、黒埜氏がもたらした情報を、だ。

 とは言え、黒埜氏の掴んだ情報も、僕の知ったことと変わり映えの無い物ばかりに思えるが。

 それから二人揃って、東口方向に向かう。

 西口を調べ尽くしたわけでは無いが、気分転換しようと黒埜氏が言い出したのだ。


 東口の駅前、おかしなポーズの銅像の前を通り過ぎ、サンシャイン方面に進んでいると、通りを塞ぐように横並びで4人程の柄の悪い男達が歩いていた。

「半グレっぽいね。ちょっと話聞いてみよう」

 早速黒埜氏が突撃していく。

 

「なんだあ、てめえ?」

「ちょっと東龍会さんのお仕事手伝ってるんだけどさあ」

 その言葉に、小柄な男が反応する。

「……この間、ケイタさんと歩いてるの見たな」

「……なんだよ…?」

 半分はハッタリだったが、あっさり大人しくなるチンピラ達。

「彼、どこにいるか知ってる?」

 黒埜氏がすかさず遠藤の写真を見せると、全員の顔付きが分かりやすく変わった。

 

「はっ、遠藤何やらかしたんだあ?」

「ざまあっ。あのクソヤロー」

 口々に楽しそうに笑い出す。

「…すいぶん人気者だね、遠藤君は」

 流石の黒埜氏も苦笑いだ。

「こいつのこと、好きなヤツなんか池袋(ブクロ)にいんのかあ?」

 

「何か、最近美味い仕事にありついたとか、そんな噂を聞いたことは?」

「さあ…知らねえな」

「どっかのお嬢様JKの上前跳ねてるって言ってなかったか?」

「それ大分前からだろう?

 …たいして美味くねえし」

「ああ、でもなんか羽振りは良さそうだったって、テツが言ってたな」

「…マジか、あの野郎…。またテメエだけ…!」

 放っておいたら際限なく愚痴を聞かされそうだ。

「ああ! コホンッ。

 …彼の故郷がどこか、誰か知ってる?」

 またも脱線しそうな所を、慌てて黒埜氏が軌道修正する。

「…さあ?」

「アイツ、そういう事絶対に話さなかったな」

「そうそう、荷物待ってる間の世間話の時もよ、自分のことはやたら口が堅かったな」

 何の荷物を待っていたのかは怖くて聞けない…。

 

「…ああ、でもなんだっけ?

 地元に大仏があるとか言ってなかったっけ?」

「その、大仏ってのは?」

 僕も気になり、思わず口を挟んでしまった。

 一瞬こいつ誰だ?って顔をされたが、話が続く。

「ほら、テツの地元にある大仏の話してたらよ」

「あれ、大仏じゃ無くて観音様じゃねえか?」

「そうだったか? どっちでもいいだろ」

「ああ、失礼?

 そのテツ君の地元ってどこなんだ?」

「大船」

「ふうん。

 他に…付き合ってた女の子のこととか、何か知らない?」

「見たことあるってヤツの話じゃ、中学生らしいぜ?」

「JKだろ?」

「絶対JCだって、テツが興奮してたぜ?」

「それ、いつ頃の話?」

「3ヶ月くらい前じゃなかったか?」

「ここには見たことある人、いないか。

 どんな見た目とか聞いてる?」

「さあな…」

「眼鏡掛けてた、って聞いたような気がする」

「どっちにしろ、ロリコンてことだ」

「…そっか、ありがと。

 もしなんか他に思い出したら、ここに電話頂戴」

 そう言って、一人の男に名刺を渡す黒埜氏。

 

 半グレ達に別れを告げ、再び歩き出した黒埜氏を追おうとして、雑踏の中に気になる顔を見付けた。

 

 急いでスマホを取り出し、画像を確認する。

「黒埜さん…!」

 足を止めた黒埜氏に近付いて、僕は耳打ちした。

「あそこ歩いてるの、小野田瑠璃です。ギャルの」

 週末の人波の中で一際目立つ少女は、サンシャイン通りをこちらに向けて歩いていた。

「今日は入れ食いだねえ…」

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