第37話 サプライズとJK

 ある日の夜――。

 ベッドの上でスマホをいじりながら、俺はあることを考えていた。


 最近、二人の様子が変な気がする。


 この間のケンカのような雰囲気ではなく。


 具体的に何が――と言われても困るのだが、二人でヒソヒソとお喋りしているのをよく見かけるというか。


 あと、目を逸らされる頻度も増えた――気がする。


 俺、知らない間に何かやらかしてしまったか?


 思い当たる節は挙げればキリがない。


 例えば、暑くなってきたから汗臭くなってきたとか。

 それだけでなく、見た目も暑苦しいとか。


 気付かぬ内に無神経なことを言ってしまったとか。

 やっぱりおっさんと暮らすのが嫌になってきたとか。


 そういえば、ちょっとこの生活に慣れてきたこともあり、洗い物もシンクに少し溜めてからやるようになってしまっていた。


 化粧品や雑貨類は友梨に甘えてばかりで、相変わらず俺からは二人のために購入していない。


 まあこれは、節約しなければならないので仕方ないところもあるのだが。


 だが、このままだとやばいかもしれない。改めなければいけないところは改めなければ。


 人間の本性は慣れた頃に出てくるものだ。

 俺の存在自体が、ちょっと呆れられ始めているのかもしれない。


 危機感を覚えた俺は、明日から生活を見直そうと心に誓う。

 こういう時は、初心に返るのが大事だ。






 次の日の朝、俺は誰よりも早く目覚めていた。


 目玉焼きとベーコンと食パンを三人分焼き、あとはコンソメスープも用意した。


 我ながら豪華な朝ご飯だ。

 一人暮らしをしていた時は、朝からこんなに作ったことなどなかったからな。


「あれ、かず兄? もう起きてたの?」


 眠そうに目を擦りながら奏音がやってきた。

 いつも朝ご飯を作っているからか、やはり奏音の方がひまりより早起きなんだな。


「てか、うわっ! 朝ご飯もうできてるし。いきなりどしたの?」


「たまには俺がやらないとと思ってな。さあ、顔を洗ってこい」

「う、うん……」


 狐につままれたような顔をしながら、奏音は洗面所に向かう。

 入れ替わるように、今度はひまりも起床してきた。


「おはようございまぁす……って、駒村さん!? え、どうしたんですか?」


「奏音と同じような反応をするなよ。まぁ、たまには俺が作ってもいいだろ。元々俺の家なわけだし」

「そ、それは確かにそうですが……」


「ひとまず食うのは、寝癖を直してからな」


 ピンと跳ねた寝癖を恥ずかしそうに押さえながら、ひまりも洗面所に向かった。


 二人を驚かせることにはなったみたいだが、本来の目的はそれではない。


 これで一人の大人として見直してもらわねば――とそこまで考えから、あることに気付く。


 もしかして俺は、二人に嫌われることを恐れている――のか?


 大人として、二人の気持ちには気付かずにいこうと決めたのに。


 だから、それに沿った行動を取らなければならないのだが――どうにも、行動が矛盾してしまっている。


 これでは益々ますます二人に懐かれてしまうのではないか?


 …………いや。

 ひまりにも言ったが元々は俺の家だ。

 そして、俺は大人。


 つまり、俺が二人のために行動をすること自体、何らおかしいことではない。


 自分で出したその答えに何か引っかかりを覚えつつも、今は二人が食卓に着くのをただ待つのだった。






「ただいま」


 仕事から帰ってきた俺は、既に慣れてしまった帰宅を告げる言葉を言う。


 いつもなら奏音とひまりが「おかえり」と出迎えてくれるはずなのだが、今日は何の反応もない。


 あれ? 二人とも家にいないのか?


 だが、二人の靴は玄関にある。


 リビングに行くと、俺の部屋から二人の話し声が聞こえてきた。


 俺の部屋――もしかしてパソコンで何かを見てるのか?


 部屋を覗くと予想通り、二人はパソコンの前に並んで座っていた。


「これとかどうかな?」

「う~~~~ん。悩むねぇ。あ、さっきの――」


「ただいま」

「うひゃぅっ!?」


 俺が声をかけると、二人は面白い声を上げてビクッと肩を震わせた。


「あ、駒村さんおかえりなさい」

「おかえりかず兄。ごめん気付かなかった」


「何か二人して楽しそうだったな。何を見てたんだ?」


「そ、それは……」

「秘密。これは女の子の秘密だから」


 とても気になるが、そういう言い方をされるとこれ以上深入りはできない。


「そうか……。んじゃ、先に風呂に入るな」

「はーい」


 俺はネクタイを緩めながら洗面所に向かう。


 しかし、本当に何を見ていたのだろう。

 二人が楽しそうだったのでちょっとハブられたような気分になる――が、いかんいかん。


 女子高生が秘密にしたがっていることを、おっさんが根掘り葉掘り聞くのは痛すぎる。


 でも最近の二人の態度といい、やっぱりちょっと気になる。


 うーん……。

 いや、考えても仕方がないな。風呂で汗と一緒に、このモヤモヤも洗い流そう。


 そうだ。明日はスイーツでも買って帰るか。

 友梨がこの間シュークリームを買った店に寄ってみよう。






 ――というわけで、俺はケーキが入った箱をぶら下げて帰宅した。


 夕方だから混んでないだろうと思っていたのだが、俺のような『仕事帰りに寄りました』と言わんばかりの女性が結構な人数いて、狭い店内でちょっと肩身の狭い思いをしてしまった。


 まあ、その苦労に見合うだけの美味しそうなケーキを選んだので、今から楽しみだ。


「ただいまー……」


 と玄関を開けた瞬間、俺はひるんでしまった。


 家の中が真っ暗だったのだ。


 玄関どころかキッチン、さらには奥のリビングまで明かりが付いていない。


 これは一体……?

 停電にでもなったのか?


 ひとまずブレーカーを見よう――と靴を脱いで家に上がった、その時。


 いきなりパッと電気が付いた。


「おぉっ!?」


「かず兄、誕生日おめでとう!」

「おめでとうございます! 駒村さん!」

「おめでとう、かずき君!」


 パパパンッ! と、俺に向けて一斉に放たれるクラッカー。


 紙吹雪を体に浴びながら、俺はしばし玄関で呆然としてしまう。


「誕生日……」


 あ…………。

 そういえばそうだった……。

 この数日は二人のことで頭がいっぱいで、完全に頭から抜け落ちていた。


 特にこの数年は、誕生日にそれらしいことをやっていなかったから、余計に。


「そう。実は友梨さんに聞いていてね。数日前から準備してたんだ」

「えへへ。そういうことです。さあ早速お祝いしましょう、駒村さん!」


 とひまりが笑いながら俺の手を引き、キッチンのテーブルまで連れていく。


 テーブルの上には、生クリームの誕生日ケーキが置かれていた。


 チョコレートのプレートには『かずきくん おたんじょうび おめでとう』と書かれていて、何だろう……とても恥ずかしい……。


 こんなふうにケーキのプレートに名前を書かれるなんて、小学生の時以来だぞ……。


 しかも改めてキッチンを見ると、壁や天井に折り紙で作った飾りが張り付けられており、風船まである。


「あ、この飾り? 実はネットを見て参考にしたんだー。かなりパーティーっぽい飾り付けでしょ?」


 なるほど……。

 二人でパソコンを見ていたのは、これのためだったのか。


「ところでかずき君、それは? この前私がシュークリームを買ったお店のだよね?」


 友梨が俺の持っていた箱に気付く。


「いや、実はケーキを買って帰ってきたんだが……自分の誕生日ってことをすっかり忘れていてな……」


 まさかケーキがダブってしまう事態になろうとは。

 なかなかない経験だなこれは。


「なら今日はケーキ三昧ですね! ふふっ、楽しみです!」


「あとね。ひまりと私とで唐揚げも作ったんだよ。超美味しくできたから後で食べてね」

「そうなのか。奏音もひまりもありがとうな」


「えへへ。私も奏音ちゃんに教えてもらって頑張りました!」


 しかしケーキに唐揚げか……。

 いや、ここで食べ合わせのことを考えるのは無粋だろう。


 それぞれが美味しい。それで良いではないか。


「よーし。じゃあロウソクに火を付けるよー。あ、面倒だから一本でいいよね?」


 俺は奏音の言葉に無言で頷く。

 ケーキに穴が空くことになるから、ロウソクを立てることは昔からあまり好きではなかったし。


 奏音はコンロの火から直にロウソクに火を付け、ケーキに挿した。

 確かにうちにはマッチもライターもないけど、かなりワイルドな方法だな……。


「はい、かずき君。フーってして?」


 ニコニコと友梨に促される。


 ケーキのロウソクの火を吹き消す前って、こんなに照れくさい気持ちになるものなんだな……。


 三人からの視線が、さらに羞恥心を増長させる。


 だが、このまま座っているわけにもいかない。

 意を決し、俺はロウソクの火を吹き消した。


「それじゃあ改めて。かず兄、27歳の誕生日おめでとー!」


「おめでとうございます!」


「おめでとう!」


 誕生日を祝われるなんて、大人になってからは初めてだ。


 何だか心がくすぐったくて、でもこの雰囲気を楽しんでいる自分もいて。


 この今日の誕生日は、ずっと忘れられないものになる――。


 そう確信しながら、俺は三人に礼を告げた。

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