5. 警戒する少女(1)

 高級住宅街を抜け、交通量の多い街道を渡り、今度は下町感漂う住宅街を進むと、やがて私立聖清女学院の学び舎が見えてきた。

 もう夕刻だし、何人か制服姿の女子高生とすれ違ったから、既に授業も終わりなのだろう。

 カトリック系の学校だけあって、学校の周辺も通りすがる生徒達も、お淑やかな雰囲気に満ちている。

 僕の首の下くらいまである煉瓦塀の向こうに、等間隔でポプラが植わっている。その間から校舎やら体育館やらの屋根が覗く。

 校門まで辿り着いても、講堂と駐輪場に阻まれ全容は見渡せない造りとなっているようだ。

 

 道路を挟んだ校門の斜め前に陣取り、黒埜氏と二人、ぼんやりと出てくる生徒達を眺める。

 ……うん、客観的に見て僕らの姿は犯罪臭しかしない。僕はスマホを取り出し、翠から貰った写真のデータを開く。

 目的の人物は立花紫苑しおん、16歳。翠のクラスメートで、最も親しくしている女生徒。写真には教室らしき場所で、顔にくっつけるようにピースサインをしているショートボブの女の子が写っている。なかなか愛らしい顔立ちだと思う。

 

 黒埜氏がその画像をチラリと見て、面倒そうな表情をした。気持ちは分かる。僕だって、出来れば女子高生と会話などしたくない。ジェネレーションギャップ不可避だろう。

 

「木田君。気持ちは分かるが、思い込みはこの仕事にとって良くない。

 話してみれば案外、会話が弾むかもしれないよ?」

「あれっ、なんで僕が励まされてるんですか?!

 ……ていうか、人の心を読まないでくださいよ…」

「…探偵だからね。一応…」そう言う黒埜氏の目は死んだ魚のそれだ。


 十分程が過ぎただろうか。何人もの生徒達が校門から出ていくが、皆決まってこちらを一瞥し、それから明からさまに視線を逸らしていく。なんて言うか、地味にMP(こころ)が削られていく感覚。意外に傷つくもんなんだな…。

 

「会えますかね…」

 手持ち無沙汰を誤魔化す為、黒埜氏に意味のない質問をする。

「さあ、どうだろうね」

 黒埜氏も分かっていて、雑な返事を返す。時々貧乏揺すりをするのは、きっと煙草を我慢しているせいだろう。

 

「……木田君。罪状名しりとりでもする…?」

「…やめておきます。一つも答えられる気がしないです…」

 

 もしやこの時間が永遠に続くのかと思われた時、福音は突如現れた。

「あっ」

 校門を潜り姿を現したのは、一際小柄な少女。翠から貰った写真のままの人物、立花紫苑だった。


***


 立花紫苑は誰とも連れ添わず、只一人で歩いていた。真っ直ぐに顔を上げ、確固とした意思を瞳に宿し、口は真一文字に引き結び、ただひたすらに前を見て歩いていた。

 校門を出て、駅の方向へ曲がり、一定のリズムで歩を進める。その姿は、一切の干渉を拒絶しているようにも見えた。

 

 黒埜氏と二人、追いかけているように見えないか気を配りながら、後を追う。立花紫苑は同年代の子達の中でも極端に小柄で、余計に僕たちの犯罪臭が増している気がする。

 こちら側の歩道へと渡ってきた少し後で、声を掛けられる距離へと近付くことが出来た。

「…あの、すみません。立花さんですか?」

 出来るだけ抑えたトーンで、かつ低くならない程度の声音を心掛けて、背中に話しかける。すると少女は、首だけをこちらに振り向けた。

「……はい?」

 

 確実に訝しんでいる。当たり前か。

 眉間に皺を作りながら、立花紫苑は僕たちを見つめた。

 

「こんにちは。僕たちは…」

「PTAの調査員です。イジメについての調査なんですが、ご協力願えますか?」

 僕たちは怪しい物ではありません、と続くはずの僕の言葉は、黒埜氏の強めの口調で上書きされてしまった。

「…はあ?!」

 右肩上がりの語気で立花紫苑の警戒度が確実に上がる。

「…すみません、忙しいので!」

 言い捨て、踵を返した女子高生に、黒埜氏が更に言葉を重ねる。

「ご友人の窮地をどうお考えなんですかね?」

 ……尚も二つ分足が進んだところで歩を止め、立花紫苑が振り返った。目に怒りを滾らせながら。

 そう背の高くない僕の胸元くらいまでしか届かない体で、わなわなと何かを懸命に堪えている。

「…私がどんな気持ちかも知らないで。

 …勝手なこと言わないでください…。」

 最後の方は強風に消えてしまいそうな震え声で、彼女はそう言った。


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