第17話 ブレイクタイムとJK

 ある日の休日――。


 朝ご飯を食べ終え、掃除などの家事も終えた俺たちは、リビングのソファでくつろいでいた。


 そんな中、奏音がおもむろに立ち上がる。


「紅茶れるけど、二人も飲む?」


 そういえばいつの間にか、キッチンに紅茶のティーバッグが増えていた。

 奏音が買ってきたのだろう。


 俺が買うのは水か発泡酒だけだったから、そのあたりの飲料は好きにして良いと言っていたのだ。


 奏音は麦茶も作って冷蔵庫に入れているが、今日の分はテーブルの上でまだ粗熱を取っている最中だ。


「そうだな。一杯頂こうか」

「あ、私がお湯を沸かします」


 そう言ってひまりも立ち上がる。


「それくらい私がやるよ」


「奏音ちゃんばかり動いてもらうわけにはいきません」


「まあまあ二人とも。今日は休みだし、ここは俺がやるから座ってろ」


 奏音とひまりはお互いに顔を見合わせて――。


「そんじゃどうぞ」

「お願いします!」


 二人して仲良くソファに座ってしまった。


 ……何だろうこの、お笑い芸人のように上手くめられた感は……。


 まあ、湯を沸かすくらい別に良いんだけど。






 ヤカンに火をかけてから、カップに紅茶のティーバッグをセットする。


 こうして紅茶の準備をするのも、人のために飲み物を用意するのも初めてだ。


 普通なら、こういうことは初日から俺がやらなければいけなかったのだろうが……。


 家に人を呼んだことがない独身男だったので、そこは許して欲しい。


 やがてヤカンの口から蒸気が噴き出し始めた。


 すぐにコンロを止め、カップに湯を注ぐ。


 その瞬間、紅茶の良い香りがふわっと鼻を通り抜けた。


 紅茶は滅多に飲まないが、この香りは好きな方だ。

 コーヒーとはまた違う良さがある。


「そういえば砂糖はどうするんだー?」


 リビングに向けて声を投げる。


 奏音は角砂糖とガムシロップも購入していた。


「私は砂糖1個と牛乳を少しお願いしまーす」


 ふむ。ひまりは牛乳を入れる派と。


「私は……さ、砂糖4個とガムシロで……!」


 少し恥ずかしげに答える奏音。


「4個も入れると甘くないか?」

「甘いのが好きなの!」


 ムキになるところを見ると、本人もちょっと多めなのは自覚しているらしい。


 そんなに砂糖を入れて、そもそも溶けるのだろうか。

 カップの底でザリザリにならないか?


 あと糖尿病になってしまうのでは……とも思ったんだが、まあ毎日飲んでるわけじゃないからいいか。


 それにしても、奏音は味覚が割と子供っぽいんだな。


 毎日作ってくれている料理からは、そんな雰囲気は全然感じないのだが。


 意外な奏音の一面に、思わず俺は小さく笑っていた。






 ソファに座り、それぞれ紅茶を飲む俺たち。


 テレビでは情報番組が流れており、地元の美味しいクレープ屋を取材していた。

 たまたまだが、味覚と視覚が合っているのでちょっと嬉しくなる。


 ちなみに、俺の紅茶はストレートだ。


「そういえば――ひまりに聞きたいことというか、言っておきたいことがあるんだが……」


 俺はふとあることを思い出していた。


「はい。何でしょうか?」


 首を傾げるひまり。


 一瞬だけ躊躇ためらう。


 これは奏音がいない時にした方が良い話題だったかもしれない――と今さら気付いたからだ。


 だが、もうやめられるような雰囲気ではない。

 意を決し、俺は口を開く。


「その、前に言ってたと思うんだが、同人誌で色々と知ったというか、その……」


 ダメだ。

 できる限りストレートに言わないようにしたのだが、要領を得ない言葉になってしまった。


 もし彼女が18歳未満は閲覧禁止のモノを読んでいた場合、それは大人として注意しておかなければならないと思ったわけだが――。


 やはりそれを真正面から聞くのには抵抗があったのだ。


 ひまりは少し考えてから、満面の笑みを浮かべた。


「はい! 実はとても好きな絵描きさんが同人誌を発行していまして。私、中学生の時からその方を追いかけているんです!」


 テンション高めに答えるひまり。

 好きなのは構わないが、問題はその内容だ。


「そ、そうなのか。ちなみに内容はどんな……?」


「ほとんどは全年齢のギャグ本なんですよ。彼女の笑いのセンスが本当に好きでして……。でもたまにシリアスだったり切ないお話も描いたりするんです。その落差も尊敬するところの一つで――って、どうしました駒村さん? 何だか呆けてますけど」


「あ、いや……。本当に好きなんだなと」


「はい!」


 ひまりの眩しい笑顔に、言いようのない罪悪感が襲ってくる。


 もしかしなくても俺は、かなり激しい誤解をしていたのではなかろうか……?


 いやだって。俺の中では同人誌って、そういう年齢制限があるサイトでダウンロードして読むものだったから……。


 とりあえず話を聞く限り、ひまりは同人誌でいかがわしいことを学んでいるわけではなさそうだ。


 身構えていた分、安堵してしまった。


 逆に前に言っていた「家出ものの同人誌」の内容が気になるところではあるが、そこはあえてツッコまないようにしよう。

 ひまりの話を聞く限り、たぶんギャグなんだろう。うん。


 気を落ち着けるために、ここで紅茶を一口。


 …………うむ。


 こういう気分の時は紅茶って良いものだな。

 ストレートな苦みが頭を覚醒させてくれる気がする。


 ズズッと飲み干したところで、隣の奏音と目が合った。


 彼女は「ひまりが何を言っているのかサッパリわからない」という顔をしている。


 たぶん、何もわからないままの方が良いと思う。

 世の中には知らなくて良いこともあるのだ。


 俺はこれ以上その話題を続けないため、テレビに視線を戻した。

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