第40話 メイド喫茶とJK

        ※ ※ ※ 


 ひまりがバイトをしているメイド喫茶『擬人化ねこカフェ・もふもふ』。


 メイドは全員、メイド服の上から猫の耳と尻尾を付けたお店だ。


 今日は土曜日とあって、明るい時間から店内はそれなりに盛況だった。


「『まろん』ちゃん、次は5番カウンターのお客様をお願い」

「はい!」


 ひまりは元気良く返事をする。


『まろん』というのは、この店でひまりが使っている仕事上の名前だ。


 茶色の猫耳と尻尾なのでこの名前なのである。


 本名だと問題が発生する可能性が高い――というのも、ニックネームを使用する理由の一つなのだという。


 他に『モモ』や『ココ』、『すず』や『きなこ』など、全員が猫に付けるようなニックネームだ。


 ひまりは言われた通りにテーブルに行き、水を提供する。


(あ、この人――)


 20代後半とおぼしき恰幅かっぷくの良い男性は、最近よく店に来てくれる人だ。


 ひまりのことを気に入ってくれているのか、料理の提供時によく指名してくれる。


「ご主人様。ご注文はどうされますか? ……にゃん」


『擬人化ねこ』というコンセプトの店なので、メイドは全員語尾に「にゃん」を付けて会話するのだが、ひまりはたまに忘れてしまう。

 この間の駒村との練習も、あまり成果は出ていない。


 しかしその慌てて付け足す様子が逆にお客さんには可愛いと思われているらしく、笑顔で流してくれる人ばかりだ。


「そうだなぁ。今日は『ねこじゃらしミートスパゲッティ』を頼もうかな」


「『ねこじゃらしミートスパゲッティ』ですね。かしこまりましたにゃん」


 ちなみに当然だが、ねこじゃらしに見立てたカリフラワーをあしらっているだけなので、本当にねこじゃらしが入っているわけではない。


「ドリンクはどうされますか? ……にゃん」

「…………」


 しかし、男性からの反応がない。

 男性はじっとりとした笑顔でひまりを見つめている。


「あ、あの……? ドリンクは……」


「あぁ、ごめんごめん。じゃあ今日は『またたびジンジャーエール』で」


 ちなみにこちらも本当にまたたびが入っているわけではない。

 メニューは全て、猫に関係するものの名前が付けられているのだ。


「かしこまりましたにゃん。それでは少々お待ちくださいませにゃん!」


 ひまりは注文を聞き終えると厨房に向かう。

 そして料理を担当しているスタッフに「ミートスパゲッティお願いします」と声をかけてから、伝票を規定の位置に置く。


 ドリンクはメイドが用意するので、ひまりはそのまま業務用冷蔵庫を開けた。


「お、またミートスパゲッティか。何か今日は人気だな」


 厨房を担当している青年がぽつりと呟く。


 彼は厨房専門のアルバイト、高塔たかとう

 大学二年生で、最近入ったアルバイトだ。

 だが他のメイド喫茶で一年以上働いていたという。

 そのせいか、新人だが既に皆からの信頼は厚い。


「駒村さん、ジンジャーを提供したら8番テーブルのお客様と写真お願いね。指名きたから」

「はい!」


 別のアルバイトのメイドから言われ、すぐさまひまりは業務用冷蔵庫を開く。


 ひまりの初めてのアルバイトだったので最初は不安もあったが、この仕事の流れにもだいぶ慣れてきた。


 冷蔵庫の中からジンジャーエールが入ったパックを取り出し、流れるような手付きで棚からグラスを取り出してジンジャーエールを注ぐ。

 またたびに見立てたハートのPOPをグラスの縁に立ててから、ストローを挿したら完成だ。


 ひまりはすぐにジンジャーエールを注文したお客さんのもとへ。


「お待たせしました。『またたびジンジャーエール』です……にゃん! その前に、もっと美味しくなる魔法をかけたいんですけど、人間であるご主人様にも手伝ってほしいにゃん」


「え、俺に?」


「はい、ですにゃん。まろんは元は猫だから、魔法の力が弱いのですにゃん……。今からまろんが『にゃんにゃんみーみー、もっともっと美味しくなぁれ♪』と魔法を唱えるので、ご主人様もその後に真似してほしいにゃん」


 両手を猫のように曲げながらひまりが告げると、男性客は「わかりました」と少し戸惑いつつも笑顔で応えた。


「それではいきますよー。『にゃんにゃんみーみー、もっともっと美味しくなぁれ♪』」


「にゃ……にゃんにゃんみーみー、もっともっと美味しくなぁれ」


 どうも今日が初めての来店らしく、笑顔の中に若干の照れが見て取れる。


 こういう初々しい反応をするお客さんの反応を見るのも、ひまりは楽しくなってきていた。


「はい、ありがとうございました! これでもっと美味しくなりました……にゃん。ごゆっくり召し上がれにゃん!」


 ひまりは別のお客さんの所へ移動。

 次は写真撮影だ。


 そこではポラロイドカメラを持った別のメイドも待っていた。


「お待たせしましたにゃん。今回はまろんをご指名してくれてありがとうございますにゃん」

「よろしく、まろんちゃん」


 メニューの中にはメイドと一緒に写真を撮ることができるコースがあるのだが、ひまりを指名してくれるお客さんも増えてきた。

 中には、今日はひまりがいるかどうかを最初に確認してくるお客さんもいるほどだ。


 ひまりとその男性客は、両手を猫の手にしてポーズを取る。


「それじゃあ撮りますにゃん。はい、ごろにゃん!」


 この店独特の掛け声と共に、カメラのフラッシュが光る。


 写真はすぐにカメラから出てきた。

 ひまりはそれにカラーペンでメッセージを書き込む。

 写真を受け取った男性は「ありがとう」と笑顔で応えてから会計に入った。


「いってらっしゃいませにゃん!」


 ひまりは笑顔で男性客を見送ると、次の新規客の対応をするために厨房へと戻る。



 ――楽しい。


 ひまりはこのアルバイト先を選んで良かったと心から思っていた。


 ここなら両親が捜しに来ることはまずないだろうし、時給もそれなりに良い。


 家に帰った後、それでもひまりの夢を両親が受け入れてくれなかったらどうしよう――と不安だった。

 でも仮にそうなっても、高校を卒業したら家を出て一人でやっていける自信はついてきた。

 一人暮らしは大変そうだが、駒村と奏音と生活する内に、何とかできるような気になっていたのだ。


「あ、次はオレンジジュース用意してくれる?」

「はい!」


 高塔から次の指示がきた。


 とにかく、今はアルバイトを頑張りつつ、家では絵を描いて常にチャンスを待つ――。


 小さく決心をしてから、ひまりはまた業務用冷蔵庫からドリンクを取り出した。



『いつもと違う』ことが起こったのは、この後だった。

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