第69話 JDとJK
※ ※ ※
とある一人の女子大学生が電車に乗ると、周囲の人たちは彼女の姿勢の良さと凛とした雰囲気に、一瞬目を奪われた。
彼女の名前は
その顔に化粧っ気はなく、長い髪をポニーテールにまとめている。
周囲の視線に気付くことなく、美実は空いている席には座らず立ったまま窓の外を見る。
どこまでも立ち並ぶ灰色のビル群に、美実は
美実は、幼い頃から近所にある剣道の道場に通っていた。
根っからの剣道好きで、大学生になった現在も流行りのものには目もくれず、道場に通い続けている。
美実の剣道の腕は確かなもので、試合に出ると毎回好成績を残すのは当たり前。
彼女の活躍もあり、道場の門戸を叩く生徒は毎年途切れないほどだ。
そして美実と同じく、看板と呼べる人物がもう一人。
道場の師範夫婦の娘だ。
でもその娘は、高校生になってから練習に姿を見せなくなったし、試合にも出ていない。
それどころか、ついには家から姿まで消してしまって――。
間もなく電車が減速し、ホームに着いた。
駅と駅の間隔が短いので考えごともすぐに中断されてしまうのは、都会の良い部分なのか悪い部分なのか。
電車から下りてすぐ、美実は意図せずため息を吐いていた。
むせ返るような暑さと人の多さと、そしてここ数ヶ月の心労からくるものだった。
美実は根っからの田舎育ちで、緑のない都会が苦手だ。
それでも彼女が今ここにいるのは、人捜しをしているから。
いなくなった、師範夫婦の娘を捜すためだ。
手掛かりはない。
彼女が行きそうな場所を手当たり次第捜すという、見つかる可能性が限りなく低い方法を取っていた。
それでも美実は、自ら動かずにはいられなかったのだ。
美実が幼い頃からずっと、彼女とは一緒に剣道をしてきた。
道場の生徒は美実以外に女の子がいなかったこともあり、3歳年下の彼女は美実によく懐いていた。
美実は人と話すことが苦手だったけれど、彼女は年下ということもあり、気負うことなく会話をできる相手でもあった。
休みの日に彼女の部屋に呼ばれたことも、一度や二度ではない。
『美実さん、この漫画すっごく面白いですよ!』
『このイラスト、本当に綺麗ですよねぇ……』
美実は剣道以外のことにあまり興味を持てなかったが、楽しそうにする彼女を見ることは好きだったので、話は熱心に聞いていた。
そこまでの仲になっていたのに、美実は彼女が家を出るほど思い詰めていたことに気付けなかった。
……いや、違う。
たぶん気付いていた。
練習に顔を見せなくなった時点で、何かあったことはわかっていたのに。
その原因にも
それなのに、こうなるまで何もできなかった自分が悔しかった。
だからこそ、美実は彼女を捜さずにはいられなかったのだ。
(……
心の中で名前を呼ぶと、浮かんでくるのは彼女の笑顔と――悲しくて辛そうな顔。
――籠の中の小鳥が自由を求めて逃げた。
彼女のことを考えると、真っ先にそんな言葉が浮かんできてしまう。
首の根本に、ポニーテールにまとめた毛先が絡み付く。
美実は指先で髪を払ってから、人の流れに沿うようにエスカレーターに乗った。
※ ※ ※
世の学生たちは、もうすぐ夏休みらしい。
仕事帰りの電車で、夏休みの予定を話す高校生をよく見るようになった。
奏音から学校予定一覧が書かれたプリントを渡されてはいたものの、終業式の日付までは正確に覚えていなかった。
社会人の俺には当然ながら、
夏休み……。
いい響きだよなぁ。大人と子供の決定的な違いは、夏休みがあるか否かだ。
いや、大人でも年がら年中夏休みの人もいるけど、それは考えると悲しくなるので今はなしで。
とにかく、大人にも夏休みが欲しいと切に思う。
有給があるじゃんとか思われそうだが、ちょっと違うんだよな。
もっとこう、皆が気兼ねなく堂々と休める長期間の休みというか。
それでいて経済は死なずに済むという、とても都合の良いものが欲しいんだけど――まぁ、国が動かないとまず無理だろうな。
と、夏休みというものに思いを馳せながら玄関のドアを開けると――。
「あ、おかえりー。実はかず兄に聞きたいことが」
「おいおい。帰って早々何だ?」
帰宅してすぐに待っていたのは、奏音からのお願いだった。
靴を脱ぐ時にひまりの靴がないのを確認。彼女はバイトに行っているらしい。
奏音にここまで食い気味にお願いされたことがなかったので、まさか無茶なお願いか? とちょっと身構えてしまったが――。
「次の休みの日にさ、家の様子を見に行っていいかな」
「それは構わんが……」
拍子抜けするほど普通のお願いだった。
……いや待て。
わざわざこうしてお願いしてくるくらいだから何かあったのでは。
まさか、叔母さんからの連絡が来たとか?
「あー、別に深い意味はないよ。ほら、私の春服ずっと置きっぱなしで邪魔じゃん。だから家に置きに帰りたいなって。ついでに夏服も足りない分を持って来たいし」
「なるほど、わかった。そういうことなら俺も行こう」
「やった。ありがと!」
「どうせ荷物持ちのために頼む気だったんだろ」
「でへへ。バレてましたか」
奏音は悪戯っぽく笑ってから、夕食を作るために冷蔵庫に向かう。
俺はリビングのソファに鞄を置いてから、凝った肩をぐるりと回した。
奏音の家か……。
あの日以降行っていなかったな。
初めて奏音の涙を見た日のことを思い出してしまい、少し胸が苦しくなった。
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