第58話 文化祭とJK①

「駒村さん、チケット持ちました?」

「あぁ。問題ない」


「案内の紙は?」

「…………忘れてた」


「もう、ダメじゃないですか。あれがないとどの教室で何をやるのかわかんないですよ。どこに置いてますか? 私取ってきます」

「リビングのテーブルの上に置きっ放しだ。すまん」


 玄関からリビングに小走りで向かうひまり。

 俺はその背中を眺めながらちょっとだけ落ち込む。

 年下に本気マジモードで叱られると、結構心にダメージがくるな……。


 気を取り直すため、両腕を突き上げて伸びをする。

 今日はいよいよ奏音の学校の文化祭だ。






 ひまりと一緒に電車に乗り、奏音の学校へ。

 朝一で家を出たのだが、校門を入ってすぐの場所には、既に多くの人が列をなしていた。

 自分の母校ではないが『学校』という空間に入るのがかなり久しぶりなので、何だか懐かしい気持ちが溢れてきた。


「すごい……。もう人がいっぱいですね」


 チケットを渡されたのは生徒の身内や知り合いだけだろうが、それでも結構な人数だ。

 俺とひまりはちょっと圧倒されつつ、列の最後尾に並ぶ。

 そのタイミングで「ピンポンパーン」という小気味良いリズムで放送のチャイムが鳴った。


『本日は、花高祭にご来場いただき、誠にありがとうございます。ただいまより、入場を開始します。ごゆっくり、お楽しみください』


 放送時独特の、ゆっくりで丁寧な女の子の声。それでいてちょっと棒読みの放送が終わると、比較的おとなしく並んでいた人たちがにわかにざわめきだす。


 前の方で受付係らしき生徒たちが、チケットの確認作業を始めたみたいだ。

 俺は財布に仕舞っていた水色のチケットをひまりに渡す。


「私、他の学校の文化祭を覗くのは初めてなのでとても楽しみです!」


 チケットを見つめながら、テンション高めに言うひまり。

 かくいう俺も初めてだったりする。

 まぁ、高校生の文化祭だしな。まったり楽しもう。




 受付係の人数が多く、列はスムーズに進んだ。

 早速チケットをちぎってもらった俺たちは、ひとまず人の流れにそって進み――。


「わぁ……! 凄いです!」


 視界に飛び込んできたのは、下駄箱の前に飾られた巨大なモザイクアートだった。


 リアルタッチの犬と猫が左右に描かれ、真ん中には赤文字で「ようこそ」という文字がある。

 そして端の方には手描きで『作成:生徒会』と書かれていた。


 使われているのはこの学校の生徒ばかりを写したと思われる、膨大な数の写真だ。

 近付いて見ると写真を寄せ集めたようにしか見えないのに、離れて見るとちゃんと1枚の絵として見えるのだから不思議だ。


「この中に奏音ちゃんもいるのかな?」

「もしかして探すつもりか? 日が暮れるぞ」

「う……そうですよね……。ひとまず写真撮りましょう写真!」


 ひまりの催促で俺はポケットからスマホを取り出す。

 皆考えることは一緒らしく、俺以外にも多くの人がスマホをモザイクアートへと向けていた。


 写真を撮り終えた俺は、ひまりが持っている案内の紙を覗き込む。

 初っ端からレベルの高い展示に驚いてしまったが、まだまだここは入り口。

 それに今日の一番の目的は、奏音のクラスのコスプレ喫茶だ。


「ひまり。奏音のクラスはどこだ?」

「ええと、確か奏音ちゃんは4組って言ってたから――ありました、ここです! 北館の3階ですね」


 案内のプリントには校舎の地図も載っている。

 そこの『2-4』の教室を指差すひまり。


「よし。じゃあ早速向かうか」

「はい! ふふ……。奏音ちゃんのコスプレ姿、楽しみだなぁ……」


 怪しげな笑みを浮かべるひまりの目が、一瞬キラーンと輝いて見えたのは見間違いだろうか……。

 とりあえず、俺たちは真っ先に奏音の教室に向かうのだった。






 地図のおかげで、特に迷うことなく目的地である『2-4』の教室に着いた。

 玄関で忘れてないか、と声かけをしてくれたひまりに改めて感謝だ。

 この案内の紙がなかったら、間違いなく時間ロスになっていただろう。


 それはともかく――。


「既に並んでるとは……」


 ちょっと悔しそうに呟くひまり。

 割と早く来た方だと思うのだが、ひまりの言う通り教室の外には既に待機列が形成されていたのだ。

 とはいえ、開いた窓から中の様子を見ることができる。


 そこには様々なコスプレに扮した高校生たちが、客をもてなす為に動き回っていた。


 オーソドックスなメイド衣装を着た子もいれば、魔女のような大きな黒い帽子に黒マントの子もいる。

 白タイツの王子様や、体格の良い男の子がピンク色の魔法少女の格好をしていたり、馬づらのマスクを被った上半身裸の奴、触覚が生えた銀色スーツの宇宙人までいたりして、コスプレの種類はなかなかにカオスだ。


「お待たせしました。オレンジジュースだよ☆」

「麗しのお嬢様、こちらリンゴのパウンドケーキでございます」

「レモンティーだにょろ!」


 キャラに合わせているので、聞こえてくる口調も闇鍋状態。

 だが、それがなかなかに面白い。客もみんな笑顔だ。


「見て。あの子の衣装めっちゃ可愛くない?」

「わ、本当だ。ていうか、あの子自体めっちゃ可愛い」

「それな」


 前に並ぶ女子高生たちの会話が否応なしに聞こえてきたのだが、彼女たちの視線の先にいたのは、なんと奏音だった。

 奏音は丈が膝くらいのウエディングドレスのような物を着ていて、頭にはヴェールも被っている。


「…………駒村さん。写真撮ってください」


 静かに、それでいて鋭い声でひまりが呟く。

 奏音を見つめる目は真剣そのものだ。

 妙な迫力があり、ちょっとだけ怖い。


 俺はひまりの要求通り、スマホを奏音に向ける。

 奏音は接客で忙しくしているので、まだ俺たちの存在に気付いてないみたいだ。


「これは実に良き……。涎が出そうです……」

「は?」


 真剣な顔で意味不明ことを言うひまり。

 やはりひまりの感性は、俺にはちょっとわからんな……。






 5分ほど待つと中に入ることができた。

 入った瞬間、奏音が俺たちを見て「あ」と声を上げて目を丸くする。


 その様子を見ていたクラスメイトの女の子が「行ってきなよ」と小声で奏音に話しかけたのが聞こえた。

 ちなみにその子は妖精のコスプレをしている。

 幼稚園のお遊戯会で見たことがあるような気がするが、高校生が着ると別の可愛さがあるな……。


 席に案内された俺たちが座るのと同時に、奏音も俺たちの机にやってきた。


「二人とも来てくれてありがと。てか、来るの早いし」

「えへへ。真っ先に来ちゃいました。奏音ちゃん、そのドレス凄く可愛いです!」


「あ、ありがと……。コスプレ衣装を作るのが趣味な子がいてさ。その子が大半の衣装を作ってくれたんだよね。でもまさか、私がこれを着る羽目になるとは思ってなくてさ……」


 ドレスやヴェールの裾を摘まみ、モジモジとする奏音。


「恥ずかしがっている奏音ちゃんも新鮮で良いですね……」

「な、何言ってんの!?」


 そういうひまりも、この間のメイド喫茶で同じような感じだったと思うのだが……。

 まぁ、今はツッコむのはやめておこう。


「それで、何を頼む?」


 奏音はテーブルの上に置かれてある、ラミネートされたメニュー表を指差す。

 ドリンクとお菓子を一種類ずつ選べるらしい。


「私はリンゴジュースとプチパンケーキで!」

「俺はアイスコーヒーとシフォンケーキを貰おう」

「うぃ、了解ー。ちょっと待っててね。ケーキ類は調理部が作ったやつなんだけど美味しいよ。私も味見したから」


 そう言って白いヴェールをひるがえし、奏音は教室の端に向かう。

 端の方にはジュースを入れてあるのだろうクーラーボックスと、たくさんのケーキ類がラップをかけられた状態で置かれていた。


 ほどなくして奏音は、注文したドリンクをメニューを持ってくる。


「お待たせー」

「ありがとう奏音ちゃん」


「実はプチパンケーキ、最初はメニューになかったんだ」

「え、そうなの?」


「うん。ひまりの店にデザートでパンケーキがあったっしょ? それで軽く提案してみたら、急遽採用になったんだよ。パウンドケーキとかと違って、なくなりそうになっても家庭科室ですぐ焼けるからって」

「そっかー……。えへへ。参考にしてもらって何だか嬉しいです」


 俺はひまりの店のメニューを全部見ていないので、パンケーキがあったことに気付かなかった……。


 とはいえ、あの視察がちゃんと活かされているってわけだな。

 自分が何かしたわけではないけど、ちょっと嬉しくなる。


「交代制だから私も後で見て回るんだけど、友達と一緒に行く約束をしてるからさ……。今日は二人で楽しんでね。展示や屋台だけでなく、ステージもあるみたいだし」

「うん。他にも見て回ってみるね!」


 微笑み合う二人を眺めつつ、俺は控えめサイズのシフォンケーキを食べる。


 うむ……。

 ふんわり柔らかく甘さも程よい。これは大人を対象とした味だな。


 俺の頭の中にいるスイーツ鑑定士は、合格の○印を掲げたのだった。

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