if ~あるのかもしれない未来~
第91話 友梨と①
「かーずーきー君ー。朝だよー」
いきなり上から降ってきた声で、それまで見ていた夢の内容は全部ふっ飛んだ。
残ったのは『何かを見ていた』という感覚と、なぜかドキドキしている心臓。
馴染みのある手触りの良い毛布が顔に触れているのを認識して、ようやく自分が眠りから目覚めたというのを自覚した。
いや。この場合起こされたと言うべきだが。
ゴロリと身体を半回転させると、柔和な笑顔で佇む友梨が目の前にいた。
「やっと起きた。おはようかずき君」
「……おはよう」
寝起きのせいで酷く掠れた声になっていて、思わず咳払いをする。
「今日はお出かけするって言ってたの覚えてる?」
「大丈夫。忘れてない」
友梨のその言葉で、まだ残っていた眠気がスッと消えていく。
目を抑えながらゆっくりと身体を起こしてから、俺は枕元に置いていた眼鏡を手にするのだった。
「珍しいよね。かずき君の方から外に出ようって言うの」
不意に友梨が呟いたのは、朝食を食べ終え、紅茶で一服しながらスマホでニュースを流し見していた時だった。
「それは……」
珍しいことは自覚しているので、続く言葉が出てこない。
「駅前でお昼ご飯と買い物をしよう――ってかずき君から誘ってくるなんて。今までそんなことなかったから、私嬉しくて早起きしちゃった」
「そうか……」
「どうしたの突然?」
「まぁ……。俺だってそういう気分になる時もあるよ」
「ふーん……」
明確な理由はあるのだが、今は口に出す気分になれなかった。
友梨はそれ以上追及してこない。
ちょっとだけ顔がニヤついているところが少々こちらの不安を煽る。
もしかして察しているのだろうか?
でも俺は平静を装いながら紅茶を啜るしかない。
「……私ね、出かけようって声をかけてくれた昨日の夜、本当にビックリしたんだよ。かずき君が電話をかけてきてくれた、あの時みたいに」
『あの時』のことを思い出してしまった俺は、照れ隠しに頭を掻くことしかできなかった。
友梨に返事を告げたあの日のことは、忘れることなんかできない――。
俺の人生の中で、一番勇気を振り絞ったと言っても過言ではない。
自分の気持ちを人に告げるのがあんなに怖いと思ったのは、生まれて初めてだった。
でもあの瞬間を乗り越えたからこそ、今こうして一緒にいるわけだけど。
皆あのようなプロセスを踏んで一緒になっているんだよな……と思うと、世の中のカップル達に対する認識を変えざるをえなかった。
「かずき君、顔赤い」
「うっ、うるさいな。ジロジロ見るなって」
俺は慌てて残りの紅茶を飲み干すと、ニコニコと見つめてくる友梨の視線から逃れるため流し台に向かうのだった。
休日の駅前は、当たり前のように人でごった返していた。
交差点を渡っていると、スマホを見ながらこちらに向かって歩いてきた若い男と肩がぶつかってしまう。
「あっ……」
謝罪のひと言もなく通り過ぎていく男。
一瞬だけ歩くスピードが落ちた僅かな間で、隣にいたはずの友梨と距離ができてしまった。
何とか人の流れに乗って歩道を渡りきったところで、友梨は安堵の表情を浮かべながらこちらに合流する。
「──っ!」
友梨が息を呑んで目を丸くしたのは、俺が彼女の手を握ったから。
「その、はぐれたらいけないと思って……」
我ながらスマートではない言い方だと思うけど、正直いっぱいいっぱいだ。
だけど、はぐれたくないというのは本音だし。
「……うん」
顔を赤くした友梨を見てこちらも照れてしまったので、お互いに視線を逸らしながら歩いていく。
もうアラサーに足を突っ込んでいるのに、まるで中学生の恋愛みたいだ。
でもこれが俺たちだから――と、誰に言い訳しているのかわからないけど、俺は心の中で弁明していた。
駅前の通りに並んでいる各商業ビルに、面白いほど人が吸い込まれていく。
その流れの一つに乗って、俺たちもとあるビルの中に入っていた。
どこに行くのか友梨には告げていない。
でも
「か、かずき君……。ここは……」
「その、俺はこういうのサッパリわからんから、一緒に選んだ方が良いかと思って……」
俺が止まったのはジュエリーショップ。
白い床に白い壁の開放的な店はただただ眩しい。
店内では何人かの女性客が、目を輝かせながらショーケースを覗いている。
「えええええっと……その、それって、つまり……」
目をぐるぐるさせて混乱する友梨を見て、俺はそこで初めて順番を誤ったことに気が付いた。
……しまった。
確かに何も言わずに出かけて『指輪を一緒に選ぼう』なんて状況、友梨からしたら混乱するしかないよな……。
「あの、ごめん……。まぁつまり、そういうことなんだけど……。ただここで言うのはちょっと何か違うと思うから、指輪を決めた後で改めて言わせてほしい……」
我ながら情けなさすぎると思う。
気持ちが走りすぎて、プロポーズという肝心なことを忘れていたなんて。
これで幻滅されやしないだろうか……。
「そ、そうだよね。ここだと人がいっぱい通って行くもんね。うん……」
妙な部分で納得した友梨は、ガチガチに固まりながら店の中に足を踏み入れ、俺もそれに続く。
そのぎこちない後ろ姿を見ていると、緊張しながら小学校の入学式に向かっていた姿を思い出し、勝手に愛しさが溢れてきた。
ありがとう友梨。俺のことをずっと見ていてくれて。
俺よりも俺のことを信じてくれて、本当にありがとう――。
この後どんなに恰好悪くなっても、その言葉だけは必ず伝えようと心に誓った。
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