第66話 タピオカとJK
喫茶店を出た奏音とひまりは、夕暮れ時の街の通りを歩いていた。
「はぁ~。パンケーキすっごく美味しかったぁ~」
「でしょ? あの店のメニュー全制覇したいと思ってるんだけど、毎回いちごのやつを頼んでしまうんだよね~」
「あははっ。奏音ちゃんはいちごが好きなんだね」
「うん、大好き。……っと、次はここ」
いきなり立ち止まった奏音の視線の先には、大勢の女性たちが列をなしていた。
「これは――」
「タピオカ専門店。美味しいよ」
「でも、お腹いっぱいじゃないです?」
「んー。ジュースは別腹!」
朗らかに宣言する奏音に、ひまりは思わず笑ってしまった。
「タピオカって結構腹持ちするしカロリーもあるって見たことあるけど……ま、いっか」
「そーそー。今日はカロリーなんて気にしない。気にしないからゼロカロリー。ってことで並ぼう」
ここの店はテイクアウト専門らしく、カウンターと簡素な厨房のみという店構えだ。
列の最後尾に並んだ二人だが、少し待っているとすぐに後ろに別の女性二人組が並んだ。
「こういう行列に並ぶのって、実は初めて……」
「ん、そうなの? まぁ並ばずに買えるのが一番だもんね」
奏音の返答に、ひまりは上手く返すことができなかった。
テレビでこのような行列を見ると、そこまでして食べたいものなのかな? 時間の無駄では――? と少々冷ややかな目を向けていた。
近所にはそんな店なんてないし……という、都会に対する僻みも少々入っていたことは否定しない。
だが、今の自分はその行列の一員になっている。
その事実は、ひまりの中で少々複雑な気持ちを抱かせたのだが――。
(並んでいる人たち、楽しそうだな)
見える範囲の女性たちは、皆お喋りに花を咲かせている。
つまりこの待ち時間は、並んでいる女性たちにとっては喫茶店でお喋りすることと大差ないのだろう。
夕暮れ時とはいえ気温はまだ高いので、アスファルトの熱で蒸されそうだ。
ビルの日陰になっているのがまだ救いではあるが。
ひまり一人だったら、いくら美味しいと評判の店でもこの行列に加わろうとは絶対に思えなかった。
でも――。
(誰と一緒に来るかが大事なんだなぁ)
そう考えると、隣にいる奏音のことがより愛おしく見えてしまう。
地元にいたままでは理解できなかったことを一つ理解したところで、奏音が不思議そうに首を傾げた。
「ん、何ジッと見てんの? 私の顔に何か付いてる?」
「へっ!? いや、そういうわけではなくて……。私こういうのに並ぶの初めてだから、ちょっと緊張しちゃって……」
「そか。ひまりの返事を聞かずに並んじゃったから、もしかしたら嫌だったのかと思った」
「そんなことないよ! むしろ初めての体験をさせてくれてありがとうって思ってる」
「そ、それは……えと……。よ、良かった」
お互いに照れ笑いを浮かべたところで、黒い帽子と黒いエプロンを付けた女性店員が横から二人にメニュー表を渡してきた。
「お待ちの間に御覧ください」
「あ、ども」
奏音とひまりは肩を寄せ合い、早速メニュー表を眺めるのだった。
「うーん、美味しい」
ようやく購入できたタピオカジュースを飲みながら、駅に向けて歩く二人。
ひまりはストレートなミルクティー。
奏音は黒糖ラテを購入していた。
かなり待ったので、並んだ時には空にあった夕日も既に沈んでしまった。
空は夕日の残骸であるオレンジ色と、夜の青が混ざり合っている。
「ふぐっ!?」
突然うめき声を上げるひまりに、奏音は思わず肩をビクッと震わせてしまった。
「ど、どしたの?」
「~~~~っふぅ……。はぁびっくりしたぁ。ストローからタピオカが直接喉まできたんですよ」
「あははっ。それなるなる」
ひとしきり二人で笑い合った後、奏音はふと真顔になる。
「ひまりは――」
「え?」
言いかけた後、奏音は無言になってしまう。
奏音の少し下がった眉を見て何かを察したのか――。
ひまりは優しく口の端を上げた。
「今日、凄く楽しかった。ありがとう奏音ちゃん」
「ひまり……。もっと色々と回ってみたかったんだけど、ゴメンね」
「ううん。流行りのお店に行けたの、本当に嬉しかったよ。初めての体験をさせてくれてありがとう」
ひまりのお礼に、奏音の肩から少し力が抜けた。
「今度は私、いちご以外のパンケーキが食べたいな」
今度――。
その機会はいつ訪れるのだろう。
もしかしたら、もう――。
そう考えた瞬間、突然奏音のスマホから音が流れる。
取り出して画面を見ると、クラスメイトのゆいこからのメッセージだった。
『いとこちゃんとパンケーキ食べてるの見たぞ~👀』
思わずフフッと笑ってしまった。
だが一つ前の画面に戻った瞬間、奏音の顔からその笑顔はすぐに消えてしまった。
『ちょっと疲れた』
文化祭の日に母親から届いた、あのメッセージが目に入ってきたからだ。
奏音はあれから母親にメッセージを送れていないし、相変わらず母親からは何の音沙汰もない。
「奏音ちゃん、どうしました?」
ひまりの声で奏音は我に返る。
今は沈んだ気持ちになりたくなかったので、奏音はすぐにスマホを鞄にしまった。
「さっきパンケーキを食べてるところ、ゆいこが見てたんだって」
「あ、この間の」
「うん」
「またあの二人とも一緒に遊べたらいいな……」
ひまりの呟きに、奏音は何も答えることができなかった。
胸に渦巻き始めた複雑な気持ちを誤魔化すように、残りのタピオカジュースをいっきに飲み干して――。
ひまりと同じく、タピオカが喉を直撃してむせるのだった。
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