第33話 ニキビとJK

 衣替えが終わり、皆が半袖になった6月。


 友梨が家に来る頻度が上がってきたなと、俺はここ最近のことを思い返していた。


 友梨は奏音やひまりのための差し入れの他に、スイーツのお土産も持参するようになっていた。

 ありがたい反面、毎回何かを貰っているので少し悪い気もする。


 とはいえ、俺は甘い物が好きなので嫌ではない。むしろ嬉しい。


 スイーツ類って、いざ買うとなると良い値段だしな。

 おやつは買う奏音だが、さすがにそういったスイーツまでは買ってきていなかったし。


 というわけで、今日の友梨のお土産はシュークリームだった。

 俺の会社の近くのケーキ屋で買ってきたらしい。


 箱に店の名前が印字されているが、初めて見る名前だった。

 まあ、こういう店の名前を意識して覚えようとしたこと自体がないのだが。


 リビングのソファに座り、俺たちは早速シュークリームにかぶりつく。


「え……なにコレ。うまっ!」


 一口食べて感嘆の声を上げる奏音。


 ひまりは頬にクリームを付けた状態で、黙々と食べ進めていた。

 夢中か。


 俺はというと、一口一口を味わっていた。


 まろやかなカスタードクリームと、甘すぎないホイップクリームがてんこ盛りに詰められている。

 さらに皮がサクサクしていて、実に美味い。


 さすがにこれは、コンビニスイーツでは太刀打ちできない味だ。

 俺の中のスイーツランキングの上位に、一気に食い込んできた。


 俺はもう一度箱の店名をチラリと見る。


 ふむ…………今度こっそり行ってみよう。






 食べ終わってからすぐに奏音が風呂に入った。

 今日はひまりが後に入る日だ。


「うーん…………」


 帰り支度をする友梨が、何やら神妙な顔つきでひたいを触っていた。


「友梨さん、どうしたんですか?」


 ひまりが控えめに友梨に聞く。

 奏音を間に挟むと普通なのだが、ひまりと友梨だけになると、まだ少し他人行儀な雰囲気を感じる。


 まぁ、二人ともちょっと控えめなところがあるしな。


「いや、おでこにニキビができちゃったみたいで……。朝はなかったんだけどなぁ」


 苦笑しながら答える友梨。


「あ、私も昨日あごにできちゃったんですよ」

「ふふっ。お揃いになっちゃったね」


「友梨の年齢だとニキビとは言わないだろ。吹き出――」


 俺の言葉が途切れたのは、ナイフのような鋭い視線で友梨にキッと睨まれたからだ。


「……何でもない」

「ん」


「ならよろしい」と、いつもの友梨の笑顔に戻る。


 そのかたわらでひまりは怯えた顔をしつつ、「それはさすがに無神経ですよ駒村さん……」と目で俺に語りかけてきた。


 確かに迂闊だった。

 いくら幼馴染みとはいえ、女性に対して年齢に関することは口にしてはいけない――。


 俺はそのいましめを心に深く刻み込んだ。


 正直、友梨のあの顔は、今まで見てきた中で一番怖かった……。


 そのタイミングで洗面所のドアが開いた。


「もうーサイアクぅ。ニキビできたしー」

「………………」


 呑気のんきな声で文句を言いながら洗面所から出てきた奏音に、俺たちは一斉に視線を向けていた。


「え――? どしたのみんな……?」


 いきなり視線の集中砲火を浴び、困惑する奏音。


 何というか、タイミングが悪すぎる。


 てか、なんで揃いも揃って似たようなタイミングでニキビができるんだ。

 あのシュークリームは三人にとって贅沢すぎたのか?


「えっと、何でもない……」

「いや、何でもないことはないっしょ? 明らかに何かあったっしょ?」


 これ以上は深掘りしてくれるな奏音……。

 ニコニコと微笑む友梨が、またちょっと怖く見えたのだった。






        ※ ※ ※


 リビングに布団を敷きながら、奏音が突然思い出したように「そういえばさぁ」と呟く。


「『思い、思われ、振り、振られ』ってあったよね。中学の時、ニキビができたらみんな盛り上がってたなぁって」


 少し頬を紅潮させながら言う奏音だったが、ひまりはきょとんと目を丸くするばかり。


「何ですかそれ?」

「え…………マジ? 聞いたことないの?」


 ひまりの返答に、今度は奏音が目を丸くした。


「うん……。ニキビと何か関係があるの?」


「恋占い的なものというか……。ニキビができた場所が、その――好きな人に対する立ち位置的なものを表しているっていうか……」


 奏音は恥ずかしそうに指で頬をきながら言う。

『好きな人』という単語に照れてしまったらしい。


 逆にひまりは興味津々に目を輝かせた。


「しっ、知りたいです!」


「そんな食い気味にならなくてもちゃんと教えてあげるから」


 素直すぎるひまりの反応に奏音はどうどうといさめる。

 ひまりのこういう一面が、ちょっと羨ましくもあった。


「んじゃ順番に言ってくね。おでこにできたニキビは『思い』。こっちが思ってるって意味だから片思いってところかな」


「へえ……。じゃあ顎は?」


「『思われ』。つまり、誰かに思われてるってこと」

「えっ――」


 ひまりは顎にできたニキビを指でなぞる。


 頬を染めたひまりに思うところがあったのか、奏音はそこで自分の顎を指差した。


「ちなみに私も顎」


 二人は顔を見合わせ、互いに苦笑した。

 たぶん――いや、間違いなく同じことを考えたからこそ、二人はちょっと落胆したのだ。


「このニキビの『思われ』って、たぶんあれだよね。家族愛? みたいなやつ」


「うん。たぶんそうだと思う……」


 でも、思われていないわけではない。


 二人は無理やり思考を良い方に向けた。


「ちなみにあとの二つは?」


「えっと、『振り』が左のほっぺたで、『振られ』が右」


「それは……右頬にできないよう、何としてでも阻止しないとですね……」


 真剣な顔で言うひまりに、奏音もつい心が引っ張られてしまった。


 確かに右頬にニキビができたら嫌だ。


 根拠のない迷信に心が惑わされてしまうほど、二人の想いは真剣なものだった。


「よし。それじゃあ洗顔だけでなく、ご飯とか夜更かしとかにも気をつけないとね」


「はっ――! そうですね! 奏音ちゃん、早く寝ましょう!」


 急いで布団に潜るひまりの姿がおかしくて、奏音は思わず噴き出しそうになってしまった。


 同じ人を想っているとわかってから、複雑な気持ちになったのは事実だ。


 でもそれ以上に、奏音はひまりのことを憎めずにいた。


        ※ ※ ※ 

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