6. 警戒する少女(2)

「探偵……?」

 僕たちの渡した名刺をそれぞれ眺めながら、紫苑は困惑気味だ。右の人差し指で眉間の辺りを揉むようになぞりながら、名刺をひっくり返したり戻したりしている。

 探偵なんて人種、普通は出会うこともないだろう。その反応は我々には見慣れた物だったりする。

 

「…私てっきり、最近学校の周りを彷徨うろついてるヤクザな人なのかと」

 だが、紫苑の警戒は少し別の方向にあったらしい。

 

「学校の周りにも怪しいお兄さんがウロウロしているのかい?」

「はい、怪しい達が最近よく。」

 黒埜氏の質問に、若干ニュアンスを変えて紫苑が答える。

 そこに総白髪をオールバックにしたマスターが、人数分のコーヒーを運んでくる。

 佐貴子さんに教えて貰った喫茶店『ノワール』を、紫苑も良く知っていた。話を聞く為、紫苑のホームグラウンドで落ち着ける場所を探した結果、ここに辿り着いたわけだ。

 

 店内は落ち着いた雰囲気で、耳障りの良いイージーリスニングが流れ、壁にはいくつかパステルカラーの絵が額に入り、配されている。

 8つあるテーブルは僕たちの他に、地元住民らしきおばさん達が一組と聖清の生徒が2グループ埋めている。

 土地柄なのか、ざわめきまでが丁度良い音量で心地良い。

 

 運ばれてきたコーヒーに直ぐに口を付けたのは黒埜氏だけで、相変わらず紫苑は名刺を見つめ思案顔だ。

 

「僕たちは八木橋さんのお父さんに依頼されて調査をしているんだ。

 翠さんが根も葉もない噂で登校できない程の被害を受けている…と、いうこともそうだけど。

 先ほど立花さんが言っていた、学校の周りを嗅ぎ回っているチンピラについて、知ってることを教えてくれないかな?」


「まず、さっきヤクザって言ってたけど、どうしてヤクザだと思ったの?」

 黒埜氏が軽い調子で聞く。

「ああいうのはヤクザって言うんじゃないんですか?

 ヤンキーにしては老けすぎだし」

 俗世と縁遠いお嬢様学校の生徒なら、その位の認識なのか…。

 

「チンピラとか、僕らの世代じゃゴロツキなんて言い方もまだあったな」

 黒埜氏が遠くを見ながら呟くが、スルーする。

「人相とか人数とか、どんな格好でどんなことをいつもしているかとか、思いつくことを何でも教えて欲しいんだ」

 僕の質問に対して、少し小首を傾げて考えた後、紫苑が答えてくれる。

「んー。人相とか人数とかは日によって違うかも。今日は貴方たちしか見てないし」

 ……まだ僕らは同類なのだろうか…?

 

「携帯でどこかに頻繁に連絡してたりとかは?」

 黒埜氏が聞くが、紫苑は首を振るだけだ。

 人数はいつも二人か三人、格好はカジュアルな感じばかりで、スーツ姿は見たことがないらしい。

 

「怪しいお兄さん達のことはそんなもんかな。ありがとう。

 …では、八木橋さんの事情について、その経緯と、もし心当たりがあればそれも聞けるかい?」

 再び紫苑が眉間の辺りをさするような動きをしながら、頭の中で言葉を纏めようとしている。

 

「…私が気付いたのは、GWが明けた日だったかな。クラスの子がヒソヒソ話してるのを聞いて。池袋で援交してるとか、ヤクザの彼女とか。

 その時はそんなことないって言ったんだけど、その日の夜にクラスのグルチャに写真付きでその噂が出て…」

 グルチャってのは、言うまでも無くグループチャットの部屋のことだろう。

 

「その時のチャットって、今も見られる?」

 僕の問いに、紫苑は自分のスマホの画面を見せて答えてくれた。

 スマホの画面には翠に見せて貰ったホテル街での画像があり、その下にいくつものコメントが続いていた。

 

『優等生のバイトwww』

『え? これマジ?』

『ヤバいww』

『このホテル壁薄いらしい』

『なんでお前知ってんのwww ウケるwwww』

『なんかウリとクスリやってるらしいよ』

『どこ情報?』

『パパ活仲間 笑』

『お前もヤバいじゃんwwwwww』


「…これ、日本語だよね?」黒埜氏がまたも死んだ魚の目になって聞いてくる。

 お嬢様学校でも、チャットの会話はネット上の高校生の会話なんだな…そんなことをぼんやり考えた。

 

「最初の投稿をした子は、どんな子?」

 僕はまず気になったことを聞いてみた。

 

「瑠璃ってクラスメート。

 小野田瑠璃るり。…ギャルばっかでつるんでるヤツ。」

 砂を噛んだような表情で紫苑が教えてくれる。

 最初の画像及び発言と、売春ウリ薬物クスリ情報ウソを書き込んだ人物だ。

 

「…あれ、でも翠さんの話だとギャルのグループに因縁付けられたのはもっと後の話じゃなかった?」

「直接言い出したのはね。

 あいつら、周りが暖まってからじゃないとやんないの、そういうの。瑠璃はそういう場には居合わせないようにするし」

「自分の手を汚さないタイプ…?」

「さっすが、探偵さん。そう、それ!」

 

 僕たちに慣れてきたのか、それとも僕が舐められているのか、紫苑の態度が幾分気安くなってきた。

 

「その子ら、パパ活してるって聞いたけど、それは確か?」

 黒埜氏がコーヒーを啜りながら聞く。

 

「うん。多分池袋ブクロを中心にやってると思う。けっこう派手にやってるみたい」

 それはなかなか意外な事だ。あんなお嬢様学校に通いながら、学校の直ぐ近くで堂々と援助交際とは…。恐ろしいのは時代なのか、その子達なのか。

 

「とにかく、噂の出所はその瑠璃って子で間違いないんだね?」

 黒埜氏が身を乗り出し、正面の紫苑に顔を近付けて念を押した。

「う…うん…」気圧されたように身を引きながら、紫苑もそれを認める。

 

「そっか。ありがとう」

 言質を取り納得した黒埜氏は再びソファに背を預け、新しい煙草に火を付けた。だが紫苑の方はまだ雰囲気に飲まれたままなのか、やや引きつった笑顔で黒埜氏を見つめている。

 …やっぱり、そこはかとない犯罪臭が漂っている気がする。通報されないよう、充分気をつけねば。

 それから紫苑に瑠璃やその取り巻きの写っている写真、それとクラスの中立的な立場にいる子を何人か紹介して貰った。

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