第70話 お祝いと俺
今日は昼飯の時間、もう少し遅くても良いんだけどなぁ。
いつものように会社にて。
もうすぐ12時になる時計をチラ見しながら、俺はそんなことを考えていた。
まだ腹が減っていないのだ。
それもこれも、朝からナンとキーマカレーを食べたせいだった。
ナンの腹持ちが良すぎるのか、それとも俺の胃が加齢で弱ってきているのか……。
何となく、後者な気がするけど。
『今うちの学校で朝カレーが流行ってんだよ』と奏音が言いつつ用意していたのだが、普通に考えてそれはカレーライスの方ではなかろうか……。
ひまりも奏音もペロリと食べる様子を見て、世の高校生は朝から胃も元気だなと思ってしまった。
ちなみにナンもキーマカレーも市販品だったけれど、かなり美味しかった。
と、朝飯の回想が終わったタイミングで、昼休みを告げるチャイムが鳴る。
「よっ、駒村。食堂に行こうぜ」
そんな俺の胃の状態など知る由もなく、チャイムが鳴り終わるや否や磯部が話しかけてきた。
この間の恋愛相談以降、磯部は一人で昼飯を食べに行っていた。
彼なりにずっと『考えて』いたのだろう。
俺も無駄な詮索はせず、仕事以外の会話はしないよう避けていた。
昨日までは思い詰めたような顔で経理部を後にしていたのに、今日は打って変わって陽気な雰囲気を漂わせている。
おそらく、何かしら解決したのだろう。
実にわかりやすい。
「一緒に飯を食うのはちょっと久々だな」
「お? もしかして俺のいない昼休みが寂しかったのか? 嬉しいね、このこの~」
「そういうのじゃないから」
拳で背中をグリグリと押してくる磯部。ちょっとだけウザい。
でも、まったく寂しくなかったと言えば嘘になる――が、それをこいつに伝えるのは何だか癪だったので、俺もお返しに磯部の肩を拳でグリグリと押し返した。
「あっ……。駒村、そこ気持ち良いっ……!」
「誤解を生む言い方をするなよ!」
他の経理部の面々にクスクスと笑われながら、俺たちは食堂に向かうのだった。
食券機の列に並んでいる間、俺は今日のメニューをどうするか真剣に悩んでいた。
そして出した答えはミニうどん。
今まで丼とセットになったメニューしか注文したことがなかったが、単品メニューもあることに気付いたのだ。
「はい、ミニうどんね」
顔は見慣れてるけど名前は知らないパートのおばちゃんからミニうどんを受け取り、磯部が先に確保していた席に着く。
そして「いただきます」と挨拶をしてから割り箸を手に取った。
「さて。早速だがあの後どうなったのか、聞かせてもらおうか」
「あ……やっぱり言わなきゃダメな流れ?」
「当たり前だろ。まさか、このままスルーできると思ってたわけじゃないよな? あれだけ深刻な顔で相談してきたんだから、その結果を知る権利が俺にはあるはずだ」
「あーもう、わかってるって。あの時話を聞いてくれたことに関してはマジで感謝してるから」
磯部はハンバーグを箸で一口サイズに割りながら言う。
「結論から言うと……付き合うことになりました。はい」
「本当か!? 良かったじゃないか。それはおめでとうだな!」
「ありがとな。……この報告、すげぇムズムズする……」
さっきからこっちを見ないのは照れているからだろう。
俺もニヤニヤが止まらない。
「それで、どうしてそう決めたんだ?」
「決定打というほどのものはないんだけど……。駒村に言われてから、佐千原さんとちゃんと向き合うことに決めたんだよ。で、俺のことを好きだと思ってくれてるんだよなぁ――と考えていたら、何か俺の方も意識するようになっちゃったというか……」
それ、小学生にありがちなやつじゃないか?
という俺の心の声が聞こえたのかどうかは知らないが、磯部は勝手に弁明を始めた。
「いや、男なんて年齢関係なく大体そんなもんだろ!? 『俺はこういうのが好みのタイプで~』とか言いつつも、自分のことを好きだと言ってくれる子が現れたら、好みのタイプとか関係なく意識しちゃうじゃん!?」
「まぁ、否定はしない」
「それに佐千原さん、性格も明るくて良い子だし。あれから会話はしてないんだけど、何度か会社内ですれ違うことがあってさ。その度に顔を赤くしながらペコリと会釈する姿がすげー可愛くて……。これはもう、有り寄りの有りだなと思って」
磯部に『有り寄りの有り』判定された佐千原さんの姿を咄嗟に思い浮かべる。
髪はスッキリとしたショートカット。
でも顔立ちは柔らかく、ボーイッシュという雰囲気ではない。
とはいえ、営業部の人間らしい明るさも滲み出ている。
その彼女が照れている姿は、確かに可愛らしいかもしれない。
正直、磯部にはちょっと勿体ない気もするけど……。
好みは人それぞれ。そこに関してはツッコまない。
それにまぁ、なんだかんだで磯部も良い奴だしな。
「そうか。改めておめでとう。ちゃんと大事にしろよ。これから合コンには行くなよ」
「当たり前よ。俺は一途な男だからな」
それに関してはちょっぴり不安だ。
今まで女性のことに関してのカルイ言動を聞いてきただけに……。
半分冗談みたいなものだったのかもしれないけど。
「ところでさぁ、駒村。お礼というわけじゃないけど、俺で良かったら相談に乗るぞ」
「…………何の話だ?」
「またまたしらばっくれちゃって。恋愛相談だよ。れ・ん・あ・い!」
「はぁ?」
ニヤニヤとする磯部に、俺はおもいっきりしかめっ面で返してしまった。
「だってお前、今日全然食欲ないみたいじゃん。何だよそのミニうどん。ダイエット中の女子か! あれだろ? この前の俺みたいに悩んでるから食欲が湧かないんだろ?」
「違うわ。俺の食欲がないのは、朝飯がまだ胃に残ってるからだ」
「………………え?」
俺の返答が想像と違ったからか、磯部は目を点にして固まってしまった。
「実は、朝からナンとキーマカレーを食べてしまってな……」
「いや…………何だよそれ!? 紛らわしいわ!」
「勝手に勘違いしたのはそっちだろうが。というか、今のダジャレのつもりか?」
「別に『何』と『ナン』をかけたわけじゃないから! 」
磯部はちょっと恥ずかしかったのか、誤魔化すかのように味噌汁を一気に飲み干す。
俺は内心ホッとする。
どうやら磯部の追及は上手く躱せたようだ。
俺に恋愛の悩みがあるのは事実だからな……。
女子高生二人の俺に対する気持ち。
そして、告白してくれた友梨に対する返事――。
でも、さすがにこれは人に相談できることではない。
三人に対し、罪悪感だけが募るのだった。
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