第81話 宣言とJK

        ※ ※ ※ 


「はぁ~~。暑いね~」


 とある駅を出たところで、奏音がうんざりしながらぼやく。

 ひまりは鞄の中から猫の顔の形をしたミニサイズのうちわを取り出し、奏音に向けてパタパタと仰ぎ風を送った。


「うあ、ありがとー。てか、どうしたのそのうちわ?」

「昨日コンビニに寄った時に買ったんだ。可愛くてつい」


 ひまりは地元の公民館から帰る途中、コンビニに寄って紙パックの飲料を購入。その時に見つけたものだった。

 美実との『対話』で帰る時にはへろへろになっていたので、暑さが堪えたのだ。


「私も今度買おうかな。ミニ扇風機でもいいけど、あれ地味にかさばるのがちょっと嫌なんだよね」

「確かに。でも手を動かさなくていいのは便利そうだよね」

「うむむ。悩むなぁ」


 そんなとりとめのない会話をしながら二人が向かっているのは、若者に人気の店が並んでいる通りだった。

 昨日ひまりが「ついてきて欲しい」と言ったが、奏音はまだ行き先を知らされていない。

 聞いても「着いてからのお楽しみです」とはぐらかされてしまったのだ。


 とはいえ、ひまりのことだから変な場所に案内はされないだろうとは奏音も思っている。


「あ。あった!」


 声を上げるひまりの視線の先にあるのは、黒と茶色のレンガが融合したシックな店だった。

 奏音は入口前に立て掛けられた看板をジッと見つめる。


「ここは――ガレット専門店?」

「そうです!」

「めっちゃ美味しそうだけど……何でここなの?」

「まぁ、まずは中に入りましょう」


 と颯爽と店のドアを開けるひまり。

 すぐに店員がやって来て二人を席に案内してくれた。

 茶色の表紙のメニューを広げると、多くのガレットのメニューが写真付きで載っていた。

 それらをザッと眺めてから、ようやく奏音は再度疑問をぶつける。


「それで、どうしてこの店なのかなって……」

「えへへ。帰る前に、どうしても奏音ちゃんに個別にお礼がしたいなと思ってたんだ。それでネットでこのお店を見つけて……。本当に毎日美味しいご飯を作ってくれて感謝してます」


「別にいいのに。ひまりがいつも完食してくれるの、私も嬉しいし」

「あと、私も一度ここのガレットを食べてみたかったから……」


 素直に言ってしまうひまりに、奏音は思わず噴き出してしまった。

 そっちの方が本音な気がする。


「だってこんなお洒落なお店、私の地元にはまずないから! 私つい最近まで『ガレット』っていう食べ物が存在してることすら知らなかったんですよ。たまたまネットで見つけて知ったわけで……。これはもう、帰る前に食べるしかないじゃないですか」

「いや、私も食べたことないから……」


 何も言っていないのに食い気味に説明してくるひまりに、奏音は少したじろぎながら答える。

 ガレットは奏音も名前は聞いたことはあるし形状も何となく知ってはいたが、自分で作ろうとは思っていなかった料理だった。


「でもそれなら、かず兄に行って連れてきてもらった方が良かったんじゃ? わざわざひまりがお金を出さなくてもさ……」

「それは……ダメです。今日は駒村さんがいたら困るから……」

「…………?」


 ひまりはコップの水を一口飲んでから、神妙な面持ちで姿勢を正す。


「とりあえず、先に注文しちゃいましょう」

「う、うん……」


 ひまりの言葉に引っ掛かりを覚えつつも、奏音はひまりにならってメニュー表を開くのだった。






 店員に注文をしてから間もなく。

 二人はまるでこれからお見合いを始める人のように、緊張した面持ちで向かい合っていた。


「それで――かず兄がこの場にいたら困る理由って何?」


 切り出したのは奏音だ。

 ここにきて、和輝には言えない相談事がひまりにできてしまったのだろうか――。


 そんな考えが奏音の頭をぎった直後、ひまりはテーブルの上に置いていた両手をギュッと握った。


「奏音ちゃんには、やっぱり言っておいた方が良いかなと思って……。私、帰る前に駒村さんに気持ちを伝えるつもりです……」

「え――――」


 奏音の心臓の速度が一気に加速した。

 楽しそうに雑談を交わす周囲の中で、二人のテーブルだけが静けさを放っている。

 動揺からか、奏音の目は異様に泳いでいた。


「そ、それってつまり――。こ、告白するってこと……?」

「………………うん」


 ひまりは俯いたまま頷く。


「結果はわかってるよ。でも……後悔はしたくないから……。二度と会えなくなるかもしれないし……」

「……………………」


 奏音はしばし何も言うことができなかった。

 頭の中が真っ白になってしまった。

 ただ、胸の中に強い焦りが生まれたことだけは全身で感じていた。


「え、と……。ど、どうしてわざわざ、私にそれを――?」

「あっ――。別に応援して欲しいってわけじゃなくてね!? 何ていうか……黙って告白すると抜け駆けするみたいで……。それは嫌だなぁって思ったから……」

「あ……」


 お互いに気持ちを知っているからこそ――。


 確かに黙ったまま決行されて後で知ることになったら、奏音は絶対にモヤモヤすると思う。

 かといって今モヤモヤしていないかというと、決してそうではない。


 ひまりが言った通り、和輝は彼女の想いに応えることはしないと奏音も思っている。

 でも『もしかしたら――』という考えも浮かんでしまう。

 和輝が何を考えているのか、奏音にはわからない。

 だから可能性はゼロではないのだ。


(それは私にも当てはまることかもしれないけど……)


 とはいえ、奏音はすぐに告白するつもりはないし、そこまでの勇気はまだ持てない。

 それとなく気持ちは表明しているけれど、和輝が自分を見る目が『いとこ』や『子供』より先にいっていないことはわかっているから。


 二人ともに無言のまま時が過ぎる。

 

「お待たせしました」


 その無言の間を埋めたのは店員の声と、ガレットの香ばしい匂いだった。


『わぁ……』


 店員が皿をテーブルに置くと同時に、二人は声を揃えて感嘆の声を上げた。


 こんがりと焼かれたガレットの中央には、スモークベーコンがぎっしりと置かれ、その上を彩るようにネギが載っている。

 これを注文したのは奏音だ。


 ひまりが注文したのはバナナと生クリームにチョコレートソースをかけた、デザート系のガレットだ。

 二人は同時にナイフとフォークを手に持つ。


「いただきまーす」


 奏音はモヤモヤした気持ちを抑え、今はひまりと一緒に目の前のガレットを堪能することに決めた。


(ここで私が考えても、どうにもならないしね……)


 どのような選択をしてどう行動すれば和輝の気持ちが動いてくれるのか――。

 それを考えたところで、きっと意味がないと奏音は思う。

 恋愛はゲームとは違うのだから。


「はぁ……美味しい……」


 色々と複雑な感情は抱いてしまうけれど。

 ガレットを頬張って幸せそうな顔をするひまりが、やっぱり奏音は好きだった。


        ※ ※ ※ 

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