第2部 発露する恋心

第31話 プリントとJK

 それは5月の終わりのこと。


「はい、かず兄。これ」


 夕食を食べ終えてリビングのソファでまったりしていたら、奏音がA4のプリントを渡してきた。

 学校からのお知らせだろうか。


 何だろう。高校でも参観日とかあるのか?


 いざとなったら俺が保護者として――と思考がりきみかけていた俺は、プリントの文字を目にした瞬間呆気に取られてしまった。


「これは――文化祭?」


 プリントには可愛いクマと風船の絵が描かれている。

 その風船の中には『祭』と太く手書きの文字で書いてあった。


 文化祭か。懐かしい響きだな。

 社会人になってから、そういう学校の文化祭とは全く無縁だったしな。


「6月の終わりにあるんだよね」


「へー。6月にやるなんて珍しいな」


「そう?」


「私の学校は秋にやってます」


 と、ひまりも俺の横からプリントを覗いてくる。


 が、俺と顔が近いことに気付いたのか「す、すみませんっ!」と顔を赤くしてちょっと離れてしまった。

 ひとまずそれに関しては触れず、俺は再びプリントに目を落とす。


「俺が行ってた高校も秋だったなぁ。体育祭の前だったわ」


「そこは違いますね。私の高校は体育祭の後です」


 なるほど。

 学校によって行事の時期は様々なんだな。

 こういうのってどういう基準で決めているんだろうな。


「それでね、うちの学校の文化祭ってチケット招待制なんだけど……。その、良かったら二人とも来る?」


 と奏音はおずおずと俺たちに水色のチケットを差し出す。


「そういうことなら貰おうか」

「えへへ。まいどあり」


「奏音ちゃん。私もいいの?」

「もちろんだよ。ひまりにも来てもらえたら嬉しい」

「…………うん!」


 チケットを受け取ったひまりは破顔はがんする。

 奏音の方も照れくさそうに小さく笑った。


「しかしチケット招待制か。初めてのシステムだな」


 俺が通っていた高校では、文化祭は特に制限を設けずオープンにしていた。


「うちの高校って昔は女子校だったらしくて、女子の比率が多いんだよね。それで何かトラブルが頻発したらしくて……。だから一昨年からこういうやり方にしたらしいよ?」


「なるほどな……」


 共学でも女子目当ての男とか入ってきたりするもんな。

 女子の比率が高いのなら尚さらだろう。


「ちなみにどんなことをするんだ? やっぱり模擬店みたいなものがあるとか?」


「そういうのは他のクラスがやるみたいだよ。ちなみにうちのクラスはコスプレ喫茶をやることになった」


「コスプレ喫茶ですか?」


 心なしかひまりの目が輝く。

 やはりそういうのに興味があるんだろう。


「そう。ひまりのバイトと似たようなもんなのかな? だからわからないことがあったらひまりに聞くかも」


「それは全然構わないよ。私で役に立てることがあるなら何でも聞いてね!」


 奏音に言われ、興奮しながらひまりは拳を握る。

 やる気満々だ。


「ちなみにコスプレってどんな?」


 俺からしたら『女子高生』ってだけで天然のコスプレみたいなものなんだが。

 さすがに気持ち悪がられそうなので黙っておく。


「んー、何か色々やるらしい? 実はボーッとしてたから、その辺の話よく聞いてなかったんだよね。あはは」


「いや、そこはちゃんと話を聞こうや」


 奏音はあまりクラス会議に参加しなかったんだろうな、というのはよくわかった。


 かといって不満そうではないし、奏音はそういうのは適当で良いタイプなのだろう。


「チケットの残りは誰に渡そう……。友梨さんにも渡していいかな?」


「明日か明後日に来るって言ってたよね。その時に聞いてみようよ」






 ――というわけで、仕事帰りに友梨が来る日を待つこと1日。


 友梨は小さくて白い紙袋の中に、また何かの化粧品を持って俺と共に帰宅する。


 友梨が『共犯』宣言をした時は正直少し焦りもあったが、あれから特に問題は起きていない。


 それどころか、『ひまりのことを他人と話すことができる』ということが、俺にとって心が軽くなることなのだと気付いた。


 決してひまりのことが嫌というわけではないのだが、それでも知らない間にストレスが溜まっていたらしい。


 まぁ、バレてしまったら警察案件だからな……。


 その点、友梨なら信頼できる。


「あの……友梨さんて来月の最終土曜日とか暇?」


 奏音が下から覗くように友梨に話しかける。


 ソファに座って紙袋の中から化粧品を出していた友梨は目を丸くした後、何かを思い出すように上を向く。


「えーっと、その日は確か実家の法事があったはずで……どうしたの?」


 奏音が文化祭のことを説明すると、友梨は露骨に眉をへにゃっと曲げた。


「そ、そんなぁ……行きたい……! でもさすがに法事はすっぽかせないし……でもでも奏音ちゃんの学校の文化祭…………ううぅっ」


 半泣きになりながら奏音に抱きつく友梨。

 良い年した大人が何やってんだ。


「ゆ、友梨さん。ちょい、胸が……」


 友梨の胸と奏音の頬が、お互いに圧迫しあって良い感じに潰れている。


 ふむ…………………………。


 ――じゃなくて。


 さすがに友梨のこの態度には、奏音も苦笑いしかできないらしい。

 言葉が後に続かない。


 ひまりはなぜか、ジッと二人を見つめていた。

 もしかして奏音を取られたような気分になっているとか?


「二人ともふかふか柔らかそうだし、こんな絵的にも美味しい構図がなまで見られるなんて……。心に焼き付けておかないと……」


 真剣な表情でぽそりと呟く。


 やはり絵を描くひまりの感性は、ちょっと普通じゃないな……。


「かずき君は文化祭行くの?」


 奏音に抱きついたまま俺を見る友梨。

 なぜだろう。ちょっとだけ目が怖い。


「あぁ、まぁ」


「うっ、ズルい……」

「友梨にも妹がいるだろ」


「妹の高校の文化祭は、完全に校内行事みたいなの。だから行ったことないんだよね……」


「そうなのか」


「だから高校の文化祭なんて大人になってから行く機会なんてなかったし……。私も若い子のエネルギーいっぱい吸いたかったよぉ」


「吸血鬼みたいなことを言うな」


 なんか変態みたいだぞ。


 友梨はそもそも妹という女子高生の成分を毎日吸ってるはずなのだが……いや、それは俺も同じだな。

 これ以上考えるのはやめよう。


「奏音ちゃん。文化祭って来年もある? 来年も誘ってくれる?」


「たぶん……。今年と同じシステムだったらまた誘うよ」


「ありがとー。うぅっ……私来年まで我慢する……」


 さらにギュッと奏音を抱きしめる友梨。

 奏音が呆れながら友梨の頭をポンポンと撫でる。


 どっちが大人なんだか……。


 こういう面があるから、友梨が「大人っぽい」と言われても俺はピンとこないんだよな。


 しかし来年、か――。


 友梨が言った単語に、ふと気を引かれてしまう。


 来年どころか、来月でさえこの同居生活がどうなっているのか――俺にはまったく想像がつかなかった。

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