第95話 奏音と②
「こんなもんでいいか?」
「うん、形も大きさもバッチリ。だいぶ上手くなったよね~」
「そいつはどうも」
俺たちは今、キッチンに並んで料理を作っている。
味噌汁の準備をしている奏音の横で俺が作ろうとしているのは、肉じゃが。
じゃがいもを切り終えてから、奏音に確認をしてもらったところだ。
「昔はピーラーで皮を剥くのも見ていて危なっかしい手つきだったのに……。それが今では包丁で皮剥きをするまでになったんだもんねえ。あの頃を知ってる身からすると、成長具合に感涙ものだよ」
手を顔に当て、泣き真似をしながらしみじみと呟く奏音。
「お前は親か……」
「料理に関してはそうとも言えるじゃん?」
確かに俺の料理の腕が上がったのは奏音のおかげだ。
でも俺は元々そこまで不器用ではないと自負しているし、一人暮らしの時はやる気がなかっただけだと言い訳はしたくなる。
面倒だから口には出さないけど。
軽く包丁を洗ってから、続けて玉ねぎとニンジン、そして肉も手早く切っていく。
肉に関しては切る頻度がかなり高いこともあり、すっかり慣れてしまった。
こま切れ肉を一口大に切った後、いよいよ鍋に投入。
最初はじゃがいも、続けてニンジンを炒めてから玉ねぎと肉も加える。
じゅううう、という良い音がキッチンに響き渡りはじめた。
何の味も付いてない食材を炒めるこの作業が、密かに好きだったりする。
自分でも明確な理由はわからないが、『料理をしている』と一番実感できる動作だからかもしれない。
冷蔵庫から醤油とみりんを取り出していると、不意に奏音が「あのね……」と呟いた。
何か含みを持たせた呟きに、俺は咄嗟に手を止めてしまった。
「どうした?」
「あの、肉じゃがの作り方、なんだけど……」
「え? もしかして何か不手際でもあったか? 今のところ抜けはないと思うんだが……」
自信があっただけに急激に不安になる。
調味料は今から入れるところだし、しらたきを入れるのももう少し後だ。
奏音が不安に思う要素が思い当たらない。
冷蔵庫の前で悩む俺を見て、奏音は慌ててパタパタと両手を振った。
「あっ、違うの。かずくんの手際は完璧だよ。そうじゃなくてね、えっと……」
奏音はそこでひと呼吸置くと、僅かに口の端を上げた。
「この肉じゃがの作り方ね、お母さんが教えてくれた数少ないレシピなんだ……」
「……そうなんだ」
奏音がどうして今それをカミングアウトしたのか、充分すぎるほど理解できた。
もうすぐ叔母さんがここにやって来る。
俺たちは叔母さんと一緒に夕食を取るために、料理を作っているのだから。
「だったら尚さら、美味しいって言ってもらいたいな」
「……うん!」
昔は色々とあった二人だけど、まさに雨降って地固まる。
今ではマメに連絡し合っていて、2、3ヶ月に一度はうちに呼んでご飯を食べることがすっかり定着していた。
とはいえ、奏音が肉じゃがを叔母さんから教わっていたなんて初耳だ。
彼女はずっと独学でレシピを習得していたものだとばかり思っていたから、ちょっと驚きだった。
「昨日の残りの浅漬け白菜も出すね」
奏音は俺の横から冷蔵庫に手を伸ばす。
俺も醤油とみりんを作業台に置き、調味料を計量スプーンを引き出しから取り出した。
「ああ。美味かったから叔母さんもきっと喜んでくれると思う」
「実はね、これも――」
「え。叔母さんから教わったものなのか?」
「正しくは浅漬けの素、だけどね。『これ使ったら簡単にできて美味しいから!』って激押しされた」
「ははっ。その光景が目に浮かぶよ」
そんな些細なやり取りですら、二人の過去を知っている俺としては喜ばしい出来事だ。
もし日記を書く習慣があったのなら、間違いなく今の部分は書き留めていただろう。
まぁ、現実には日記なんて書いてないのだけど。
気を取り直し、醤油とみりんを鍋に投入。さらにだし汁としらたきを加える。
あとはじっくりと煮込むだけだ。
火にかけて少ししたら、醤油の香りが鍋から立ち昇ってきた。
「味噌汁もすぐにできるよ」
「今日は大根入りか」
「うん。安売りしてたからさ」
奏音が笑顔で答えたその時、来客を告げるインターホンが鳴った。
俺と奏音は咄嗟に顔を見合わせる。
きっと叔母さんだ。
「はい――」
『あ、和輝君こんばんはー。ちょっとスーパーに寄ってアイス買ってきた。溶けるから早く開けてー!』
予想通り叔母さんだったが、こちらが名乗る前に早口でまくし立てられてしまった。
「アイスだって!」
その声を聞いて走って玄関に向かう奏音。
既に大人なのに高校生の時より子供っぽい反応で、思わず俺は忍び笑いを洩らしてしまった。
「あ、今笑ったでしょ!」
……と思ったら、玄関から大きな声で奏音にツッコまれてしまった。
「んー。別に笑ってないぞ」
「その声が既にニヤけてるんだけど?」
「気のせいだ――くくっ」
「やっぱ笑ってるじゃん!」
『早く開けてよー』
「あっ、ごめんお母さん!」
外から叔母さんに催促され、慌てて鍵を開ける奏音。
こんなくだらないことで笑えて騒げる普通の毎日を、これからも大切にしていきたい――。
奏音の声を聞きながら、俺は密かに願うのだった。
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