第38話 学校とJK
※ ※ ※
朝――。
乗車率が限りなく高い電車に揺られながら、奏音は学校に向かう。
ひまりが和輝と会った時は痴漢に遭っていたらしいが、幸いにも奏音は今までそのような経験はなかった。
髪色が明るいせいかもしれない、とは何となく感じている。
(ま、ひまりはおとなしそうに見えるしね……)
その点自分は、そういう痴漢をする人間に『絡まれたら面倒くさそう』な女子高生に見えているのだろう。
ひまりはかなり芯があって強い――と奏音は思っているのだが、そのような性格と痴漢に狙われやすいかはまた別問題だ。
(かず兄は、やっぱりおとなしそうな子が好きなのかな……。髪の色、もう少し暗くした方が良いのかな……)
幼馴染みの友梨もおっとりしているし――と、奏音は流れゆく窓の外の景色を見ながら少し切ない気持ちになった。
「奏音おはよー」
「あいよ、おはよー」
教室に入るやいなや、クラスメイトが声をかけてくる。
奏音の机の前では、二人の友達が楽しそうに会話をしていた。
『ゆいこ』と『うらら』は2年生になってから知り合ったのだが、奏音としては気楽に付き合える友達だ。
「あ、奏音じゃん。おはよ」
「おはおは」
「うん、おはよー」
奏音は自分の机に鞄を置くと、椅子には座らずに机の上に腰掛けて彼女たちの話を聞く体勢に入る。
「そういや昨日のライブ見た?」
「見た見た。6
「だよね。いっちゃん、ちょっと振り付け遅れてたし」
「そこな」
興奮気味に彼女らが話しているのは、最近デビューした若い男性アイドルグループのことだ。
奏音も昨日のテレビは見たしそれなりに好感は抱いているが、彼女らみたいに熱狂的になるほどではない。
というわけで、楽しそうに話す彼女らをニコニコと眺めていた。
「どしたの奏音。何か笑ってるけど。上機嫌?」
「うん、楽しそうだなって」
「楽しいよー。奏音もハマれよー。そしたらライブ一緒に行けるのに」
「いやぁ、私はテレビで十分だって。それに今お金ないんだよねー」
「そっか。んじゃお金が貯まって気が変わったらいつでも言ってよ。沼に引きずり込む準備はできてるから」
「あはは。じゃあ気が向いたらね」
奏音は笑って誤魔化す。
実は奏音は、母親が失踪したことを誰にも言っていなかった。
二人の友達はおろか、教師にさえ。
だからクラスメイトたちにとって、奏音は明るくて気さくな女子高生という評価のままだ。
彼女の母親が失踪しているのを知っているのは、和輝の家族と友梨、そしてひまりだけだった。
誰にも言っていないのは、無用な心配をかけたくないという思いが強かったから。
そもそも、母親はそれほど時間をかけずに帰ってくるだろうという考えもあった。
結局帰って来ないまま、既に1ヶ月近く経ってしまったのだが。
(本当にどこに行っちゃったんだろう……。何も言わないでさ。私のこと、本当にどうでも良くなっちゃったのかな――って、ダメだダメだ)
考えると泣きたくなってしまう。
奏音は脳裏に浮かんだ母親の姿を強引に追い出し、友達との会話に集中することにした。
3時間目の授業を終えた休み時間。
教室の隅にクラスの男子が集まっていた。
一人のスマホを、数人の男子が覗きこみながら見ている。
おそらく動画でも見ているのだろう。
奏音の学校は男子の数が女子の5分の1しかいないので、必然的に男子達には結束感が生まれている。
「うわ、でけぇな……」
「俺はこういう色が好み」
「マジで」
最初は静かに見ていた男子達だが、やがてあまり耳に入れたくない、下ネタ系の話題で大層盛り上がり始めてしまった。
(本当、ガキって感じ)
奏音は心の中で呆れ、目を逸らす。
常に落ち着いている和輝とはえらい違いだ。
和輝はあのように露骨に下品なことを言わないし、態度にも出さない。
ふと風邪の時のことを思い出してしまい、奏音は顔を赤くしながら頭を振った。
あの時は熱のせいで、自分はかなりおかしかった。
和輝に背中を晒してしまうなんて。
とはいえ、それは和輝に安心感を抱いていることの証左でもある。
事実、和輝は何もしてこなかったどころか、態度すら変わっていなかった。
そして奏音の家に行った時、頭を撫でてくれた手の感触を思い出す。
大きくて、温かくて、優しかったあの手――。
やはり男性は大人に限るな――と奏音は改めて思うのだった。
昼休みになると、奏音は机の向きを変えてから弁当を広げる。
「奏音ってさぁ、いつも自分で作ってんだよね?」
奏音の弁当を眺めながら、うららがポツリと洩らす。
「うん、そうだけど。どしたの?」
「いやぁ、女子力高いよねーと思ってさ」
「そうかな?」
弁当はシンプルにただ詰めているだけだ。
決してキャラ弁などの華やかな弁当ではないのだが、どのあたりが女子力が高いのだろう――と奏音は疑問に思う。
「わふぁふぃもふぉうおほほう」
コンビニ産のハムとレタスのサンドイッチを頬張りながら、ゆいこも同調するように頷く。
「口に入れたまま喋んなさんなって。何言ってるかわかんないし」
奏音が笑いながら言うと、ゆいこはゴクリと飲み込んでからパックのフルーツジュースを一口啜り、ふぅ、と一息ついてからようやく口を開く。
「私もそう思う。だってこのミニトンカツ、手作りでしょ? 冷凍っぽくないもん」
「そうだけど……昨日の晩ご飯の残りを入れただけだよ?」
「それが既にスゴイんだけど」
「そう、それ!」
「えっと……ありがと」
料理を作ることは、子供の時から自分にとって当たり前のことだった。
それを友達から改めて褒められると少しくすぐったい。
そういえば、今日の晩ご飯は何にしよう――。
和輝とひまりも喜んでくれるので作りがいがあるが、毎日メニューを考えるのは少し大変だった。
(うーん、決まらない。スーパーに行って、食材の値段を見てから決めるかな)
弁当を食べながら、奏音は既に晩ご飯に思いを馳せるのだった。
ホームルームの時間は文化祭の準備だ。
テスト期間が終わってからほとんど日にちを空けずに文化祭なので、結構本気で取り組まないと間に合わない。
1年の時は展示だけだったが、今年奏音のクラスがやるのはコスプレ喫茶。
衣装だけでなく食べ物も提供するので、展示と違い念入りな事前準備が必要だ。
今日は、提供する食べ物と飲み物をどう確保するか、どれくらい用意するのか、といった話し合いがなされていた。
ちなみにコスプレは裏方とか関係なく、全員がするらしい。
各々好きなように――という感じなので、ハロウィンみたいな雰囲気になることはやる前から目に見えていた。
色々と意見が飛び交う教室の中で、奏音は頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を見ていた。
興味がないわけではないのだが、こういう話し合いに参加するのは苦手な方だ。
とはいえ、協力しないわけではない。
何か係が決まったら、おとなしくそれに従うつもりだ。
まあ、よっぼど嫌な役割を押し付けられてしまったら、少しは抵抗するかもしれないけれど。
(しかしコスプレ喫茶かぁ。今度かず兄を誘ってみようかなぁ)
以前和輝には『店に行くのは迷惑だからやめろ』と言ってしまったが、奏音も興味が湧いてきてしまった。
ひまりはどんな感じで働いているのだろう――と考えたところでチャイムが鳴った。
「ただいまー」
スーパーの袋をぶら下げて帰宅する。
家の中はしん――としており、奏音の声に応える人はいない。
「そっか。今日はひまりはバイトだっけ」
キッチンの明かりを付けてから、テーブルの上にスーパーの袋を置く。
「よっし。今日も腕によりを掛けてご飯を作りますか」
奏音は一人で呟いてから、買ってきた食材を取り出す。
今は誰もいない家の中。
自分の出す音以外のものがない、静かな空間。
だけど、二人が帰ってくることがわかっているから寂しくはなかった。
※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます