5. 警戒する少女(1)
高級住宅街を抜け、交通量の多い街道を渡り、今度は下町感漂う住宅街を進むと、やがて私立聖清女学院の学び舎が見えてきた。
もう夕刻だし、何人か制服姿の女子高生とすれ違ったから、既に授業も終わりなのだろう。
カトリック系の学校だけあって、学校の周辺も通りすがる生徒達も、お淑やかな雰囲気に満ちている。
僕の首の下くらいまである煉瓦塀の向こうに、等間隔でポプラが植わっている。その間から校舎やら体育館やらの屋根が覗く。
校門まで辿り着いても、講堂と駐輪場に阻まれ全容は見渡せない造りとなっているようだ。
道路を挟んだ校門の斜め前に陣取り、黒埜氏と二人、ぼんやりと出てくる生徒達を眺める。
……うん、客観的に見て僕らの姿は犯罪臭しかしない。僕はスマホを取り出し、翠から貰った写真のデータを開く。
目的の人物は立花
黒埜氏がその画像をチラリと見て、面倒そうな表情をした。気持ちは分かる。僕だって、出来れば女子高生と会話などしたくない。ジェネレーションギャップ不可避だろう。
「木田君。気持ちは分かるが、思い込みはこの仕事にとって良くない。
話してみれば案外、会話が弾むかもしれないよ?」
「あれっ、なんで僕が励まされてるんですか?!
……ていうか、人の心を読まないでくださいよ…」
「…探偵だからね。一応…」そう言う黒埜氏の目は死んだ魚のそれだ。
十分程が過ぎただろうか。何人もの生徒達が校門から出ていくが、皆決まってこちらを一瞥し、それから明からさまに視線を逸らしていく。なんて言うか、地味にMP(こころ)が削られていく感覚。意外に傷つくもんなんだな…。
「会えますかね…」
手持ち無沙汰を誤魔化す為、黒埜氏に意味のない質問をする。
「さあ、どうだろうね」
黒埜氏も分かっていて、雑な返事を返す。時々貧乏揺すりをするのは、きっと煙草を我慢しているせいだろう。
「……木田君。罪状名しりとりでもする…?」
「…やめておきます。一つも答えられる気がしないです…」
もしやこの時間が永遠に続くのかと思われた時、福音は突如現れた。
「あっ」
校門を潜り姿を現したのは、一際小柄な少女。翠から貰った写真のままの人物、立花紫苑だった。
***
立花紫苑は誰とも連れ添わず、只一人で歩いていた。真っ直ぐに顔を上げ、確固とした意思を瞳に宿し、口は真一文字に引き結び、ただひたすらに前を見て歩いていた。
校門を出て、駅の方向へ曲がり、一定のリズムで歩を進める。その姿は、一切の干渉を拒絶しているようにも見えた。
黒埜氏と二人、追いかけているように見えないか気を配りながら、後を追う。立花紫苑は同年代の子達の中でも極端に小柄で、余計に僕たちの犯罪臭が増している気がする。
こちら側の歩道へと渡ってきた少し後で、声を掛けられる距離へと近付くことが出来た。
「…あの、すみません。立花さんですか?」
出来るだけ抑えたトーンで、かつ低くならない程度の声音を心掛けて、背中に話しかける。すると少女は、首だけをこちらに振り向けた。
「……はい?」
確実に訝しんでいる。当たり前か。
眉間に皺を作りながら、立花紫苑は僕たちを見つめた。
「こんにちは。僕たちは…」
「PTAの調査員です。イジメについての調査なんですが、ご協力願えますか?」
僕たちは怪しい物ではありません、と続くはずの僕の言葉は、黒埜氏の強めの口調で上書きされてしまった。
「…はあ?!」
右肩上がりの語気で立花紫苑の警戒度が確実に上がる。
「…すみません、忙しいので!」
言い捨て、踵を返した女子高生に、黒埜氏が更に言葉を重ねる。
「ご友人の窮地をどうお考えなんですかね?」
……尚も二つ分足が進んだところで歩を止め、立花紫苑が振り返った。目に怒りを滾らせながら。
そう背の高くない僕の胸元くらいまでしか届かない体で、わなわなと何かを懸命に堪えている。
「…私がどんな気持ちかも知らないで。
…勝手なこと言わないでください…。」
最後の方は強風に消えてしまいそうな震え声で、彼女はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます